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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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やっぱり今日もひきこもる私(114)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

川崎殺傷事件から連鎖して
6月1日に元・農水次官による
練馬ひきこもり長男殺害事件が起こってしまった。

世間では、息子をわが手で殺した父親への賞讃が止まらない。

いっぽう、ひきこもり大陸、ひきこもり当事者ネットワークでは
父親への批判が多く見られる。

どちらも理解できるし、どちらも正当ではありえない。

二つの相反する感情の吐出を止揚する術は、
はたしてあるのだろうか。








いつも私は講演などで申し上げるのだが、
ひきこもりは一つとして同じ事例がない。

ひきこもりに至った経緯、
ひきこもりをめぐる環境、
細かく見ていくと、
見事なまでに「みんな、ちがう」。

だから、当事者は他の当事者を代表できないという定理がある。

したがって、最終的には、
私は、私というひきこもりの事例を語ることしかできない。

それだけに、
それが川崎であろうと、福岡であろうと、練馬であろうと、
その時どきで起こった事件と「私の場合」は、
いつも必ずちがうし、
それと同時に
「ここは同じだ」
という共通点が見つかるものである。

たとえば、今回の練馬の事件でいえば、
殺されたひきこもりの長男が母親に強い怒りを持っていたこと、
そして、いざというとき、
母親は表に出てこず、出てくるのが父親であったこと、
などは私の事例と共通している。

もっとも、長男は父親をとても尊敬していたらしいこと、
また非常に裕福であったことなどは、
私とは正反対である。

だが、殺された長男が持っていた父親への尊敬の本質とは、
いったい何であろうか。

長男は父親に対しても家庭内暴力をふるっていたようだから、
彼が父親に対して抱いていたのは、
素直な敬意などではない。

しかし、友人など、外から自分をおびやかす存在に対しては、
彼はふりかざす権威として父親を使った。
「自分の父親は政府高官なんだぞ」と。

そこだけ見れば、まるで小学生のようである。

「オレの父ちゃん、偉いんだぞ」

「でもオレは、どうせ父のようになれない」

というコンプレックスが、
父への尊敬と憎しみという
アンビバレントな感情を同時に生み出していったのではないか。


ワイドショーのコメンテーターの中には、
母親を「愚母」「死ね」とまで憎む一方で、
父親を高く尊敬していることが不可解だという者もいた。

これはまったく不可解ではない。
むしろ、わかりやすいくらいである。

父親がキャリア官僚であったことを考えると、
父親は仕事で忙しく、
長男の幼少期には「不在の父」だったのだろう。

そのため、母親が長男にかかりきりになり、
その結果、過干渉などの精神的虐待になったのではないか、
と私は憶測するのである。







今回の事件で、いっこうに表に出てこないのは母親である。
殺されてしまった長男本人よりも、
母親の存在は私たちから奥へ覆い隠されている。

そのことが、私に、
私自身の原家族を強く思い起こさせるのである。

私の母は、虐待でも何でも
やるだけやって、
あとは奥へ引っ込んでしまっていた。

後処理は、すべて父に命じるのである。

今回、殺された長男は、
母親が長男のプラモデルを壊したから、
「(母を)殺してやる」
と言ったという。

そのような凶暴さに警戒感を強め、
父親がいわば母親のガードマンとして表に出てきて、
あげくの果てにはガードマンとして、
まるで危険人物の抹殺のように、
長男をあらかじめ「予防的に」殺してしまったのである。


「プラモデルを壊したくらいで、
お母さんを殺してやろうだなんて、
なんとひどい長男でしょう。
そんな長男だから、殺されて然るべき。
元・官僚のお父さん、よくやった」

というのが、どうやら世間の多くの声である。

その中には、ひきこもりと関係ない一般市民もいれば、
ひきこもりを抱えて、ひきこもりという存在に苛立っている
親御さんもいるだろう。

しかし、じっさいは、
「プラモデルを壊したくらいで」
長男が母親を殺してやろう、と思ったのではないのではないか、
と私は考えるのである。

必ずやそこに到るまでの過程があり、
「プラモデル」は、ほんの最後のきっかけにすぎなかった。

殺した父親のほうは、
川崎の事件の報道を聞いて、
長男殺害を思い立ったように語っているらしいが、
同じように父親にとっても、
川崎事件の報道は最後のきっかけであっただろう、
と私は推測するのである。

行き詰った家庭の状況が、
永年にわたって、すでに存在したのにちがいない。

そのように想像する理由は、
私自身がご相談を受けたり、お話しを聞いたりする
ご家庭のなかにも、
この家とあまり違わないところがよくあるからである。

ひきこもり当事者を不当に侮蔑するのは許さないが、
必要以上に美化しても仕方がない。
それでは事件の真実にたどりつかないからだ。

ただ、残念なことに、
不穏な空気が濃くただよっている家庭の人は、
本人も親御さんも、
「ひ老会」にも「公開対論」にも出てこないのである。

今回、惨劇の舞台となった家の父親、
すなわち元・官僚も、
私が企画するような当事者活動はおろか、
家族会、親の会、行政支援にもつながっていなかった
と報じられている。







