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voodootalk's blog*
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:)最近、自分の好きな音楽家たちがぼくの今の年齢、つまり60歳の頃何をしていたかを知ろうとしている。たとえば、バルトーク・ベーラは、1881年3月25日生まれで1945年9月26日に没しているが、60歳の頃というのは、ちょうどアメリカへ移住し、白血病を患い、騒音に苦しめられ、作曲もままならず、年収は1/5になってしまった頃だ。

そんな彼を救ったのが、当時ボストン交響楽団を率いていた指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーだったのは有名な話だ。クーセヴィツキーは曲の委嘱のためにバルトークの病室を訪れる際に当時としては破格の1,000ドルの小切手を持参したことで知られている。

そして出来上がった曲が、『管弦楽のための協奏曲』だ。この曲には、自分を故郷から引き離したヒトラーへの痛烈な皮肉と、故郷への愛情と帰還の思いが、入り交じるように組み込まれている。そして、バルトークの民謡研究のエッセンスが随所に光っている。

ほんとに最後のチカラを振り絞ってこの傑作を書き上げている。この時、バルトークの体重は40キロ台しか無かったようだ。

それでも、異郷の地で励ましてくれる人たちの気持ちが身に沁みたのが良く分かる。バルトークほどの苦境でなくても、ぼくも37年いた環境から離れ、一人の生活をしてみると、こういう人たちこそ本当の友人だと思う。だから、今この曲を聴くと、前とは違った気持ちで聴こえるのである。

バルトークはこの曲を書き上げて2年後に亡くなる。遺体は「ナチスドイツや共産主義ソ連の名前が残っている内は祖国に埋葬しない」との遺言に基づき、ニューヨーク州ハーツデイルのファーンクリフ墓地に埋葬されたが、ハンガリー社会主義労働者党が一党独裁放棄を決めるなど民主化が進んだことから、バルトークの二人の子息と指揮者ゲオルク・ショルティらの尽力で亡骸が1988年7月7日ハンガリーに移送され、国葬によりブダペシュトのファルカシュレーティ墓地に埋葬された。

人付き合いがあまり得意でなかったであろうバルトークは、その音楽の力で、熱望していた平和なハンガリーにショルティらによって戻された。音楽に書きこまれたメッセージはきちんと音楽家たちに通じたのだな、と思う。

写真はロシアで撮ったガガーリンのいた宇宙施設。ちょっと分かりづらかった。


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古物商の活かし方

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:)起業して6ヶ月。様々なことを考えている。

メインのシゴトとは別に多くの種目を定款に盛り込んだわけだが、その中で古物商の認可を取得した。これをどう活かすかを今考えている。アマゾンのレビューで殿堂入りもしているが、ヤフオクでも実は評価は2,300を超えている。つまり古物の扱いは結構していることにはなるだろう。

これを法人で始めてみたいと思っているわけだが、これは楽しみながらやりたいと思っている。何しろ、様々なことを試してみて、結果として収益が発生すればよいのだ。今はまさに様々なことを試す時期なのだと思っている。

法人の設立もそうだったが、古物商の認可というのも勉強になった。自分でやるというのは自分にプラスになることばかりだなと思う。


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学ぶ時間

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:)サラリーマンだった37年間が終了して、一番感じているのが睡眠時間の差だ。脳はきちんと睡眠しないと修復されないとされているようだが、サラリーマンの時はいかに睡眠不足だったかを痛感している。つまり、脳はこの6ヶ月で大分修復されたようだ。

そして感じているのは、きちんとした時間配分を自分自身の中で目標を立ててやることが大切だということだ。ひとつひとつ自分自身で学ぶ時間を作る。きちんとした知恵を自分の中に作っていくことが今必要だと感じている。

今はそれが可能だ。これは幸せなことだと思う。

どうもぼくはぼーっとして何もしない自分が嫌でたまらないようだ。良い音楽を聴き、正しく学び、自分を高める。そういう毎日をおくりたい。そう思っているのである。


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:)起業して間もなく6ヶ月。ここまででも驚くことがずいぶんあった。特に驚いたのが健康保険だ。サラリーマンの時と驚くくらい違っている。メモ書きしておきたい。

起業して自分の会社を持つと、市町村の国民健康保険に加入せず、自分の会社が全国健康保険協会に加入することになる。で、サラリーマンならフツーは健康保険組合があってそこに参加して人間ドックなどの申込みをする。ここまでサラリーマンだった37年間はフツーだと思っていたことが、大分違っていたことに気がついてきた。

まず、今の全国健康保険協会の方が圧倒的に選べる病院数が多い。同じ県内で比較してざっと50倍くらいある感じだ。この数にまず驚いてしまった。次に費用。これは被保険者と被扶養者で違う。そして扶養されているヒトは驚くような金額でドッグに近いものを受けられる感じなのだ。

詳しくは来週、新しく加盟した会社向けに説明会があるのだが、ぼくが考えるに全国健康保険協会の方が圧倒的にお得な気がしている。

これからの自分と家族の健康は何よりも大切だと思っているのだが、ベースとして全国健康保険協会の保険適用内容を把握し、不足部分を自力で補うという組み立てが大切だと思っている。アタマは使うが、費用面が違いすぎる。起業の様々なメリットを感じている。



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:)法人起業からほぼ半年、様々な勉強をしている。一方で、個人としての自分も資産運用の準備を開始した。

60歳になって感じているのは、結局、法人・個人などと言っているが、それぞれの利点をフル活用して、結果としてぼく自身に果実が入ることが大切なのだと気がついてきた。そのためには、今までより真剣に個人資産の運用体制を整えることが大切だ。

大切だと思っているのは、

・基本的に必ず勝てる勝負しかしない
・資産まるごとのような馬鹿げた勝負はしない

と言ったことだと思う。そのためには、税的に可能な限り非課税で、自在に資産を売り買いできる環境の構築が当然ながら大切だと思う。

そして、例えばリーマンショックの時周辺のすべての相場がどう上昇下落したかをある程度のスパンで理解しておきたいと思っている。今まさにニューヨークはFRBの引き下げを折込、史上最高値である。しかしながら必ずリーマンショックのような時がこれからもあるだろう。そこが勝負時だと思っている。

そのために今は静かに学び、体制を整えるべきだ。法人で可能な限り、費用と税を吸収し、個人では勝負時だけ勝負する。そうしようと思っている。


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