暇日記

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特選!! 米朝 落語全集 全十巻 第5巻

らくだ

1989年 十月十七日 大阪  41分52秒


ここのところ「らくだ」を初代 桂春團治と六代目笑福亭松鶴と二つほど聴いて下記のように感想を記した。


そして何時かプレゼントでもらった米朝全集のDVDの中にも「らくだ」があったので興味深くその封を切って鑑賞した。 日頃ジャズを聴きジャズのスタンダードを様々な演者がそれぞれの個性で表現するのを面白く聴き、落語でもそれがこの「らくだ」を何人かで演じられるのに接し、それぞれの個性が対照されるのに興趣をもった。

DVDではCDとは違い動きが見えるので臨場感がいままでのものに比べて一層加わるようだ。 それに米朝のしっかりとした語りはその資質によるのか荒事というよりごく普通の人々の描写に光るようで、ここでもそれが遺憾なく表現される。

六代目松鶴のいう「らくだ」のやたけたの熊はここでは初代春團治のノウテンの熊と同じ名前で登場して同じく凄みのある、らくだの兄貴分として語られるのだがこの凄みがそのうちに紙屑屋にとって換わられる弾みとなるのが酒の力でそれからが米朝の「らくだ」なのだろうと思った。 飲めない米朝だと思い違いをしていていたのだが先日ラジオで久しぶりに美声を聴いた毎日放送の元アナウンサー淺川ミチコの、若いときに酒を飲んでいてお互いに分からなくなっていたのか米朝さんに乳房を吸われた、云々と当時の述懐を聴いてここでの酒飲みの描写に一瞬、米朝の若い時の酒修行が想われて別の楽しみを味わった。 

酒が我々の深部に潜むものを開放し放埓にもなりそこで新たに我々が持っているその人物に対する印象を変化させるのを見るのは大げさに言うとパンドラの箱を開けるようなぞくぞくするような経験だ。 米朝の「らくだ」では紙屑屋の描写にそれをみる。 酒がパンドラの箱をそろそろと開けにかかり熊との力関係が徐々に反転していく様に紙屑屋の経歴と家族の構成の複雑さが絡み酒を巡る人情話が語られるのが私にはこれが米朝の骨頂だと見た。 これがそれから先に熊との権力関係を逆転させる大きな梃子になっている。 それまで「らくだ」と「熊」の、他人としてはおかしいものの実際に関係しては迷惑きわまりない無頼に対して人情話を梃子にする米朝の「らくだ」は後半に至って光芒を放つ。 そしてそれにはこの部分に値する時間が割り当てられ40分を越すものとなっているのだが時間の制約があったのか焼き場の部分が割愛されその落ちまで行き着いていない。 残念だ。 これも酔っ払いの焼き場の穏坊とのやり取りで落ちる結末まで聴きたかったものだし、伊勢音頭や「梅が枝の手水鉢」に似たかんかん踊りが少し出たのだから時間に制約がなければひょっとするともっと鳴り物入りでおかしくもおどろおどろしいかんかん踊りも見られたのではなかったかと想像する。  

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