シンフォニーチャペルの栞

〜VINE AND GRACE MINISTRYの日記です♪〜

☆リラ☆の日記帳

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写真は、讃美歌(1954年版)であり、今でも諸教会で、聖歌と共に歌われている。

既に絶版となっているが、あまりにもニーズは高い。諸教会は、讃美歌と聖歌をストックしている。入手不可能だからである。

リラたちは、部屋中を探したが、二冊しか残っていなかった。iPhoneのアプリで、讃美歌プレイヤーがインストール可能なので、讃美歌を、聖餐の礼拝(ΕΥΧΑΡΙΣΤΩ)で導入している。

近日、『教会福音讃美歌』(いのちのことば社)が発売されるので楽しみである。

基本的にリラは、古語が理解できないので、旧来の讃美歌と聖歌などの歌詞は理解不能だった。聖書が口語・現代語訳されており、読むことが可能なのに、賛美は古語のままというのは、インテリ・キリスト教っぽい。すばらしい歌詞と曲なのだから、完全に現代語訳してもらいたい。

だから、私たちは、ワーシップ・ソングや、Lyreの曲を、賛美の礼拝(ΕΥλΟΓΙΑ)で使っている。最近は、トリニティというグループの賛美だとか、子ども賛美(マイティ・シープ)を多用している。歌詞を正確に理解できなければ、賛美にはならないと信じる。

賛美、説教、聖餐は、礼拝の構成要素だが、新しいものと古いものを組み合わせ、偏向しないことが大切だ。片方、例えば、ワーシップだけを肯定し、讃美歌を否定するのもどうかと思う。ただでさえ、言葉の礼拝(ΣΥΝΑΞΙΣ)は充実しているから、聖書知識は豊富であろう。賛美と聖餐も、感動さえ覚えるものとなればと願う次第である。

教会とは何か。 ケータイ投稿記事

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聖霊降臨日に向けて、教会に関して考えさせられている。
 
地域的に、シンフォニーチャペルは新宿と横浜、町田の三角形の中心に位置している。要するに交通が不便である。

引っ越しの予定はない。生活環境と治安は、抜群に良いからだ。小学校の件もある。

伝道と教会形成の焦りとは別に、小学生や保護者の方々と知り合うことが激増した。関係作りまでは困難かもしれないが、常にアンテナを張っていよう。

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教会形成と娘の進路は一体の事柄である。このままの状況が続けば、身分相応の選択をしてもらうことになる。高校卒業の時点で働いてもらうしかない。目指したい職業になりたいなら、一回働いてから貯金でもして資格などを取得すれば良い。所謂、「お金を知っている」人間になって欲しい。借金を負ったり、保証人になることも絶対禁止。門限も決めなければならない。

学歴は低くても、大卒以上の読書はするべきだと考えている。

なお、それら以前に、礼拝に毎回参加して、賛美が大好きで、信仰告白をしている娘が洗礼を受けること。社会人になってからでは、クリスチャン・ホームの場合、遅すぎる。

形式的な話題であることは百も承知だが、日常生活だって重要なのだ。

リラの礼拝奉仕に、現在でも不定期の献金が何故か与えられることは驚きである。

最近、某・有名教団の牧師が、神学的な理由と、教団政治に巻き込まれて、牧師職を免職になり、年金等もカットされたらしい。

神学的な議論はともかく、教団政治は百害あって一利なしである。キリスト者の証になっていない。何故、騙されたままでいないのか。世の裁判官に訴えるのは権利として自由だが、聖書はその時点で私たち全員の敗北だと断言する。

公務員の教師ならば、国の定めた法律、服務規定などを守らなければならない。国旗・国歌が偶像礼拝だという改革派神学(国内限定)も理解できるが、神の定めた権威の象徴は尊重しなければならないと思う。不可能なら、民間企業の社員と同じく、私立学校に移るか、他の職業を選ぶしかない。教会の不祥事もそうだが、世の司法に教会は頼り過ぎである。被害者がいるなら、何故、教会と支援者たちで生活保証したり、ケアをしないのだろうか。

国の基本方針程度で、弱さを打ち出すならば、そのような信仰は本当に信仰なのか。ただの権利意識と、弱い信仰を混同する必要はない。

教団追放は、リラ自身、耳にタコができるほど、友人・知人がその被害にあっている。信仰の問題じゃなく、政治的な騒動を宗教言語で誤魔化しているだけだ。牧師職は免職されるが、牧師の務めと教会は、神の召命に基づき、消え去ることはないから、教団からの組織的・財政的援助を捨て、支援者と教会員で独立教会を発足させれば良い。裁判費用がもったいないではないか。その費用を牧師家庭に献金すべきだと思う。名誉棄損による損害賠償も考えているらしいが、誇りだとか名誉は、キリスト者は既に剥奪されている。傲慢にならないためである。

何らかの福利厚生が25%カット云々の話も、リラには贅沢に思える。75%で生活できるのがそんなぬ嫌なのだろうか。ましてや、毎月の謝儀がカットされるなら、私たちは、文句ばかりを言うべきなのだろうか。謙遜になるチャンスではないか。リラは何の福利厚生もないし、謝儀だってないのにまだ生きている。

教団側も、神学的な理由は多くある団体なのだから、裏で何か深刻な対立があったかもしれない。しかし、教会法に存在しない方法で、根拠なく追放するのは、どうなのだろうか。不可解な事件である。

司法に対する過度な期待の、教会の傾向は危険だと感じている。

教会とは何か。

聖霊による一致であり、神の愛に基づいた罪の赦しではないだろうか。互いに噛み付いたり、対立して争うならば、主の食卓を守ることにはならない。加えて、リラは教団という組織の聖書的根拠を知らない。キリストと教会の間に、教団組織は最低限の危機介入で大丈夫なのでは…?

