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いきなり年頃の娘の父になった私(5)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

マリアテレサ
十分おしゃべりしました。
たぶんしゃべりすぎ。

I've talked enough, maybe too much.

ぼそっと 池井多
しゃべりすぎってことはないよ。

ただ、50代のお父さんの頭は、
回転が速い16歳の娘の
すばらしい知性についていけないだけ。

お返事するのに少し時間をください。

ところで、おいおい、私の親愛なるシチリアの娘よ、
いまイタリアは水曜日の昼間、午後3時半だろう。

学校に行っている時間じゃないのか。
学校で、これを書いているのかい。

Oh, it will never be "too much", but just my 50's brain cannot catch up with the speed and density of your 16-year-old excellent intelligence. It takes me some time but I will reply you more details later...
By the way, my dear daughter in Sicilia, it is Wednesday today, still half past three in the afternoon in Italy isn't it, so you are writing all these at school now, aren't you?

マリアテレサ
ぜんぜんちがうわ、お父さん。
いまイタリアは午後4時半よ。

日本の学校とちがって、
イタリアの高校は5年制で、
私たち3年生は週に30時間しか授業がないの。
水曜日は8:15に始まって、昼12:15には学校が終わるのよ。
だからこれを書いているのも学校じゃないわ。
ともかく、いつでも快適に書けるときにお返事をください。

Not at all, Dad, it is 16:30 in Italy now. And unlike Japanese schools, Italian ones have different schedules. At my school there are 27 hours lesson a week per two years (1st and 2nd year) and 30 hours a week for three years (3rd, 4th and 5th year). In fact, lessons start every day at 8:15 a.m. and end at 13:15 every Monday, Tuesday and Friday, and at 12:15 every Wednesday, Thursday and Saturday. So I am not writing all these at school. Anyway, you can answer when it's more comfortable for you.


イメージ 1


ぼそっと池井多
おお、秀才すぎてお父さんがタジタジとなってしまう娘よ。
時間ができたので、おちついて返事を書くといたしましょう。

イタリアの貧困に関する話は
とても興味深かったです。

もし私がシチリアで生活保護を受けたら
いくら支給されるのかという問題は、
具体的な私の生活状況がわからなければ答えられないというのは、
まったくごもっともな話。

そこで私は、自分の生活状況を
少し具体的に述べてみましょう。
50代の中高年男性、ひとり暮らし、家族なし。
無職、職業安定所にも登録してない。
しかし精神科医療機関に定期的に通院している。
不動産はまったくもっておらず、
持っているまともな家具といえば、
コンピュータ、電子ピアノ、テレビ、
冷蔵庫、電子レンジ、自転車。
本も、ほとんど持っていません。

さて、私はシチリアではいったいいくら
生活保護費がもらえるのでしょうか。

イメージ 3


東京では、もし車をもっていたら、
生活保護は支給されません。
なぜなら、東京で車はいっしゅの贅沢品とみなされるからです。

自転車、地下鉄、電車とバスで
だいたい東京の中のどこでもたどりつきます。

しかし、シチリアでは車がないと大変なのではないですか。
あなたはもう運転できますか。
あなたは高校は自転車で通っているの?

日本では、運転免許を取るためには
18歳以上でなくてはなりません。

日本でも田舎では車は生活必需品です。
逆に東京では、多くの人々が車をもつことはやめるようになってきています。
なぜならば、車を所有していることのメリットとデメリットを考えると、都市部ではデメリットのほうが大きくなってきたからです。

車をもっていれば、どこかへ出かけるのに便利です。
しかし、維持費、駐車料金、税金などなどがかかります。
これらを秤にかけると、
デメリットの方が大きくなってきたのです。

私はとても若いころから、
まったく車に興味を示さないという意味で
たいへんめずらしい男の子でした。
車の何が魅力なのか、今でもさっぱりわかりません。

イタリアはかっこいい車をたくさん生産している国ですね。
しかし私は車の良き消費者ではないので、
イタリア経済には貢献しないで生きてきたのです。

そのかわり、私は
パスタやワインやチーズ、生ハムは大好きなので、
やはり私はイタリア経済に貢献してきたかもしれません。

やはり私は生涯、車を持とうとは思いません。
自転車で十分です。
それが私の貧しい暮らしに合っています。


あなたがイタリア経済を解説してくれたのは
私の眼を見開かせるのに十分でした。
なぜならば、多かれ少なかれ似たような悪循環が
日本経済にも存在するからです。

多くの人々が税金を払えない。
国家財政は慢性的に赤字である。
そこで生活保護の支給額の計算基準となる
最低限の生活費の金額は引き下げられる。
それと比例して、最低賃金も引き下げられる。
すると、人々の所得が減り、政府の税収も減る。

私は、イタリアと日本の経済構造が同じだなどとはいいませんが、こうしてみると、
かなり似ている部分があるのは確かです。

もしかしたら、ちょうど精神医学でいう「症候群」のように、
世界の先進国には共通する経済現象があるのかもしれません。
文明の歴史のなかで、一つの発展段階として
先進国が通過している経済的症候群なのかも。

