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「僕たちジョッキー 競馬関係者もそうなんですけど 皆さんの生活とは必要のない分野でご飯を食べさせてもらってる訳ですけど そのことを肝に銘じてまた来たい 馬券を買いたい そんなレースをしますので 応援宜しくお願いします」 金曜ナイターに先んじて開かれたイベントで永島太郎騎手はそう言って頭を下げました。 永島太郎 1974年生まれ 京都府出身 1991年デビュー 同期には 日本ダービージョッキー岩田康誠 や 松浦政宏 ... レースで永島騎手が来ると、ツイッターでもメールでも「取ったでしょう?」といわれるくらい周りの人には私の「永島好き」はしられている。 同郷、同い年それもあるが心情がどうしてもかぶってしまう所にもあります。 デビューして騎乗馬にも恵まれ初騎乗初勝利。 小牧、岩田のツートップのしたぐらいにはいつも「永島太郎」の文字があった。赤木騎手が第三の男といわれるようになっても、馬券的には「穴なら永島」というのが、場内予想屋の中にもよくきかれました。 小牧騎手、赤木騎手がJRA所属となり、岩田騎手もJRA移籍濃厚となっていった頃「次は永島の時代が来る」そう思っていたのですが・・・ しかし、時を同じくして永島騎手の成績は低下していきます・・・ 6位→7位→12位→17位→18位・・・ 「このまま、終わっていくんかなぁ。太郎は乗れる(追える)騎手なんやけどなぁ」と予想屋のおっちゃん。 2009年永島騎手が北海道に遠征することが発表されました。 「若手騎手でもないのになぁ・・・」そう思っていたのですが「道営の星五十嵐」を敵に回しこじ開けたり、逃げ馬をたたきに行ったり見ているだけで「がむしゃらさ」がでたレースが多かったと思います。 2011年12月 暮れも押し迫る園田競馬場。園田金盃。 鞍上がぽっかり穴の空いた「ホクセツサンデー3歳馬」・・・ 園田3歳最強馬オオエライジンの2番手で有り続けた馬。古馬との対戦。 鞍上は永島太郎に決まりました。 無様な競馬をすれば・・・・何とか善戦して欲しい。 その思いは全くの杞憂に終わります。 「ホクセツサンデー永島!!!初コンビで決めました!!!」 場内にそのアナウンスが流れた瞬間・・・ 私は馬がおかしかったので、木村騎手を見ていたのですが・・・ 表彰式、久しぶりにファンに配る花束をいっぱい持って、しかし、笑顔はなく。「今の僕の成績では乗せてもらったことが感謝です」と何回も語る永島騎手。 吉田アナが「俺のレースをみたか!!と胸張っても・・・・」と言ったときに永島騎手の目の色が変わります。 「トップの人間ならまだしも僕はまだまだなんで。。。。」 「まだまだ」・・この言葉にはたえず上を目指すって意味があるように思いました。 ナイター当日は「ホクセツサンデー」と「永島太郎」は敵味方となってしまいましたがそれを見るのもまた一つの楽しみなんですよね。 「強さを知っているからこそ,自分の馬をどうのるか・・・ってのが」 結局は0.2秒ぐらいで私の太郎馬券は終わっちゃいましたけどね・・・(泣 逃げ馬の出遅れ・・・たろ〜〜〜怒) いろいろな人の想いが「競馬」ってものには凝縮されています。 「生活に必要のない・・・」多くの競馬ファンはそんなことは無いと思います。 レジャーの一つとして、夏の風物詩の花火のように「そのきんナイター」が生活に必要なものの一つとして定着されることを願っております。 ※ 永島騎手の言葉 録音している訳じゃないので言葉がちょっと違うかもしれません。ただニュアンスは間違っていないと思います。 |
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こんにちは。
ちょっと感動しました。
園田のナイターが成功することを祈っています。
2012/9/10(月) 午後 1:08
センタロウさん>ありがとうございます。センタロウさんも競馬が大好きでしょうから気持ちはわかっていただけると思います。
2012/9/11(火) 午前 0:14