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駒澤大学 大田誠勇退

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 駒澤大学太田誠前監督の勇退パーティーが行なわれた。
 駒大OBのみならず、プロ野球関係者、政財界、大学関係者など各界の著名人が前監督の引退を惜しんだ。
 35年間で通算勝ち星501勝という前人未到の記録を打ちたてた名将である。
 
 最終戦は日本大学との対戦で惜しくも0−5と惨敗し、球界を去ったが、前監督の背番号が50番であることから、「なんか、因果なもんだなぁ!」と感慨深かった。
 しかし、その後駒大選手のみならず、日大の選手も加わり、氏の胴上げを行なった。そして、ロッカールームにはOB合わせて100人を超す人が「親父!ご苦労様でした。」と35年の労を労い、監督という使命に終止符を打った。

 勇退パーティでは病を押して、長嶋茂雄氏が控え室まで激励に来られ、古橋廣之進元JOC会長を初め、原巨人軍監督も祝福しにやって来た。

 氏は静岡で生を受け、その後中学で本格的に野球を初め、大学は駒澤大学で野球に精進した。社会人野球を経て駒澤大学に戻り、監督生活を35年間務めた。

 氏は野球を通して、選手に心を育む事を心がけ、常に「人間は心だよ!」と教えを伝えてきた。まさに、『人格者』である。その結果中畑清氏、野村兼二郎氏、現役では高橋尚成選手ら、又財界にも人材を輩出し、野球のみならず、社会に多大なる貢献をされた方である。

 そして、今回のパーティはゆうに500人の方々が労いに来られ、氏の人望の厚さを感じた。今後は野球界でお世話になった分、残りの人生を野球界に恩返しをしていきたいということである。

 人間は徳を積めば、人望も備わる、つまり良い行いをすれば、周りには必ず良い人が集まるということを実感できた会であった。

 しかし、監督は勇退しても、心にはずっとユニフォームを着続けて欲しいものである。

 人との交流が希薄になった世知辛いこの世の中、例え高齢化になっても、この様な『人格者』が若者を良い方向に誘ってくれる様に常にご指導、ご鞭撻を受けたいものである。

親父!ご苦労様でした。

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『伽羅先代萩』

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雁治郎改め、坂田藤十郎襲名披露の夜の部に行ってきた。
 
 人間国宝、坂田藤十郎の演技は大衆を前に、母性本能をみごとに表現せしめる。これは何故か?

 今回は乳母役で親子の情愛を切なく、そして、実の息子が目前で殺害されても、ある時は役割を果たした実の子に対し、毅然として振舞う部分やそれでも「息子は息子」と情愛との狭間で揺れ動く女心を複雑な立ち振る舞えで見事に表現せしめるところは「あっぱれ!」としか言えなかった。後、わずかではあるが、吉衛門と幸四郎の二台巨頭のクライマックスシーンは圧巻であった。本当に今回昼・夜の部を観劇して良かった。

 ところで、歌舞伎では子との情愛や不義の仲をよく題材にしたものが多いが、江戸時代の大衆は何を共感し、歌舞伎に魅了されるのか?
 現代で観るおいら達とは時代背景を通じて価値観も違う、当時の大衆の人間観・人生観・死生観を知りたくなった。
 そして、ここまで流星を極める歌舞伎の真髄を益々追求したくなった。

播磨屋に魅せられて!

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【奥州安達原】

 おいらが歌舞伎にはまってしまったのは何も何十年と前ではない。ここ数年の出来事である。それも会社の先輩が誘ってくれたのだが、初めは全然乗り気ではなく、お断りしていた。

 映画に関しては若かりし頃はよくHolly Wood映画をよく好んで観ていたが、昨今の映画を観に行ってもストーリーの途中で必ず寝てしまう。年の所以か?ただ単につまらないだけか?だから、歌舞伎のお誘いをされても演者の名前も顔も当然知らないし、何しろ絶対に『寝てしまう』に違いないと思ったので、お断りしていたのであったが、それでも良いというので歌舞伎座に足を運んだのがきっかけである。むしろ当初は付き合い程度のつもりであった。大体歌舞伎座がどこにあるのも知らずに・・・

 数年前なので、その時の演目・配役は忘れてしまったが、衝撃かつ痛烈に印象に残っているのが、『中村吉衛門』こと播磨屋が演ずる武蔵坊弁慶であった。おいらの席は丁度花道の近くでそこから颯爽と登場したのが、今でも強烈に印象に残っている。そして、粗筋云々よりもダイナミックな演技、そして威厳ある美声その他すべてが釘付けにさせられてしまった。

