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ブログ始めました!
最近ダイビングに行けてないので腐っています、暖かい海の中でスカッとしたい。
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何処の海で撮ったのか忘れました、とにかく今海に行きたい。
何時行けれると云うの?会社の同志諸君「海に行かせて」
メチャ心がドンヨリなのはネットバンキングの更新手続きをしていなかったため、
次から利用出来なくなり慌ててコールセンターに連絡したら音声案内で土、日曜日は
営業していないアチャ〜です。
月曜日の一番にやります。
またこの忙しい時仕事が益々増えて頭抱えていますが「おせち料理」は今回も私の手作りで作る事に決定、とは言え利用者は益々高齢で固い物が食べられなく結局、
「創作おせち料理」にします。
目玉商品は「魚介すり身の天ぷら」「丸ごとリンゴのシナモンワイン煮」位かな。
後は食べられる金時豆や小豆煮、鮭の昆布巻き、お煮しめなど等、
料理を作る時は食べてくれる相手を思い気合が入り大好きなのですが、
基本的に一人だと卵掛けご飯を食べるのが好きで作るより外食に行きたい方です。
内の利用者の80代の女性に質問してみました、「自宅で食事を作ってくれるのは誰ですか?」皆みんな「自分が家族の分まで作っているわよ、誰もしてくれないわよ」
と、ウソコケ!と思いましたが認知症に成る手前までは大体の利用者は家事を行っていたのですね、意地悪な私は「ジャ〜何でここに居るのよ」と云ってしまいそう。
そう思っている事を否定しないように努力はしているが!!

自分の事

いつも一人ぼっち、でも一人でなくては作戦が発たぬ。
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跡取りの為養女に出されてから、心の中は冷酷なまでに開き直っていた。
大人を大人と思わず対等に喧嘩していた小学時代、
いつも一人だから自分を守るためにウソを重ねてきた中学時代、
ひねくれた性格は外野からのパッシングが強く心がずぶ濡れになった高校時代、
家族からも他人からも誹謗中傷が多い中、手を差し伸べ優しくしてくれた人3人、
「もう明日から会社来なくて良いからね」と上司に宣告された社会人時代、
福祉の専門学校へ2年学習しても実習先から余計な事をすると拒絶された第2学生時代、(利用者を思い良いと思ってやって来た事を否定されたから、)
悲しみのどん底にいたからこそ人の気持ちが分かり合えるようになった。
私どっかおかしいのかな?受け入れてもらえないのは発達障害まで疑った時もあったが、そんな事は無いと開き直る。
その理由は先はどうなるか?先手を打ち悪知恵が働き完全犯罪までに全て自分の思った通りに事が進む、(一人でなくては悪知恵の計画がばれるから身内でも云わない)
物事は何でも今の自分の精神と体力・経済を把握し未来のシュミレーションを描きながら出来ない事は無理をせず自分の悲しみの分を味わせ無いよう、他人に気遣う事であると自身に結論付けている。

仕事中気分転換に近所を散策していたら枯葉が舞い落ち自分のように感じた
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白いクモが寂しそうに散歩していた。
冬が近づくにつれ気持ちが焦ってきます、今年中にやり残した事が一杯あるから、
それとダイビングが国内で出来ない事、寒いから海外まで行くには時間が無い。
クリスマスのイルミネーションを見る度に「歳を取る」「動きが鈍い」などなど、
1年1年と昨日と変わらないような気がするけど顔のしわが増え鏡を見ると3日目から醜くなっている。
仕事は年齢のせいかブレないくらい口は達者、何故か正しく生きようと心掛けているので言い訳しなくても済む。
もっと若ければ事業拡大の方法論は持っているがオットセイが2〜3年持たないかもしれないので介護看護を集中して行おうと考えている。
今でもオットセイに対して3度の食事の準備は疲れるが仕事柄黙って呑み込んでいる。
まぁ〜私自身も仕事の多忙さで出来なかった事柄を出来るので、いつになるかは現在分からないけどね。
顔の醜さの許容範囲を超えてきたら仕事を辞めようと決心している。

内のお客さん??

