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上杉景勝:うえすぎかげかつ
1555年生−1623年没。上杉謙信の甥で養子。上田長尾氏の長尾政景の次男。御館の乱(1578-1579)で、同じく上杉謙信の養子で、北条氏政の弟の上杉景虎を打ち破り、上杉家の跡を継ぐ。その後、織田信長勢に攻められ、魚津城が陥落したが、その前日に織田信長が本能寺で死亡。からくも上杉家の滅亡を免れる。それからは、豊臣秀吉に従臣し、五大老まで上り詰める。秀吉の死後は会津で、最後まで徳川家康に反抗していたが、関ヶ原ののち降伏。その後許されて、米沢藩主となり、米沢城で亡くなる。
昔はさ、お家断絶を避けたいとか、お家のためにとか言っていたようなイメージがあるが、上杉家に関して言えば、理解できない。
というのも、まず、一番有名な、上杉謙信が、もともと上杉じゃないもんね。上杉の家臣の長尾家だった。親父さんが、結果として上杉家をつぶすような形になってしまったので、その汚名を返上しようとして、なんか知らんけど上杉になってしまった。でも、子供が生まれなかったので、養子を貰う。一人は親戚筋のこの景勝。でも、家督を譲ろうとしたのは、どうもまったく関係のない後北条氏出身の景虎の方。まず名前が、謙信の若いころの名前の景虎を与えているし、春日山の頂上は謙信、その下に景虎、さらに下に景勝が住んでいたことからもわかる。そのため、謙信の葬式中に、景勝は、景虎を奇襲することになった。この不意打ちと騙しがね、どうも、私が景勝を好きになれない理由になっている。
上杉家のためとか、全然関係ないとこで騒動起こしているような感じがするし。ただ単に自分の保身のために戦っている感じがする。
異論はあると思いますけど。
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