 「本当に人間が過去の偉人を演じているだけなのか?」それとも「播磨屋に天から弁慶の魂が宿り、播磨屋が化身となって、本当に弁慶がいるのではないか?」そんな錯覚に陥った。当然寝る余裕など皆無だ。目の前に起こるすべての出来事が新鮮でただ驚きの連続であった。又、播磨屋の『見得』が一番好きである。あの鋭い眼光は魅了される。そこで、これぞ『男の中の男だ!』といつも痛切に感じる。

 そして、歌舞伎と言えば過去の歴史の逸話を舞台で演じるが、舞台で起こっている出来事を見ている内に、タイムスリップした様な一種異様な空気に包まれる。そして、あらゆる想像力が養われる。「あぁ、江戸時代の人はこういう舞台を観て、感情移入していたんだなぁ!」とかその「時代背景の世俗」とかいったものも想像してしまう。

 又世俗的な比較で申し訳ないが、上演の終わった後の感想は率直に、おいらの好きな生で観た格闘技の試合を見終わった後に近いものを感じた。それは演者が舞台で真剣勝負を挑んでいる、そんな印象を持ったからだ。

 そして今回『坂田藤十郎』襲名披露興行では、なっなんと!播磨屋も出演している。その他幸四郎、橋之助、梅玉や染五郎など襲名披露でなければあり得ない豪華絢爛の配役である。

 今回、播磨屋が出演している演目は『奥州安達原』で、役は『安倍貞任』である。又その安倍貞任の威風堂々とした風格の素晴らしさ、貫禄は言葉では言い尽くせない。
 よって、このブログをご覧頂いている諸氏も是非一度でも良いから劇場に足を運んで、二次元の世界では絶対に体験できない三次元の生の舞台を肌で感じて頂いたら嬉しい。

最後に、歌舞伎に行くと必ずといって良いほど外国人に遭遇する。異国の人も歌舞伎の魅力を分っているのか?摩訶不思議であったが、この様な伝統芸能が諸外国で評されるのは日本人としてとても誇りに思うし、逆に今まで歌舞伎の世界を知らなかった自分が日本人として情けない、そんな感じも初の観覧での率直な感想である。これぞ、『灯台下暗し』といった所か?

PS:俗世間の見方で申し訳ないが、もし実現するならば、團十郎、藤十郎、吉衛門、三津五郎、橋之助、勘三郎、玉三郎他一同介した舞台を観たいものである。東京ドームでも大阪ドームでもどこでも良い。もし実現したら、大枚叩いても行きたいものである。まず、有り得ないが・・・

坂田藤十郎襲名披露

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 東の團十郎、西の藤十郎と言われる程、歌舞伎界の二代巨頭の一人『坂田藤十郎』の名跡が231年ぶりに復活した。これは歌舞伎ファンにとっては凄いことであり、逆に『坂田藤十郎』の名跡をなぜここまでほっといたかが謎である。その興行が現在東京の歌舞伎座で行なわれている。

 今回の演目である『曽根崎心中』の粗筋を述べると、醤油屋の手代・徳兵衛と、遊女のお初は恋し合う仲であった。物語は、徳兵衛とお初が生玉の社で久しぶりに偶然再会したシーンから始まる。便りのないことを責めるお初に、徳兵衛は会えない間に、自分は大変な目にあったのだと語る。 
 徳兵衛は、実の叔父の家で丁稚奉公をしてきた。誠実に働くことから信頼を得、店主の姪と結婚させて、店を持たせようという話が出てきた。
 徳兵衛は、お初がいるからと断ったが、叔父のほうは徳兵衛が知らないうちに、結納まで済ませてしまう。固辞する徳兵衛に、叔父は怒り、とうとう勘当を言い渡す。その中身は、商売などさせない、大阪から出て行け、付け払いで買った服の代金を七日以内に返せ、というものであった。徳兵衛は、やっとのことで、継母から結納金を取り返すが、どうしても金が要るという友人・九平次に三日限りの約束でその金を貸す。
 語り終えたところで、九平次が登場。同時に、お初は喧嘩に巻き込まれるのを恐れた客に連れ去られる。 徳兵衛は、九平次に返済を迫る。が、九平次は借金など知らぬと、逆に徳兵衛を公衆の面前で詐欺師呼ばわりしたうえ、散々に殴りつけ、面目を失わせる。 兄弟と呼べるほど信じていた男の手酷い裏切りであったが、死んで身の証を立てるより他に、身の潔白を証明し、名誉を回復する手段が、徳兵衛にはなかった。
 徳兵衛は覚悟を決め、密かにお初のもとを訪れる。お初は、他の人に見つかっては大変と徳兵衛を縁の下に隠す。 そこへ、九平次が客として、お初のもとを訪れるが、素気無くされ、徳兵衛の悪口をいいつつ帰る。徳兵衛は縁の下で、怒りにこぶしを震わせつつ、お初に死ぬ覚悟を伝える。
 真夜中。お初と徳兵衛は手を取り合い、露天神の森へ行く。互いを連理の松の木に縛り覚悟を確かめ合うと、徳兵衛は脇差でお初の命を奪い、自らも命を絶つ。(Wikipediaより引用)

