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 教育現場が荒んでいる世界であるらしい。これはおいらの教師になった友人から聞いたのであるが、子供達は一様に落ち着きが無く、授業にならない時もたまにあるという。その友人はその教育現場に憂いて居ても立ってもいられず、学校に行くのが嫌になり、ある朝通勤途中、ゲンチャリで走っていた時、電柱に自分から突っ込もうとしたのである。あの屈強な人間がそんな事をするなんて信じられなかった。幸い大事には至らなかったが…。

 今、テレビではクイズブームである。日本国民は知識を習得したいとこぞってクイズ番組を見ている。 一方、子供の母親が「教育」の文字から連想するのは学校・塾・先生などではないか?

 しかし、クイズ番組(これこそ有害無実である)や教育について、欠落している部分があると思った。それは「モラル」を教えることである。モラルは何も産まれながらにして、備わった天賦の才能ではない。
 それこそ家庭で学校で地域で子供は教えられるのである。


 しかし、家庭の中心である親、学校の中心である教師、地域に存在している自治会の会長などのモラルが欠如しているのに、子供に教えられる訳が無い。
 ましては「モラル」とは一体何なのか?
 モラルとは「道徳、倫理であり、道徳とは人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。」倫理とは「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。」と辞書には定義されている。


 しかし、物質的、視覚的に捉える事はできないので、おいらの経験則から述べたいと思う。今の教育の荒廃は教師の質に問題があるとするし、教師は家庭に原因があるとする。そして、教育委員会は制度の問題だと政府に詰め寄る。その様な各々の向けるベクトルの方向が間違っているのではないか?

 おいらは教育の根本は家庭にあると思っている。家庭こそ社会へ自立の道への最初の一歩であり、家庭という環できちんとモラルを形成されなければ、教育現場に依存しても意味が無いのである。
 さらに学校がおかしいから塾に通わせるなんぞ愚の骨頂であると考える。
何か、各々の主体である現場が他者へ依存させるばかり、各々の利害関係者が責任転嫁するのは子供が自立する上で非常に障害になっている。まずは学校や教育委員会に物申す前に、親自身が自問自答する方が先であると考えるし、元々教育現場に過大な期待をする方が間違っているのである。

 おいらの意見はもし子供が出来て、いじめなどで学校に行きたくないと切実に相談されたら、一緒に打開策を考え、それでも解決の道が無くなり、子供にある一定の説得力のある説明がなされれば、行く必要は無いと考えている。
 ここで、問題なのが学校に行かなかったら、塾にと、依存する物を変えてはならない。それよりも親が勉強を教えれば良い。教える教養がないと思ったら、一緒になって勉強し、自分が教育者ならしめるなら教養と知恵を体得すれば良い。
 そこで、親からお金が掛かるし、人とのコミュニケーションが失われてしまうと考える親も多いかもしれないが、その問いも間違えている。

 教養を実に付けるのに、必ずしもお金なぞ掛からない。現に地域には図書館なる物が沢山あり(図書館は知識の宝箱やぁ<彦麻呂風>)、家庭こそコミュニケーションを養う上で重要である。時間があればボランティアなどさせれば良い。体力に不安があれば、一緒になって近所を駆けずり回ればいいし、運動器具がなくても、腕立てやスクワットなどで補えば良い。
 
 今度は仕事が忙しい。育児が忙しいだの問題が出るであろうが、子供のためだったら、仕事については出世など諦めるなり、もっと時間的余裕のある仕事に転職したりすればいいし、家事でもどんどん子供に手伝わせれば良いと思う。
 どんな世の中でも何かをするにはエネルギーが必要であり、失う物もある。

 教育界も教える立場なんだから、色々な物を見聞し、肌で感じ、その感じ取ったものをカリキュラムと照らし合わせて、教えることが重要である。
 例えば、教師採用試験なぞいっそ廃止し、民間企業と同じ様に学校独自で試行錯誤して採用の幅を広げるのが必要である。

 読売新聞の記事で仕事意識を高める為に、インターンシップを導入する高校も増えてきているらしいが、それはそれで良いとは思うが、おいらの持論は地域で営んでいるすし屋の大将・肉屋の主人・大工の棟梁・商店街の長などが臨時講師として招き入れ、各々の仕事の哲学を聞いたり、現場で実践してもらったりして身近な人達から感性を磨くことが大事であり、匠の技を肌で感じる方がよっぽど子供の教育には良い。

 現在、児童殺害で世の中が萎縮してしまって、学校に監視カメラを付けたりして子供の感性を縛るのは酷な様だが、逆に愚の骨頂である。どの世界にも身を置けばリスクが常に付いて回る。良し悪しの問題ではなく、それが現実である。それを教えることが実は一番大事である。

 それは自分を愛することを学ばせること。自分を愛せれば親を愛することができ、他者へ思いやりを掛ける事ができる。今は「人を信じよ」とあまり教えないらしいが、生きている限り、人に依存せざる部分が否定できなく、常にどこの世界でも不確実性のリスクが、発生するのであり、信じることだけでなく、裏切られることもあるということもあるということを、認識させることが重要であり、率先してリスクを取る勇気を育まなければならない。

 さらに、教育現場のみならず、国・自治体・企業にセーフティネットを求める動きがあるが、それは一番間違っている。それらの組織は枠組みは作ることは出来ても、結局は運用する側のモラルが重要であり、どんなに良い枠組みを作ったとしてもモラルの欠如した人間が蔓延っていれば、良い結果が生まれない。セーフティネットとは己の内側に存在しており、各々のモラルの繋がりこそが一番のセーフティネットである。それがなくては、世の中全体モラルハザードを引き起こす。

 よって、自分自身を見つめ直すことが一番重要であると思う。また、他者に対しても世の中、良い人もいれば悪い人もいる。それを認識させることを前提として、100の欠点を探すより、1つの長所を発見させることが必要である。それは理屈ではなく、肌で感じさせることである。そうする事で、人間の良し悪しが解ってくるし、子供の感性が養われるのである。

 最後に、子供には「忍耐」も教えることが必須ある。熱いと言われて、クーラー付けたり、寒いからってすぐに暖房を付け、ゲームを与えるなど物質に依存するのは危険である。お腹が空けば、自分で作らせれば良い。
 とにかく、物質的に豊かになった負の遺産として忍耐の欠如が考えられる。元々体温調節機能は自然と人間に実に付いているのであり、それを使わないのは自然との調和の放棄である。それは子供の新しい感性を摘んでしまう。その事を肝に銘じた上で、親や子供も含めて、人間の原点に立って見つめ直すことが一番重要であると考える。

自由ほど不自由なものはないと・・・
(PS:本当の実態は親が子離れしていないのかも・・・)


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