あくまでも、神学的な見解は、現場の教会の自治権に所属させた方が良い。

だから、リラたちも教団ではなく、教会間の絆にしか関心を持っていない。

主よ、私たちを更に聖霊で満たして下さい。

義の教え ケータイ投稿記事

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聖霊降臨日まで数日である。体調的には、回復傾向に向かっている。

さて、リラには嫌いな態度が一つある。まぁ、好き嫌いの趣味の問題なので、個人の弱点と考えて欲しい。

即ち、神に委ねると称して、思考停止になり、時間を利用してホトボリが冷めるのを待つやり方だ。こ〜ゆうのは卑怯だと思う。

確かに、そのような待ち望みの姿勢や、握り締めているものを手放し、委ねていく状況も存在する。

しかしながら、似て非なる思考停止と責任放棄は、宗教用語を使うため識別困難だが、周囲の人々を混乱させ、互いに対立させたり、コントロールすることに共通点がある。精神医学では「境界性人格障害」と言われており、医療・福祉従事者が統合失調症や重度の鬱病よりも恐れる症状だ。

だが、境界性人格障害のような方自身が、すべての問題の本質であり、周囲は狼狽しないよう、防御策を講じなければならない。

DSMー?という診断基準に掲載されている症状だが、リラも過去、そのような方に関与した記憶があるのだが、非常に厳しくて何度も逃げたくなった。何せ、罪意識と卑屈の区別、愛と憎しみの違いが理解できないのである。困ったことに、独りよがりで、リラは振り回される一方であった。被害は甚大だったし、何度も倒れそうになった。

だが、忘れてはならない。そのような方でも、神は愛しておられるのだ。最後まで仕えるならば、天の御国での報いは大きいと信じる。

でも、可哀想な境界性人格障害のような方は、どうなるのだろうか。一時的な、地上の祝福に預かることがあっても、時間の経過により、同じことを反復するに違いない。

キリストはそのような私たち、悪いのは常に相手であると叫ぶ者たちに対して、「父よ。彼らの罪を赦して下さい。彼らは何をしているのか、知らないのです」と、十字架の上で祈られた。

罪の赦しこそ、聖霊の最大の力と働きだと思う。

私たちは、慰めだけでは、ただの甘えん坊になってしまう。時には、義の教えに通じていくことも不可欠である。

色々な方々がおられるが、神に愛されているのだから、恐れてはならない。逆に相手を怖がるならば、愛は不完全なのであろう。

主よ、あなたの愛で、豊かに満たして下さいますように。

すばらしい喜び ケータイ投稿記事

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一日、あっという間に過ぎてしまった。こんな日も珍しいが、総じて「本当に良かった、悔いはない」と思えた。

或る方に対する奉仕が終了したのである!これは残念な出来事じゃないし、むしろ、喜ぶべき事柄だ。

紆余曲折はあったし、不完全過ぎる関与だったが、中身はともかく、バトンタッチが可能とされたので、九州の一件とは全然異なっている。結論としては、九州の数人と、その方の両方を失うことになってしまった。人間的には、苦しく、悲しみに襲われて、裏切られた気持ちが強い。

しかしながら、肉の思いを超越して、聖霊の御心が打ち勝った確信を得た(^^)

主からの明確な命令は、あらゆる理屈や都合、感情論を粉砕し、義という平和の果実を結ばせる。

奉仕自体は目的ではない。その方がキリスト直接の愛につながり、豊かな実を結び続けることが大切だ。そのような季節がその方に訪れた時、神は別の伐採人を備え、種を蒔く者、水を注ぐ者の代わりに刈り取る者たちを与えて下さる。

主日礼拝では、讃美歌(1954年版)の517番を賛美した。

「かえれや、わが家に。かえれや」と主は今呼びたもう。

その方が神の与える最高の幸せを味わい、悲しみの塵灰の代わりに喜びの油に見たされますように。周囲の方々も、その方によって祝福されますように。

イザヤ書57:15ー19と、LyreのMay I God bless youを贈ります。

きっと、この記事は今まで、シンフォニーチャペルに関与したすべての方々に語られていると信じます。

いつの日か、一緒に笑顔で主の御前で喜び楽しみましょう!

あなたがたの手で。 ケータイ投稿記事

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復活節、第七主日礼拝。別名、昇天後主日礼拝とは、明けて昨日の主日だった。

これで、来週主日は、復活節、最終主日の聖霊降臨日(ペンテコステ)となる。

今日は、金環日蝕らしいが、私はそれどころじゃなく、大学病院の耳鼻咽喉科で診察である。

ギリギリまで主日礼拝奉仕をすべきく否か迷ったが、主の言葉を示されて、喉が悪化することを覚悟して断行した。

抗生剤を打たれ、四種類の薬を飲んでいても、診察時に悪化している可能性はある(あと数時間しかないが)。

マルコの福音書には次のように書いてある。

6:37 イエスは答えて言われた、「あなたがたの手で食物をやりなさい」。弟子たちは言った、「わたしたちが二百デナリものパンを買ってきて、みんなに食べさせるのですか」。

キリストの祝福を信じて、教会に集う兄弟姉妹を、主の言葉で養わなければならないと思わされた。

結果的に、私も凄く恵まれて感謝だった。明日、短期入院になるかどうか、通院が許されるのか、主に委ねるしかないが、神は絶対に良いことを為される御方である!\(^o^)/

一回の説教が、説教者にとって常に最後かもしれないと昨日はいつも以上に痛感した。他の牧師と異なり、司会、賛美、説教等、声を使う奉仕を一人でしているから、負担は大きい。温存したかったが、主の言葉による養いに比するものなどない。

主にあって、もうちょい、やれるんじゃないか、リラは。

頑張ろうぜ。

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