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VOSOT ぼそっとプロジェクト
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貧困と人づきあい(70)
辺野古探訪記(2)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

沖縄県名護市辺野古(へのこ)は、浜辺と基地だけではない。
基地ができる前からそこにある
住民の方々のための居住区がある。

入り口には「辺野古社交街」という看板がそびえたっている。

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そこには、戦闘機が発着する音などに、
生まれた時から慣れっこになっている地域住民の方々の
「ふつうの暮らし」がある。

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週末は、お隣のキャンプシュワブから
たくさんの米兵が出てきてにぎわう。
米ドルも使える。

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入口に、町の由来を示した掲示板があった。

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1957年に宅地造成されて、
「アップルタウン」として称されたものらしい。

かつて1960年代は、
いまの10倍の規模を誇る一大歓楽街であった。

多くのアメリカ兵士が、
この歓楽街でいっときの享楽を味わい、
ベトナムの戦場へ飛び立っていった。
そのまま南洋のジャングルで命を落とした将兵も、
無数にいるはずである。

ベトナム戦争が終わると、
辺野古社交街はすっかりさびれ、
時代に洗いさらされたような
独特の雰囲気を持つ町並みとなった。

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そんな町の味わいを気に入ったのか、
1980年代には崔洋一監督が
『友よ、静かに瞑れ』
というハードボイルドを映画化するのに、
ここをロケ地とした。

辺野古というと、
私の脳裡には、その映画を観た印象が強かった。

たしか、あの映画の舞台となった場末のホテルは、
いま「TEXAS」というクラブの入る、
この建物だったような気がするのだが、
定かではない。

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現在の人口は約1900人ほどである。

約20年前、
辺野古への基地移設に反対運動が始まったころは、
住民の方の多くが反対派であったが、
その後、歳月と紆余曲折を経て、
今ではほとんどが容認派になっている。

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しかし、この居住区からしばらく行ったところ、
キャンプシュワブのゲート前には、
辺野古の外から、あるいは本土からやってきた
反対派のテントや旗が立ち並ぶ。

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横断幕には

「辺野古住民と連帯し…」
「辺野古住民の生存権を奪うな…」

といった文字が書かれ、
じっさい、そういう言葉が、
演説者のハンドマイクから流れている。

反対運動に血道を上げる人たちの心情も、私はわかる。

「みんなで沖縄を守ろう!」

などと無邪気な政治参加を表明したタレントのローラや、
遠く海外から同じような呼びかけをするプライアン・メイの行動も、私は心情的に理解する部分がある。

表面的にとらえたら、
美しい海辺を埋め立てて滑走路をつくり、
平和な暮らしをしている住民たちの隣に
さらなる軍事施設をつくるという案は、
反対しなければならない、との気持ちにさせる。

もっと総合的に漠然と

「反対するほうが『正しい』」

というイメージがある。

正しいことには飛びつきたい。
なぜなら、そうすることによって
自分の存在が社会的に正当化されそうな感じがするからだ。

それによって、
自分のまわりの「正しくない連中」から比べて、
一段上の優越性を帯びられるような気がするからだ。

しかし、その場合、
反対派の活動家が「連帯」しているのは誰か、
ということになる。

当の辺野古住民のほとんどは容認派であり、
日々の暮らしは「生存」がおびやかされているとは言い難い。

基地のなかに土地を持つ地主たちは、
基地があることで多額の地代を払われ、
それによって収入の大部分を得て、
「生存」を保障されている。

地主以外にも、基地移設の対価として
住民は多額の補償金を受け取っている。

けっして積極的な「賛成」ではないかもしれないが、
日米安保という体制があり、
普天間から基地が出ていかなくてはならないという前提で、
さまざまなメリットとデメリットを総合して、
「容認」という答えを出している辺野古住民の意思を、
住民と「連帯」したい反対派はどう考えているのか、
という問題がある。

反対運動家は、
住民の気持ちを代弁しているつもりかもしれないが、
かんじんな住民が容認派であるとしたら、
反対運動家の「連帯」とは、
当事者憑依」にすぎない、
ということになるのである。

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もちろん、辺野古の住民のなかにも
反対派の方はいる。

そのため、反対運動家が「連帯」しているのは、
この住民のなかのマイノリティーだ、
ということもできるだろう。

だったら、反対運動家はちゃんとそう言った方がいい。

また、

「辺野古の住民は、
容認であっても、賛成ではないのだから、
その住民の心の中の逡巡の
『反対』の気持ちと連帯する」

といった言い方もできるかもしれない。

しかし、他者の無意識と連帯する、
ということはできるだろうか。

人は何か迷いがあって決断したとき、
採用しなかった選択肢を志向する気持ちを
捨て去らなければならない。

そして、その捨て去るという行為は、
他者から尊重されなくてはならないだろう。






すると、
反対運動家が連帯しているものはいったい何か
という問いに戻ってくるのである。

ここに「当事者論」がある。

当事者にかこつけて、
辺野古の住民をダシにして、
自分の自己実現を図っているのではないか、
自分の主張を正当化しているだけではないか、
という疑問があるのだ。

すると、それは辺野古住民という当事者の存在を
反対運動家たちは都合よく利用しているだけということになり、
彼らが主張する、政府が辺野古住民を犠牲にしているのと同じように、彼ら自身も辺野古住民を犠牲にしているのではないか、
という疑問が成り立つのである。

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ところが、ここで

「辺野古問題の当事者とはだれか」

という問題が出てくる。

「辺野古の問題は、辺野古だけの問題ではなく、
米軍基地が集中する沖縄ぜんたいの問題であり、
また、米軍基地を持つことを許している
日米同盟を支持している日本国民の問題である」

という考え方が説かれる。

それはそれでもっともなのだが、
だからといって、
辺野古以外の沖縄県民が、
辺野古の住民と同じだけの発言権を持つだろうか。

また、沖縄県以外の日本国民が、
沖縄県人と同じだけの当事者性を持つのだろうか。

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いま沖縄で県民投票が進んでいる。

本投票日は2月24日だが、
すでに不在者投票が始まっているのだ。

この沖縄県民投票は、
地方自治を考えるのに、
たいへん重要な意味を持つだろう。

地方自治とはようするに、

地域的当事者主権

を考えることである。

「当事者論」なのである。


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那覇市中心部 県民投票が呼びかけられている

2月14日、中央政府の菅官房長官は、

「たとえ沖縄県民投票で反対多数となっても
辺野古への移設はもう変えない」

と発表した。(*2)

*2.菅官房長官「辺野古移設変えず」 沖縄県民投票の結果出ても
2/14(木) 12:03配信 共同通信

これは、言い方を変えれば、

「沖縄で県民投票をやるのは勝手だが、
どんな結果が出ても、カウントしない

ということである。

こういうことを言われて、
沖縄県民はよけいいきり立って、
投票率は高くなり、反対票も増えることだろう。

投票という手段を有しているとき、
人は抑圧されればされるほど、
その抑圧に抗いたくなるものではないか、と思う。

しかし、県民投票で結果が出て、

「沖縄のことは沖縄に決めさせろ。反対だ」

という声と、辺野古での住民投票の多数決で、

「辺野古のことは辺野古に決めさせろ。容認だ」

という声が背反する結果となったとき、
私たちは地方自治、すなわち地域的当事者主権の観点から
これをどのように考えていったらいいのだろうか。


辺野古の問題が、
ひきこもり大陸にもなじみ深い「当事者論」であるかぎり、
私は自分とは関係ない
遠い社会の問題に片足を突っこんでいる感じがしない。



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