 近松門左衛門が書き下ろした『曽根崎心中』は高校の歴史で名前だけは承知しておったが、こんなに『切ない物語』とは思わなかった。第3場の曽根崎の森の場の徳兵衛とお初の心中のシーンなんぞ思わず、心の中で「死なないで〜!」と叫びたくなった。

 しかし、自決する或いは心中するという、一見野蛮な行為であり、おいらとしては天から授かった大切な命をそう、自分から手放そうとは思わないが、本当に愛する人同士ならば、命も厭わないという観念は人間にはどこか宿っているのか?、或いはその観念も紙一重の考えなのかなぁと感じずにいられなかった。だからこそ江戸時代の町民達が共感し、現在にも歌舞伎や人形浄瑠璃で演じられ、今の世の人々にも共感させられる物語であり、その人間の深層心理を伝える感性を近松門左衛門は持っている事に驚かずにいられなかった。

 あと予断ではあるが、中村橋之助の発する声は魅了されるものがあり、正直写真の普段の顔とは想像できない位、威厳のある声である。その声にちっと酔ってしまった。

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2005年男祭り『頂』

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勝負の世界は非情である。例え,それが弔いの戦であっても、勝利の女神が味方してくれるとは限らない。

【男祭り・頂】に行って来た。FINAL MATCH暴走柔道王小川対金色の柔道王吉田の試合で、小川は『爆笑宣言』のテーマで入場してきた。

 それは、そう昨年亡くなった橋本真也の入場テーマである。
 その時はおいらの感情は頂点に達し、目頭を押さえずにはいられなかった。目の前で起ころうとする現実を直視することができない。そして、それが嘘であって欲しいと思った。しかし、非情にも開始のゴングが鳴らされる。

 小川の左右のストレートが吉田の顔面を虚しく空を切る。一方の吉田も序盤中々小川の懐に入ることが出来ない。 
 それから数分後、グランドの攻防になり、小川のグラウンドからのパウンドが吉田の顔面を捉える。吉田も先輩に対して非情にも容赦の無いパンチングやフットスタンプを浴びせる。

 そして、小川が立った瞬間左手を取り、小川が踏ん張りきれずにマットに崩れ落ちる。その瞬間を逃さず四の次固めに入るが、小川はタップしない。数秒後レフリーが判断して試合を止め、吉田が勝利を飾った。その瞬間二人はお互いの健闘を称え、抱擁をし、戦の労をねぎらった。

 おいらの感想はどちらのファイターも最高だし、各々ポリシーを持つ愛すべき選手である。しかし、おいらはもし神様がいるならば、今回ばかりは小川に勝利を捧げて欲しかった。そして、天国の橋本に勝星を捧げて欲しかった。しかし、PRIDEのリングは甘くない。男と男の本気の戦いだ。そこに『情』などの感情の入る余地が無い。

 もし、両者の勝敗を分析するならば、両者にはそれぞれ背負うものがある。小川は先輩の意地、橋本への感情、プロレス最強復活、そしてエンターテイナーとしての自負。一方の吉田は柔道家・格闘家としての吉田、そして吉田道場を背負って立つ立場。しかし、リングに上がった瞬間各々が背負っているモノを脱ぎ捨てた吉田が『非情』に徹しれた事が勝因であったと思うし、逆に、小川はリングに背負うモノを持ち込みすぎた、それが勝敗に響いた気がしてならない、そんな一戦であった。

 それでもおいらは小川の人間臭さ、不器用さ、ここ一番の勝負弱さ、世の中の凡人が何と言おうとも群れずに生き抜く孤高の生き様、全てが好きである。負けっぷりも小川らしかった。

 そして、戦の後、お互いが抱き合い、労をねぎらう姿は清清しかったし、世知辛いと言われるこの世の中、若人も捨てたものではないと実感させられたそんな試合であった。

今年こそ、おいらも良い年にしたいし、諸氏も良い年でおられますように。
最後に3・2・1ハッスル ハッスル!

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