「そこに到るまでの過程があったにちがいない」
ということは、
殺された長男がはじめて
中学2年生で母親を殴ったらしいことにもいえる。

それが、突発的な事件だったとは考えられない。

けっして長男の暴力という手段に賛同するわけではないが、
それまで積もり積もるものがあって、爆発したのが、
そのときの暴力だったのではないか。

私自身、記憶をさかのぼると、
5歳のときにはすでに母親に虐待されていた。
いまの母子関係の原型が作られていた気がする。

私の母は、当時31歳だった計算になる。
だから、それからいくらでも
悔い改めるチャンスはあったはずだ。

だが、母はそれをせず、
自らの価値観だけを頑なに信じ、
すべて長男の私がわるいということで、
家族の運営を押し切った。

そのため、私は50代の今もひきこもりである。

これは、けっして
私が自分がひきこもりであることを「人のせい」にするとか、
そういうことではなくて、
自分の人生を客観すると、そういうことになる、
という意味だ。

同じように元・官僚の家族も
殺された長男が幼少期に
すでに母子関係は歪んでいたのではないか。

そして長男は、
私がそうしたように、
あらゆる手立てでそれを父親に訴えようとしたのではないか。

なぜならば、子どもにとって親は、
いちばん身近にいる人であるから、
何か訴えようとしたら、無力な幼年期においては、
やはり訴求先となるからである。

担任の先生などよりも、まず親である。

しかし、おそらく官僚として多忙を極めていた父親は、
長男の訴えに耳を貸さなかったのだろう。
それどころか、妻である母親の言うことばかりを聞き、
逆に長男を悪者扱いして、
母親のガードマンとなった。

父の社会的権威は知っていたので、
長男は父には刃向かえなかった。

父としても、それを知ったうえで
妻のガードマンになったのだ。
つまり、夫婦は連携して、すでに長男の幼少時から
長男を抑え込む対象として機動したのではないだろうか。

そこに長男の絶望が生まれた。
絶望はやがて向こう側へ反転し、
我慾の限りを尽くすような
社会的には褒められない人生の毒花を咲かせていくことになる。

これらは私の想像である。

しかし長男も、自分がかかえている問題が
どんどん大きくなっていくので、
彼自身の手にも負えなくなっていったのにちがいない。

いっぽう、チェコ大使まで務めた父親は、
定年後に時間ができて、
はじめて子どもに向き合い始めたのだろう。

すると、はるか昔に放置した問題の芽が、
手が負えないほどまで肥大し、巨大化しているのを知った。

あとは、家庭内に生まれた毒を
無関係な国民を巻き添えにしないで処理することが、
元・官吏としての責任だと考えたわけである。

川崎の事件を聞いて、
その思いを新たにした。

それで長男を刺殺した。

それは元・官僚として生きてきた見識を総結集した
彼なりに時間をかけて熟考した
彼なりの子育ての責任の取り方だったのだろう。

そのことを、私たちひきこもり当事者たちは
無邪気に攻撃できるだろうか。

ひきこもり当事者である私は、
ひきこもり当事者を殺した元・官僚の父親を
一から十まで間違っていたとは思えないし、
一から十まで正しかったとも思えない。

では、どうすればよかったのか。

彼にとって、
長男がひきこもりであるという事実は恥であり、
安易に家族の外、他者に相談したり、
助けを求めたり、するべき問題ではなかったにちがいない。

なるほど、支援機関に助けを求めても、
とんでもない暴力的支援団体もあるし、
精神科医に助けを求めても、
塞翁先生のようなところであれば、
たちまち催眠をかけられ、
金儲け宗教の餌食となるだけだ。

「そんなことを元高級官僚ができるか」

というのも、わかる。

しかし、それでも他者に声を届け、
他者に耳を傾けることは有用である
と私は言いたい。

元・官僚の家は、
昨年の札幌母子餓死事件の家のように
貧しくはなかった。

しかし、周囲から孤立していた、という点では
共通するものがないだろうか。

それは、周囲が冷たかったというのではない。
彼ら自身が外側に対して
心の壁を作ることにより孤立していたのである。

私は、今回の練馬の事件でいっそう納得したのは、
ひきこもりを恥から解き放つべく私がおこなっている
「ひきこもり親子 公開対論」
という企画が
やはり今の日本の社会には必要だということである。

一回や二回、やったところでどうなるものでもないが、
そういう機会が社会の中に常在化していけば、
ひきこもりにまつわる閉鎖性と恥が解き放たれ、
人々は市民的な明るい事実として
ひきこもりの存在を語れるようになるように思う。




  • ナイスです^ - ^

    [ myd*7 ]

    2019/6/5(水) 午前 10:23

    返信する
  • myd*7さま どうもありがとうございます。

    チームぼそっと

    2019/6/5(水) 午前 10:44

    返信する

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