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やっぱり今日もひきこもる私(2)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

先日、私たちチームぼそっとで

「親の老化と死後について
情報と感情を共有するひきこもり当事者たちのミーティング」

という場を持たせていただいた。

イメージ 1


私も関わっているひきこもりたちのイベント「庵」で、
ある女性がそういうテーブル(分科会)をもったところ、
非常に重厚な語り合いの場となったため、
そのスピンオフ座談会を私が引き受けて、
開くことになったのである。

冷たい小雨がぱらつく日であったが、
定員いっぱいお越しいただいた。

同じようなテーマで、多くの団体が
すでにこれまでミーティングや講座を開いてきたが、
それらを開いてきたのは、
しょせん専門家や支援者であり、当事者ではなかった。

すると、

「どこかの医療機関のように、
陰に陽にナントカ講座へ入ることをすすめられて、
お金を要求されるのではないか」

とか、

「けっきょく、支援者から『働け』といわれるだけじゃないか」

とか、
あらぬ懐疑がひきこもり当事者の胸中にざわめくのである。

多くのひきこもりが、
生活財源を親の年金などに頼っており、
親の老化や死後に関して、
漠然として不安をもっている。

ただ、その不安が、具体的に何についてなのか、
多くは問題を棚上げにしているからわからない。

「具体的にわからない」
というのは、
それぞれの家には、
それぞれの財源や、
それぞれの歴史や、
それぞれの秘密があって、
生々しい細部においては事情が異なるからである。

支援者や専門家がいなくても、
当事者たちだけで、できることとは何か。

それは、シンプルだが、
まず語るということだと思う。

「語る」ことは、
三つの整理をもたらす、と私は考えている。






一つめは、自分の中の整理

独りでぼんやり考えているだけでは時間ばかりが過ぎていく。
だが、仲間に伝わるように言葉にして出してみることで、
それぞれが不安に思っていることの核が
自分に対してはっきりとしてくるのだ。

もし、のちのち
ファイナンシャル・プランナーなどの専門家に相談するとしても、
当事者本人の中で
「何をどうしたいか」
という問題の核心が明確になっていなければ、
たとえ専門家にそのつもりがなくても、
専門家の助言が暴力的な介入になってしまいかねない。

……。
……。

二つ目は、部屋の中の整理

ひきこもりの多くは、
なんだかんだ言って「片づけられない私」である。

そして、「部屋の中は心の鏡」である。
したがって、「自分の中の整理」がついてくると、
ふしぎと部屋のなかが片づいたりするのである。

経験則として、そう思う。



三つめは、社会の中の整理

当事者の口から語られることにより、
どういう問題があるかが社会へ提起され、
人々によって認知されていく。

すると、やがて
社会的な対策が考えられることへつながっていくことだろう。


一般人の多くは、こう考えている。

「親が死んだら、
どうせひきこもりは尻に火がついたように働き始める」

ところが、ひきこもり当事者の実態は、

「親が死んだからといって、働けないものは働けない。

親が死んだ後も、ひきこもったまま命を永らえるには、
どうしたよいのか」

という悩みが切実だったりするのである。

ミーティングを終えて感じたことは、
これは「ひきこもりの高齢化」、
ひいては「高齢化社会そのもの」という
もっと大きな山を成している、
一つの稜線にすぎないということであった。

親の老化と死後を心配しているまもなく、
もうすぐ当事者自身、つまり、ひきこもり本人の
高齢化や老化がやってくる。

ひきこもっているうち、
部屋の中で死んでしまい、
誰にも知られずに、
遺体が腐っていく。

そんな事態を防ぐにはどうしたらよいか。
仲間同士のネットワークで何とかできないか。……

そんな問いが、
現実味を帯びて語られる直前まで来ている印象をうけた。



・・・「やっぱり今日もひきこもる私(4)」へつづく

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