3回目のブドウ狩りに行ってきました。
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もう終わりかと思いきや未だまだブドウ狩りやっていました。
グループホームの入居者を連れて勝沼ブドウ園へ、その前に大月の「藍屋」で
松花堂御前の腹ごしらえノンアルコールのビールを飲み満足そう。
帰りは談合坂SAで抹茶アイスクリームを食べて初めての経験なのかビックリしながら「最高じゃ」と喜んで頂いた。
内のお客さんだけどショートステイ4日間の初めに「なぜ泊まらなきゃいけないの」
と男性のお客さんだけどいつも泣きべそかく。
「嫌だよ母ちゃんと別れて泊まるのは、母ちゃんどうして家に居ないの?」
「奥さんは検査入院なのでTさんも頑張って病気を治そうね」と慰めるが!
「俺一人自宅で母ちゃんを待つから帰る」とぎゃぎゃ〜泣いてくる。
若い時は有名ブランドの超エリート社員だったTさん、奥さんに苦労を掛けて旦那としての威厳を振りまき奥さんの言う事は何一つ聞かなかったのに、
現在では「お母ちゃん居ないと生きていけない」と泣く男に成っちゃった。
元々人間性が素晴らしいTさん仕事一筋でも奥さんの存在は意地張りながらも家出しないかとビクビクしていたと話す、失礼だけど80歳近くに成っても可愛いのです。

行く先も分からず連れて行かれる、もちろんパラダイスだが!
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この雲の形がたまらない、行く先は罪人の島八丈島?そんな訳無いじゃん・・・
ダイビングポイントだよ〜でも八丈島は黒潮が流れ栄養豊かな海でお魚が大きい。
クマノミなんて鯛ではないかと思うくらいの大きさだ!
だから東京から近い八丈島は良くダイビングに通う大好きな海です。
冬はドライスーツなので日本の海では潜りたくない、3ミリのウエットと決めているがもう一人で海外に行くのは怖くなった。
夢の中で過去の映像ばかり流れていく、毎朝5時に夢のせいで目が覚める。
その過去の時を思い出し至らない自分を反省する。
今は自分を律しているが、その過去はその場限りのデタラメな自分が居た、
もっと深く思い出そうと早起きして考えるが何しろ夢なので思い出さない。
夢の話は事実なのだが過去の私は他人に優しくなかった、
人間って自分の心にゆとりが生まれた時に他人に優しくなれるのかなと考えた。
ゆとりの無い時は自分の利益を守る事しか考えず、他人にはその場限りの体裁を繕う。
よくここまで生きて来たなと云う感じで、猛反省お詫びのつもりで自分に関わった方達に神様みたいに優しくなりたいと願うが未だ雑念が邪魔するから至らないかも。

変わりゆく自分!

歳を重ね写真の「ミノカサゴ」のように煌びやかさが無い、誤魔化しの効果が無くなったがそれはそれで自然の流れで心が充実して来た!
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いつものように水曜日は眼科へ通院、
治療する前に時間が有ったのでスーパーの店頭で「ウイッグ」を展示していた。
以前から「グレースヘアー」に憧れ銀色のカツラを試用してみた。
自分の思った通りすごく似合った、でも私は髪の毛がテンパーでこの年齢で黒く髪が多い為Mサイズのカツラは頭全体に収まらなかった。
店員さんが無理やり押し込めようとしたが白いカツラから地毛の黒髪がはみ出している。
店員さん曰く「貴女のヘアスタイルソバージュにしてもモサモサでとかしていない乞食みたいだね」と云った。
「その通り、今朝は眼科なので髪は溶かさず帽子で誤魔化し化粧してはいけないのでスッピンなのだ、おまけに上着のトレーナーは伊勢丹で3万円もしたのだけど端々をギザギザに破けたデザインなのでホームレスに見えるでしょう」と、それが狙い。
見た目はホームレスの汚いオバちゃんの方が楽なんだ、着飾らなくて良いし、誰も相手にしてくれないから気持ちが軽い。
でも最後に店員さんに頭のサイズを測ってオーダーしたら幾らするのか聞いたら、
Mサイズの倍値段だって、アデランスだったら70万くらい、でもスーパーの店頭商品だから10万円だって、とっても欲しいので考えて電話すると応えた。

生きにくい今後!

