鉄りすと

明日は霜降。露が冷気によって霜となって降り始める頃。「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」(10/22 8:19)

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 対岸へ渡ってみた。

 平戸島(ひらどじま)側にある、平戸大橋公園から眺める平戸大橋平戸瀬戸である。
 橋の赤い色が海と山に映える。
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 この橋が架かった直後に、親子でこの橋を訪ねたことがあった。
 そのときも、この近くの緑地で写真を撮ったと思った。
 この公園から橋を眺めるのはそれ以来かも知れない。

 昔は九州本土側は北松浦郡田平町(たびらちょう)であったが、平成の大合併により、今ではどちらも平戸市となっている。

 運転してきた車(手前)と一緒に。
 水戸の自宅から実家まで自分の車を運転してきたのはこれで3回目なのであるが、思えば遠くまで運転してきたものだ。
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 このあと市街地の平戸桟橋のほうまで行ってみた。
 そこでも写真を撮りたかったのであるが、フェリーに乗船する予定の車を除いては、桟橋付近には安心して車を停められるような駐車場がまるで無い。
 やむを得ず、ちょっと一回りして帰ってきてしまった。




 某お姉さま向けの、おまけ
 平戸大橋の脇に建っていた送電鉄塔。
 こんなに長い距離を普通に送電鉄塔で送電線を渡しているというのもすごいと思う。
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 さらに、おまけ。
 この翌日、水戸への帰途に就いた。
 途中、謎の不定期連絡を送ったのは、何処だっただろう。
 (正解:山陽道・三木SA)


2008年12月2日 平戸大橋公園(長崎県平戸市)にて撮影


 思いつきでやって来た北松浦(きたまつうら)半島への旅。
 たびら平戸口(ひらどぐち)駅を出ると、再び国道204号線平戸口桟橋の近くを通ってきた。

 そして、高台の駐車場へ車を入れた。

 そこから見える景色。

 橋は、平戸(ひらど)瀬戸を跨いで平戸島(向こう側)と九州本土(手前)を結ぶ、平戸大橋である。
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 平戸大橋は、昭和48年に着工、4年後の昭和52年に開通した赤い吊り橋で、全長665メートル、桁下の高さは30メートル、幅は約10メートルあり、片側1車線の道路と歩道が併設されている。
 国道383号線の一部であるが、橋の区間は平戸大橋有料道路となっている。
 平成8年以降は、橋の維持管理に必要な料金徴収だけが行われていて、普通乗用車の通行料金は片道100円、歩行者は無料となっている。

 橋より北側の、平戸瀬戸。
 左側が平戸島、右側が九州本土の平戸口桟橋がある側である。
 かつては、平戸口桟橋から平戸桟橋まで、フェリーが運航されていた。
 橋が開通した後も、橋の通行料金がまだ高かった頃にはフェリーも継続して運航されていた。
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 遠くに平戸城が見えた。
 中央、山の上である。
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 平戸城は、平戸藩松浦(まつら)氏の居城で、慶長4年(1599年)に4代藩主・松浦鎮信(まつら・しげのぶ)により築城された。
 平成18年に制定された日本100名城の90番目に指定されている。

 橋の通行料金も下がったことだし、折角だから、橋の向こうへ渡ってみることにする。




2008年12月2日 平戸大橋・東口にて撮影


 さて、この駅訪問の最終編。
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 今回は駅構内を撮ってみた。

 まずは下り江迎鹿町(えむかえ・しかまち)・佐々(さざ)・佐世保方面。
 線路での最西端は、このもう少し先のところになるそうだ。
 上り列車は駅舎に面した右側の1番のりばに、下り列車は左側の2・3番のりばに停車する。
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 続いて、上り松浦(まつうら)・伊万里(いまり)方面。
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 どちらを見ても、今にも列車がやってきそうな雰囲気だが、このときはたまたま列車がやって来ないときであった。

 松浦線時代には6両編成の列車も運転されていたので、ホームは充分長く造られている。
 また、運用の都合で、この駅構内でお泊りする車両もいる。
 かつては、長崎からやって来た2両編成が夜間ここで泊まり、翌朝の下り2番列車として、再び長崎へ向けて出発していた(上り1番列車から3両貰って、5両編成で運転)。


 今度やってくるときには列車でやって来て、帰りには是非とも、この通路を歩いて下りホームへ行ってみたいと思った。
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2008年12月2日 MR松浦鉄道西九州線・たびら平戸口駅にて撮影


 引き続き、たびら平戸口(ひらどぐち)駅にて。

 駅舎の中へ入ってみる。

 改札口は廃止されて、自由に通り抜け出来るようになっていて、それが向かい側の下りホームへの通路へ一直線に繋がっている。
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 国鉄時代は、1日1往復だが急行列車も運転されていたこの駅、主要駅らしい風格が、駅舎の中にもホームにも伝わる。

 左側の案内所には、松浦線に関わるいろんな資料が所狭しと並んでいた。
 駅名標やサボ(行先標)、きっぷや写真など、どれも懐かしいものばかりである。
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 入口の左脇には、通票閉塞(へいそく)機が置かれていた。
 隣同士の交換可能な駅との間で列車の有無を確認し、列車が運転されて無ければ、通行手形に当たる砲金製の通票(タブレット)を取り出していた。
 タブレットを大きな輪の付いたキャリア(閉塞機の後ろに見えている)に入れて列車の運転士に渡し、信号を青に切り替えることで、次の駅までの進行を許可していたのである。
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 列車の有無の確認の方法がちょっと面白かった。
 閉塞機の上についている小さなレバーを手前に引くと、相手側の駅で信号音が鳴る。
 その信号音は、ベル音の「チン♪」と、柱時計の時報のような「ボーン♪」の2通りあり、両隣の駅では違う音を使っていて、どっち側の駅からの知らせかが音で分かるようになっていた。
 知らせてきたほうの駅に直結していた電話機(鉄道専用電話)の受話器を上げて、相手側駅と連絡を取り合っていた。
 通票閉塞機は、普通は2台並べて置かれていて、各々が相手側の駅の通票閉塞機とつながっていた。

 タブレットは、4種類(○(まる)、□(よんかく)、△(さんかく)、楕円)のうちいずれかの形の穴が開いていて、両隣の駅間では違う形のものを使っていた。
 また、隣同士の両駅で1枚しか取り出せないようになっていて、片方の駅が取り出すともう片方の駅にはロックが掛かるようになっていたようだ。


 この通票閉塞は、JRへの民営化を前にして新しい電子閉塞方式に変わり、廃止されてしまった。


(続く)


2008年12月2日 MR松浦鉄道西九州線・たびら平戸口駅にて撮影


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