From Havana

春がやってきました!皆さんいかがお過ごしでしょうか。

Cuba という国

[ リスト | 詳細 ]

『Cuba』は魅力的な国!!キューバの観光案内を含めながら、この国の「今の姿」を私なりに捉え、記します。
記事検索
検索

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

キューバについて 6

イメージ 1

簡単に、ガイドブックや歴史本に沿ってキューバについての説明を
しましたが、この国の歴史を知れば、あまりに複雑で、そして現在も
その複雑の延長線上にあるのだと、日々生活をしていて感じます。

私は、まずスペイン語がわからないし、この国の現在の政治についても、
全く理解できていません。
何せ、この国についての本を3冊しか読めていないですし。
ゆえに、私はキューバのことを、確かに述べることはできません。

けれど、ハバナの街の中には、日本と同じ島国であるにも関わらず、
ヨーロッパとアメリカとソ連という、大国に翻弄された歴史があった
事実を、建物を見るだけで、私でさえ、感じとることができます。

この国はどういった方向に進んでいくのだろうか、と私は外出する度に
『不思議』に出会い、私なりに考えてみたりするのです。

その『不思議』をブログを通じて、書き留めていきたいと思います。



写真は旧市街にある、フエルサ要塞。
1555年から建築が始まったといわれ、ハバナの中では最も古い要塞。

キューバについて 5

イメージ 1

観光などを重視する国の外貨獲得政策の一環として、市民の生活に
大きな影響を与えたのが、外貨(ドル)所持解禁と個人事業の許可
だといわれます。
1993年夏以降、所持が禁じられていたドルの解禁となります。

(キューバの国の本来の通貨はキューバペソ。
 昨年末からドルが使えず、兌換ペソという通貨に換金します。
この「兌換ペソ」 1ペソ = キューバペソ 約24ペソ)

また、観光客向けのレストラン「パラダール」や民宿といった
『個人事業』が許されるようになるのです。

観光業に携わる者、個人事業を経営する者、とにかく外貨を得る
ことのできるキューバ人と、そうでないキューバ人との間に、
相当な所得の差がでてきます。
(この個人事業は、誰でも起業できるというわけではなさそうです。)

一般的なキューバ人のお給料は200キューバペソ。
約1000円にも満たないのです。
『皆が平等』であることを目指す国家体制の中で、働いても、働かなくても
支給される約1000円。

ホテルで宿泊客が渡すチップ。
例えば10人の客が1兌換ペソずつおけば、それらの客の対応をしたホテルの
従業員は一日で、約1000円稼げてしまうのです。
一日の稼ぎと、国から支給される一ヶ月のお給料が同等になってしまうのです。

こうして、外貨を得る人と、そうでない人との間に、所得の差が広がり、
キューバの経済を複雑にしているようです。

写真は、ハバナ旧市街近辺の、住宅街の一部。
ハバナではこんな古い住宅があちこちに残り、今もなお、そこでキューバ人達は
生活をしています。
      

キューバについて 4

イメージ 1

キューバは革命後の混乱の時期を経て1970〜80年代が
一番良い時期だといわれます。

こうしてキューバが社会主義国として軌道に乗った後、ソ連はじめ
とする社会主義諸国の崩壊の時代がやってきました。
そして、各国からの支援が受けられなくなり、1990年代初頭から
経済危機に入ります。

一時はどん底ともいえる状態でしたが、外貨獲得のため、国の政策として
力を注いできた観光産業が実を結び、現在はカナダやヨーロッパ諸国から
あふれる観光客で活気を取り戻しています。

写真中にそびえ立つ建物はソ連大使館。
周辺の中で、抜きん出て大きな建物です。ソ連との結びつきが強かった
時代には、この大使館の中には200〜300人が働いていたそうです。
現在はその10分の1の人数となり、巨大な空箱のように見えます。
美しい夕焼けとともに。

キューバについて 3

イメージ 1

大国である米国に近い国での革命。
それは米国による経済封鎖を受けることになり、社会主義国と
連携するべく道を歩むのです。
特にソ連や東欧との密接な関係ができあがっていきます。


写真は、革命博物館内部の大広間。

この建物は1920年〜60年に大統領官邸として使われていたもので
スペイン・コロニアル様式の立派な宮殿のよう。
大広間は、フランスのベルサイユ宮殿の『鏡の間』を思わせるような
美しく華やかな部屋になっています。
キューバが繁栄していた時代、この大広間でどんな華やかなパーテイが
繰り広げられていたのでしょうか。

美しい建物であるものの、長い間修復されておらず、キューバの国の、
時代の流れを感じずにはいられません。

キューバについて 2

イメージ 1

繁栄を極めたキューバの砂糖産業ですが、19世紀後半の世界的な
奴隷制度廃止により労働力を得ることができなくなりました。
そこで、新たに、中国広東省周辺から労働者が来る事になります。

スペインによるキューバ統治は約400年に渡ります。
やがて、キューバ生まれてのスペイン人が生まれます。
スペイン人、アフリカ人、中国人。加えて隣国からの移民。
こうして、さまざまな人種と文化が入り混じる国となっていくのです。

そして、キューバ生まれのスペイン人達は、次第に『キューバ人
としての感情』が強くなり、スペイン王朝の無理な要求に反発を
覚えるようになりました。
そして、スペインからの独立の動きが1868年に始まります。

カルロス・マヌエル・デ・セスペデスを中心として始まった
第一次独立戦争は10年に渡り、その後ホセ・マルテイに
引き継がれ1898年、スペインに勝利しました。
しかし、スペインから独立したものの、この勝利には米国による
介入が大きく関わっていました。

1902年にキューバ共和国が樹立されましたが、その政府は
米国寄りの政治家が大半を占め、以後半世紀あまり、キューバは
『米国の裏庭』となり、首都ハバナはカジノが林立するマフィアと
売春の温床の地となります。

その状況を変えようと立ち上がったのがフィデル・カストロ。
メキシコで知り合ったアルゼンチン人チェ・ゲバラはじめ82名の
同志とともに、グランマ号でバチスタ軍事独裁政権打倒の為、キューバ
遠征の旅に出ることとなります。

遠征軍の撲滅、ゲリラ戦の苦闘等々の困難の末、1959年1月1日
バチスタ大統領の逃亡をもって、カストロら遠征軍が勝利をおさめます。
この革命戦争以後、キューバは社会主義国としての道を歩むことと
なります。

写真は、革命博物館内のカストロとゲバラ像。
 ☆革命博物館☆
  革命に関する写真や資料、武器さまざまなものが展示されています。

 

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事