|
マルバノキに振られたが、シロハラが親切に
天下の三大公園の一つ、岡山県後楽園へ行った。目的はマルバノキの撮影だった。全国でも限られた場所にしかないマンサクの仲間。それが初冬には見事に紅葉し、同時に赤紫の小花が咲く。その葉と花の巧みな紅葉と緑の彩り。それが、行ってみたらもう縮れた花がチラリ・チラリ。
こりゃだめだと帰りかけたら、太いシイノキの枝の切り株にシロハラが1羽どっしりと構えて頭だけを動かしている。冬鳥だから平素は森の中で落ち葉をつついているのを見かける程度。だが有難いことに落ち葉に埋もれるようにしているので無く、ちゃんと止まっている。早速パチリ。これは「自然誌おかやま」にも載せるぞ。
|
|
河原に白い花を咲かせていたナンキンハゼ。それが最近少しずつ減る感じです。何だろうか─と気にしていたら
今朝、木に止まっていたツグミが飛び立ち、入れ替わりにキジバトが2羽来て、ナンキンハゼの実を引っ張り出しまし
た。双眼鏡で眺めていると、キジバトたちはナンキンハゼを食べているんです。あの実がうまいんかなあ。先に同じ
木に来ていたツグミも食べていたのかも知れません。今はまだまだ白い実がいっぱいの木がたくさん。
ツグミはここ数日の間に増えたから、間もなく争奪戦も始まるかな。
|
|
さすが御庄博実さん
御庄博実詩集『川岸の道』をお贈りいただいた。何度読んでもすごいと思う。と同時に、「おいヨッさん、お前面白いもん持ち込むから、簡単な診断ができんで困ったぞ」と私が水島協同病院の丸屋先生の所に持ち込んだハードボイルドの推理小説を
行く先には果てしなく広がる
プルサーマルという沃野があるという
夢のエネルギー政策という呪文
くり返される呪文のなかで
とてつもない明るい街灯と見えていたものは
雪道のかげろう
暗夜の影ぼうし
閉じられた網膜に投影された幻影
人類の「おごり・過信への戒め」と
特号活字が躍っている
もう半世紀もの昔
僕は焼けただれた広島にいた
(詩集中の「青い光」節の一部)
など、一つの詩の中で良くもこれほど想いが展開するものだと思えてならない。
|
|
マルバアサガオに再見して
散歩コースにある用水路の排水樋門の上にマルバアサガオの青い花が咲き始めた。10年以上愛犬(柴犬)と朝の散歩を続けていた笹ヶ瀬川の河原。その老犬が老化して自力では動けなくなると、毎朝、自転車の前籠に入れて笹ヶ瀬川の河原へ連れて行き、ちょっとした運動と用便をさせるようになったころから、盛夏になると草もほとんど無い山土の河原に、焼けた土埃をかぶりながら咲くようになったマルバアサガオ。愛犬は19年余りの生命を燃やし果たして数年前に他界。愛犬がいなくなって降りることも無くなった河原は今や誰かが始めた小学生主体の野球場だ。アサガオの姿など見えない。
そのグランドになる前、盛夏には決まって河原の隅を青い花で飾っていたマルバアサガオが、今夏、排水樋門の草付き
|
|
ありがたくない話だが、いまやアメリカコナギの名産地は岡山?
つい2.3日前、早朝散歩のコースを何時もとは変えて歩いていたら、1ヵ月半前には広い苗代だった跡にアメリカコナギがぎっしりと埋めていた。この植物、去年だったか一昨年だったか、農林関係の技師が近くの水田で「こんな帰化植物が入ってきた」と稲の間を見回っていたと伝え聞いた。その時は稲の間に生えたコナギとミズアオイの間の子みたいな水草だなと見ていたが、私の帰化植物図鑑(保育社、1981年刊)などには出ていない代物だった。
それが今は目前に広がっている。しかも稲の間では無く専門的に植えたかのように並んでいる。そこでグーグルの知識を借りたら、これこそアメリカ生まれのアメリカコナギに違いない。それも岡山と福岡に多産しているようだ。しかも
日本で気づかれたのは私の帰化植物図鑑が発行された後らしい。 岡山市北区平田を抜ける下中野長川(農業用水)のわきに広がっている、そのアメリカコナギの繁盛ぶりをチラリとお目にかけよう。
|
[ すべて表示 ]