イメージ 2


特にシリア内戦の後、
移民の問題がヨーロッパ諸国で非常に深刻であることを
私は知っています。 

あなたの町もシリア難民を抱えていますか? 
東京にもシリア難民の方々がいます。

日本は島国なので
外国人との自然な関係を構築することに
あまり人々が慣れていないところがあります。 

こうした国民性は、
西洋の学者などによって
とくにゼノフォビア(外国人恐怖症)と呼ばれます。

ご存知のように、私は個人的に海外ひきこもりであったので、
大人としての人間関係の作り方が固まるとき
海外ですごしていたものですから、
相手が外国人であることはとくに意識しません。

しかし、私たち日本人はたいてい
相手が外国人というだけで何かテンションがあがってしまいます。

日本人がもつ外国人恐怖症は、
江戸時代の末期には「攘夷」として、
また第二次世界大戦のころは
「鬼畜米英」として表面化しましたが、
こんにちでは昔とちがって
そういう攻撃的な態度にはあらわれません。
むしろ逆です。 

とくに「白人」に対しては、
私たちの外国人への意識は、
「ていねいな距離を置く」
という態度として出てくることでしょう。

私たちは外国人に対して、
ただあいまいな笑みを浮かべて、
「はい」も 「いいえ」もはっきり言いません。

そういうとき、外国人であるあなたから見れば、
日本人はあなたと
コミュニケーションを取っているように見えますが、
じつはそうではないのです。

あなたのいうことも、
うなずいて聞いているふりをしているだけで、
ほんとうに聞いてはいません。

同じ日本人でも、いまどきの若者たちは
もうこのような国民的特徴を強く持っていないかもしれませんが、
私の世代などはまだ持っています。
 
あなたが将来、日本に来たときに、
あなたの高い知性と洞察力で
それを観察することができるかもしれません。

Ora mia cara figlia che è così intelligente che mi sono ridotta, Era interessante leggere la tua spiegazione about the poverty in Italy.  Now I can have a peaceful time to write to you so let me reply. I understand you cannot provide me with certain information about the amount of money necessary to have a minimum life in Sicilia, because it differs from every individual condition. So, I am going to specify my case. I wonder how many euro is considered to be the minimum standard by ISEE, if I lived in Sicilia. My case is, a single male, no family to live with, in 50's, not employed, not registered at employment center but going to hospital regularly, no real estate to possess, and my furniture is just computer, electric piano, TV set, refrigerator, microwave. bicycle, few books.
In Tokyo, if you have a car, you won't be able to receive the public welfare money, because a car is regarded to be luxurious here. Bicycle, subway, train and bus will bring you anywhere you want in Tokyo. But I imagine it is difficult to live without a car in Sicilia, isn't it?  Do you drive? Do you go to school by bicycle? In Japan, you are required to be over 18 years old to have a driver's lisence for car. In countryside, car is one of their daily necessities. In cities, especially in Tokyo, many people have started to stop owning a car, because the cost performance is bad when they compare merits (convenience to go somewhere) and demerits (expenses for maintenance, tax, parking etc) from having a car. Since I was very young, I was rather exceptional among friends in the point that I did not have any interest in cars at all. I know Italia is the country to produce nice stylish cars, but I was not a good customer for it, and I didn't contribute to the Italian economy. Instead, I love Italian food such like pasta, wine, cheese, or prosciutto, so I might contribute to the Italian economy, I think over. 
Still nowadays I don't hope to have a car. A bicycle is enough. It suits my poor life. The reason your explanation about the economical structure in Italy amazed me was that, we find more or less the same vicious circle in Japan as well.  The good part of people cannot pay tax, so the government is chronically lacking of income. So the minimum standard of living cost, which the amount of public welfare money is calculated out upon, is drawn lower and lower. Proportioned with it, the amount of wages for the low class labourers is drawn lower. So the good part of people pay tax less and less. I was not thinking so much that economical structure between Italia and Japan are the same, but I cannot help feeling that they are so similar, as far as we look at those outcomes. Probably there may be a group of problems which is common among advanced countries in the world, just like there is a group of symptoms to be called "syndrome" in psychiatry. The economical syndrome which occur commonly in so-called advanced countries may be telling one process of the history of civilization. I know the issue of immigrants are so serious in European countries, especially after the Syrian Civil war. Have you already had the people of refugees from Syria in your town? There are some even in Tokyo.
Japan is an insular country, so we have traditionally not been well accustomed to build natural relationships with foreigners. It is sometimes called Japanese "xenophobia" by Western scholars.  As you know, personally I was a sotokomori, an oversea hikikomori, so I have no problem to make relationships with foreigners. I think we are the same human being, and that's all. But this point sounds to be so difficult for the majority of "xenophobic" Japanese people.
The Japanese xenophobia emerged as "joi" (exclusion of, or attack on foreigners) in the end of the Edo period, and as hatred to America and Britain during WWII, but it will not appear to be aggressive attitudes towards foreigners any longer nowadays. It will be rather opposite. Especially for "white" Europeans, it will come out as "polite distance". They just smile ambiguously, and don't say "Yes" nor "No" clearly. They look like communicating with you, but actually not. They look like listening to you but actually they are pretending to be listening to you and are not listening to you really. Young generations of Japanese may no longer have this kind of national tendency so strongly, but my generation still do. You will be able to observe it with your high intelligence and insight, when you come to Japan in the future.




・・・「いきなり年頃の娘の父になった私(7)」へつづく

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