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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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やっぱり今日もひきこもる私(113)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多


5月28日に川崎市登戸通り魔事件が起こってから、

「あの事件はひきこもりが起こした」

と考える人々が増えてきて、
「ひきこもり」という語が
凶行の記号として拡散してしまった。

まさに20年前の偏見の再燃である。

1999年から2000年にかけて

「西鉄バスジャック事件」
「新潟少女監禁事件」
「京都てるくのはのる事件」

など、「ひきこもり」によって起こされたとされる
数々の凶行事件が起こり、
そのためかつては「ひきこもり」というと、
暗く危ない犯罪者予備軍のように考えられていた。

それは、その後の私たち、
ひきこもり当事者たち発信により
そういう偏見は払拭してきたはずであった。

ところが、残念ながら、登戸の事件によって
一気に戻ってきた、あるいは、
前にも増して強烈なかたちで戻ってきた感がある。

文化人や知識人のなかには、
本人はどのくらい気づいているのかわからないが、
ひきこもり差別を提唱している者もあらわれている。

そういう状況にあって、
私のようなひきこもり当事者が
ことさら川崎殺傷事件について発信することは、
かえって「ひきこもり」に対して無知な人口層へ
凶行の記号としての「ひきこもり」という語を
押し広げる結果になってしまうのではないか。

そう懸念した私は、
あえて自分にとって主な発信媒体である
本ブログとひきポスにおいては、
事件に言及することを避けてきた。

唯一、SNSの個人タイムラインに短い感想を出した。
以下のようなものである。

4年前に新幹線の中でガソリンを振り撒き、
無関係な乗客を巻き添えにして
「拡大自殺」をした71歳の男性がいた。
彼は借金があるなど社会を恨んでいた可能性はあるが、
人間関係はあり、いわゆる「ひきこもり」ではなかった。

「ひきこもり」でない人もそういうことをする。
なぜ川崎殺傷事件では「ひきこもり」であることが、
ここまで強調されるのか。

「自分のことは自分でやってるのにひきこもりと呼ぶな」
と加害者は言っていたという。
それだけ「ひきこもり」という呼称に
恥がまとわりついていることを物語っているのではないか。
ひきこもりを恥と規定しているのは、
いったい何であり、誰であるか。

ついで6月1日に開催させていただいた

第3回ひきこもり親子 公開対論(*1)



において、会場にいらした参加者の皆さまだけに
私の思う所を述べた。

それは朝日新聞によって報じられたようである。


イメージ 1


ついでNHK NEWS WEBで取り上げていただいた(*1)。


イメージ 5

イメージ 6

イメージ 2
イメージ 4

イメージ 3







ところが、川崎の事件の後
5月31日に福岡の事件(*2)が起こり、
まさに私がその公開対論をやっている最中の6月1日午後には、
練馬の事件が起こった。


福岡の事件は、川崎の事件との関連が不明である。
しかし、川崎の事件によって広まったひきこもりバッシングに
加害者がなんらかの形で刺激を受けて、
凶行が起こった可能性は否めない。

そして、練馬の事件は、
殺人者となった父親が自ら言っているように、
これはもう明瞭に、
川崎の事件が引き金になったわけである。

となると、状況は変わり、もはや私も

「ひきこもりへの偏見の拡散に加担しない」

として沈黙している場合ではなくなった。








言うまでもないことから申し上げると、
無差別殺傷事件のたぐいは、
「ひきこもり」や「8050問題」が社会で問題化してから
始まったものではない。

本ブログの読者の皆さまはよくご存じのように、
私の大学時代の主任教授が
在日朝鮮韓国人の支援活動をしていた人なので、
私はどうしてもそういう見方をしてしまうのだが、
50年前、いや40年前でも、なにか凶暴な事件が起こると 
「在日がやった」 
というようになっていた。 

それはあまり不思議なことではない。 
いま現在でさえ、何か事件が起こると 
下世話なネット社会では、
よく事実を検証しないで発信するネトウヨたちによって、 
「犯人は在日」 
などと、根拠のない結びつけを施され拡散されている。

「悪」と「在日」という二つの概念が、
記号レベルで直結されるのである。 

そのような光景は、
民族的に在日とは関係のない私から見ても、 
たぶんに不愉快である。 

また同時に、たとえば半世紀前、
そのような扱いを受けていれば、
在日の人たちもさぞかし圧迫され、追い詰められ、
結果的にいろいろ凶暴な事件を起こしても不思議ではないだろう、と思われる。 

じじつ、そのようにして1960年代に起こったのが
金嬉老という在日が起こした寸又峡事件であった。

この事件に、私の主任教授が深く関わることになるが、
それはまた機会を改めよう。 

さて同じように、
約十年前、2008年には秋葉原無差別殺傷事件が起こり、
加害者である加藤智大死刑囚は
「派遣労働」「非正規雇用」
ということで取り上げられ、
あのような凶暴な事件はあたかも
「ハケンが起こした」
かのようなイメージが社会に広められた。 

2010年のマツダ本社の中で起こった通り魔事件は、
同じく派遣社員によって起こされたが、
これは秋葉原無差別殺傷事件から
連鎖したものだったのではないか。

「ハケンが起こした」

というイメージが生成されたことによって、
実際にハケンが同じような事件を起こすようになったのである。

こういうところに惨劇や凶行の「再帰性」がある。 

そして、その時代、時代によって、
恵まれない立場に悪役を背負わせようという、
社会の負のメカニズムがはたらく。

それが古くは「在日」、10年ほど前は「ハケン」、
働き方改革を経てハケンの身分が改善されてきた今は
「ひきこもり」である。

ひきこもり当事者も、ひきこもりを抱えた家族も、
「恥」だということで、
社会的に圧迫されている。 

社会は悪役を必要としている。
悪役の名前は何でもいいのだ。
しかし悪役にされた側はたまったものではない。
圧迫され、追い詰められ、凶行に走る。

私が公開対論という試みをやっているのは、
ひきこもりをから解放するため、といってよいだろう。

から解放されれば、
もしかしたら
ひきこもりはもう
ひきこもりでなくなるかもしれない。





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