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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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貧困と人づきあい(84)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多


このシリーズの前回「貧困と人づきあい(84)」では、
ひきこもりの子どもと
政治の話をしたいと思っているお父さんが
親子対話の不在に陥っているパターンについて考えていた。

そこへ、川崎殺傷事件からの連鎖として
練馬ひきこもり長男殺害事件が起こり、
後者の練馬事件について
私が思う所を少し書かせていただいた。

端的にいえば、練馬の事件は、

ひきこもりと父

という重いテーマを、
「これでもか」と言わんばかりに
血なまぐさく私たちに突きつけてくれたと言える。

そこで、このシリーズにおいても、
同じく「ひきこもりと父」について考えている
前回貧困と人づきあい(83)の流れを継承してみたい。

すなわち、ひきこもりと父と「政治の話」の話である。

しかし、同じく対話不在で、
父親が政治の話をしたいと思っていても、
前回述べたようなパターンだけではないと思う。

毎回申し上げるように、
ひきこもりの事例は一つとして同じものがないのだ。

「お前ももう大人なんだから、社会に目を向けて、
政治に関心を持ちなさい。

私はお前の齢では、
もうさかんに政治的なことをやっていた」

というお父さんもいる。

たいてい、そういう父親は団塊の世代である。

奇しくも今回、練馬の事件で殺人者となった父親、
元農水次官の熊澤容疑者も、
団塊の世代といってよいだろう。

国家権力の中枢にいるような人生を送ってきたから、
学生運動だの反体制だのとは無縁だろう、
と決めつけることはできない。

若い頃は、それなりに政治意識を持っていたからこそ、
そのような官僚人生をたどったことも考えられる。

いずれにせよ、この問題を考えるのに、

「官僚だったから体制側」
「在野だったから反体制側」

といった思考はまったくナンセンスである。






さて、団塊の世代の父親が、
そろそろ中高年になろうというころの
ひきこもりの息子を持っていると、
息子が「政治がからない」ことに不満を持ったりするのである。

学生運動の世代で、
旺盛な政治的関心を持ち、
ときによってはゲバ棒もかついでいたというお父さんが、
何もしない、政治にも関心を示さない、
ひきこもりの息子を見て、
じれったくなっているのである。

体制に対して反旗をひるがえさない息子を
情けないと思っていたりする。

「権力に対しては、戦わなければならんのだ。
お父さんの時代には、みんなそれをやってた。
そこへ行くと、お前はどうだ。
何にもやらないで、ひきこもってるだけじゃないか」

という憤慨を秘めていたりする。

しかし、こういう父の憤慨は、
ある意味、ずいぶん都合のよいパトスでもある。

時代は、
お父さんがゲバ棒をかついでいたころよりも、
はるかに複雑になってしまった。

まずゲバ棒は、
連合赤軍集団リンチ事件という結末へ収束し、
1970年代には、
それまでタダだった水がミネラルウォーターとして売られて、
消費資本主義社会となり、
1980年代には、
政治的であることはダサくなって、
三無主義がクールとなり、
1990年代には、
ベルリンの壁が崩壊し、
東西という対立軸が存在しない時代が始まった。

このような経過をへて、現代はどうか。

団塊の世代のお父さんたちが、
「体制」に反抗して「活動」をしていたようなことを、
今のひきこもりの活動的な層は、
ナイーヴな政治的イデオロギーなしでやっているのである。

それは、いわば
お父さんたちは酸素ボンベをつけてエベレストに登り、
いまの活動的ひきこもりは、
酸素ボンベをつけないでチョモランマに登っているようなものなのである。

お父さんたちは、
自分は「権力」に立ち向かったつもりかもしれないが、
ひきこもりっている子どもは、
ひきこもることで、
あなた、「父」という名の「権力」に
静かに立ち向かっているかもしれないのである。

つまり、同じことを、
もっと高度な技術としてやっている。

そのことに、ひきこもりのお父さんたちは、
もっと敬意を払っていただきたいものであるが、
おそらくひきこもりのお父さんたちがもっとショックなことは、
自分自身が立ち向かわれる「権力」だと
認識されたことではないだろうか。

つまり、ご自分が若い頃に敵視した醜悪な権力に、
いまの自分が見立てられている、ということではないか。

私はここが、60年代と80年代以降の
「権力」のとらえ方の違いではないか、
とさえ思っている。

60年代は、
それこそ私が最近
「海外ひきこもりだった私」
に書いているように、
サルトル全盛の時代であり、
政治的であるとは、
国家権力と切り結ぶことであった。

「体制」に刃向かい「反体制」を生きることであった。

しかし、やがて若者は、
「反体制」という名の「体制」が堅固に存在する、
ということに気がついていく。

そして国家権力のような
60年代にお墨付きの「権力」とは、
人々の日常生活にとって、
どことなく乖離し、絵に描いた餅のようになっている
ということが囁かれていった。

人々が日々の生活で戦っている「権力」とは、
職場の上司であり、
近所の有力者であり、
横暴な主治医であり、
そして家庭内の権力者、親である、と。

そして、「体制」とは、
国家公安委員会や自衛隊によって堅持されている政治システムであるよりもまず、見かけ上は平和な夕餉の卓がならべられる「家庭」なのだ、と。

こうした変化によって、
家庭内の問題を語ることは、
けっして権力や体制の「矮小化」ではない、
という認識になっていった。

むしろ国家権力のような大きな権力と、
家庭内の父親のような小さな権力は、
及ぼす力の大きさにおいて並行的であり、
その権力構造はフラクタル(相似形)である
という認識になっていったのだと思う。





・・・「貧困と人づきあい(86)」へつづく

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