群れをなしてたハタタテダイ、群れから外れると厳しい状況に!
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年金は2か月に一度振り込まれるが、どう金額を数えてみても生活出来ない金額だ、
オットセイが「俺全てを無くし生活保護者に成った方が生活できるかも?」と、
私の従妹が病気で働けなく生活保護を受けていた。
住宅費(4万2千円)込みで138,000円受領していた。
でもオットセイの年金は2か月で12万円弱、生活保護者は2か月で27万6千円、
私の施設の利用者も利用料を年金だけで賄える方は少ない、貯金を切り崩したり、
子供の援助で生活できている。
他人事ではない私の老後は特養にも入れないのではと考えた、厚生年金が長い割に今後貰える金額が少ないのだ、生活保護者より金額が少ないって国はどう考えているのか?
有料老人ホームのパンフレットが届いた、入居金3千万円\(◎o◎)/!
誰が入るの?入る人がいるから建築されるのであって私には縁遠い話!!
世の中には縁遠い人、経済に苦しい人の方が多いと思う。
年金だけで生活出来ない世の中に成ったら世情はどうなるのか???

籠の鳥に成らず!

また、ブドウ狩りにシャインマスカット美味しいですね。
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まだ勝沼に行ってない利用者を連れてブドウ狩りに、全員車椅子なので大丈夫かなと心配されたり、ブドウを食べると身体に良くないからジュースも飲ませないでと指示されたのにも拘らず、昼食も完食し、ブドウ農園に着くとサービスのブドウを抱え込み美味しいと笑顔で食べ過ぎた感が残る。
この日も東京は雨だったけど笹子トンネルを出たら快晴の青空みんなで拍手だった。
下の写真は散歩に行きましょうと利用者に尋ねると河原は余り行きたくないみたいで
「行かな〜〜い」の声が多かったので、
「近くのデニーズでシャインマスカットパフェでも食べに行かない」と声をかけると
「は〜い行きます」と3台の車12人でパフェとタラマヨポテトを食べた。
みんなすご〜〜く美味しいらしく涙流して喜んでくれた利用者も一人。
こんなに喜んでくれるのなら社会勉強も兼ね外に飛び出そうと思いました。

M利用者ロス

沈んで行く夕日、今の気持ちは沈んでいる。
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レイテの夕日です、この時私は大事な決断をした旅でもありました。
本題は以前にも話しましたが現在その利用者が特養に行きました。
我が施設に来た時は不安から脱走を何回も試み警察に保護願いを出し連れ戻して、
大事に大事に約3年間支援してきました。
現在では薬も減らし穏やかに過ごしていたのですが要介護5になってご家族が特養を申込み昨日移られました。
この利用者の為に職員を一人毎日配置してM利用者も職員を信頼して終の棲家として過ごされて来た、別れの時「俺死んじゃうの」と気に入った職員の腕を離さない。
私にも「俺の人生勝手にしないで」とすがってくるが、ご家族の決断には私らは何も言う権利が無い。もし私の家族ならM利用者の一番の環境を提供する。
「今のまま俺は此処がいい」というM利用者を見送り大変苦労しただけに気持ちが落ち込んでいます。
一対一で支援する事業所は無いと確信しています、ドクターも「よく看ているね」と云ってくれるし他に行ったらM利用者の安寧は得られないと信じています。
直ぐ抗精神剤を服用されるのではと心配でご飯は食べれれているのかな?関わった職員はM利用者ロスに成りました。
これでも海の生物なんですよ、赤とか紫とかいろんな色が近づくと引っ込むの!
イバラカンザシと云う名前だったかな?
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昨日の土曜日に末娘が遊びに来た、子供連れて。
前もって子供用の洋服をいっぱい買っていたので「まぁイイか」来ても、
娘でも来られると自分の時間を削られるので訪問を断っているが、
私が気を使いたくない事を知っているので外食に誘ってくれるかな?と期待する。
しかし来た時間は夕方の18時、仕方ないので冷蔵庫の中の物を料理して5品出来た。
美味しいと食べ過ぎて正露丸を飲んだ娘は「後片付けをやるからね」と云いながらお腹痛いと横に成った。
「ごめんね、皿洗いするよ」と云いながら「子供がぐずって来たので帰るね」と!
ヤルヨやるよと云いながら私が大丈夫休んでてと云う言葉を知っている。
仕事もそう、誰かがやるだろうと責任転換に成っているのは当たり前の非常識。
何でも面倒くさがらずコツコツ生きる全てを自分で遂行しなくては納得いかぬ!!

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