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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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やっぱり今日もひきこもる私(115)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

5月28日に川崎殺傷事件が起こって、
にわかに「ひきこもり」というキーワードが
犯罪者予備軍のような響きをともなって
巷で囁(ささや)かれはじめたとき、
私はひきこもり当事者として
本ブログやひきポスにおいて、
あえて事件にいっさい言及しないことをえらんだ。

「へたに騒ぐと、かえって差別を煽る」

と考えたためである。

しかし、福岡で第二の、練馬で第三の事件が起こり、
私のような一介のひきこもりにも
メディアからもひっきりなしに問い合わせが来るようになり、
もはや黙っている段階ではなくなった。

初期の段階において、
ひきこもり当事者たちの団体が
差別防止のための声を挙げたことは、
一定の効果をおさめたと思う。

政府の大臣や官房長官が、
「ひきこもり」と「犯罪」を結びつけないでほしい、
と公的な場で言及したのは、
そのような効果のあらわれであっただろう。

一連の発端である川崎の事件からもうすぐ十日が経ち、
ピークとなった練馬の事件からもそろそろ一週間である。

早くも「ひきこもり」は、
ワイドショーの中心的な話題から姿を消しつつある。

ある意味、日常に戻っていくここからが、
ひきこもり当事者たちからの発信の本番である
ともいえるだろう。

すなわち、いままでは差別拡大防止のための応急処置。
これからは、
もっとほんとうに言いたいことが言える
というものである。






今回、このような事件が続発したために、
私というひきこもりに接触してくるメディアの層が、
それまでよりもはるかに広範になった。

つまり、以前は、
「ひきこもり」などというテーマで取材してくるのは、
国内外を問わず、
いわゆる「堅い」メディアに限られていた。

それが今回、このような事件があったからか、
週刊誌、夕刊紙など
「やわらかい」メディアからも多数、
取材申し込みがきているのである。

私は、ひきこもりのくせして、
中身がエロオヤジのやわらかい人間であるから、
「やわらかい」メディアだからといって
色眼鏡で見ることはないが、
しかし、その紙面を拝見し、
編集方針として下世話な取り上げ方をされはしないかと
一抹の警戒感をおぼえることはよくある。

だが、「やわらかい」メディアで
ひきこもりの実情が正しく伝えられるようになっていけば、
いわゆる「意識高い系」ではない読者層にも
私たちの声が届いていく素地が作られる、
ということが期待される。

したがって、「やわらかい」メディアで
ひきこもりの特集がどんどん組まれていくのは
私としては歓迎したいと思うのである。






今回のような一連の事件が起こると、
メディアの中にはすぐ「解決」を求め、

「こうやればひきこもりから脱出できる」

という特集を組みたがるというところがある。

そういう特集を組めば、
ひきこもりの親御さんや関係者が飛びつくように買うだろう、
という浅い了見によるものだと思う。

以前から私とおつきあいいただいているメディア人には、
さすがにそんな人はいないが、
一連の騒動をきっかけに
新しくコンタクトしてきたメディア人のなかには、いきなり

「ひきこもりから抜け出すには、 
 どうしたらいいのでしょうか。
 ぼそっと池井多さん自身の場合を教えてください」

などと質問してくる記者が多い。

そんなことがすんなり答えられるなら、
苦労はないよ、と言いたい。

また、そんなことがすんなり語れるならば、
これほど「ひきこもり」が
日本社会を揺るがすほどの大問題にまでなっていないだろう。

そして、何よりも
そもそも私自身はひきこもりから抜け出していないのである。

ひきこもりから抜け出そう、とも
あまり思っていないかもしれない。

そんな人間に、そんなことを訊いて、どうする。

私が今もひきこもり当事者であり、
ひきこもりから抜け出そうともあんまり思ってない
などということは、
私がこれまであちこちに書き散らしてきた
膨大な数の記事を読めばわかるだろう、
などと思うのだが、
どうやらそうは問屋が卸さないのである。

そういう記者たちは、きっと誰かから

「ぼそっと池井多とかいう、
冴えない中高年のひきこもりがいるから、
あいつに訊いてみるといい」

などと聞いて、
私にコンタクトしてきたのだろうが、
おそらく私が書いたものは一つも読んでくれていない。

そんな感じがする。

だから、先ほど挙げたような質問を
のっけから私にぶつけてくるのである。

すると、私ははじめから説明しなければならないだろう。

しかし、いったいどこが「はじめ」なのだろうか。

自分でもわからなくなっている。

今日も、そんなメールが一通やってきた。

読むなり、私はなにやらムカッと来たので、
いったん相手の不見識をジリジリとなじるような
意地の悪い攻撃的な返事を書いてやったのであるが、
ふと、「送信」ボタンを押す前に相手の名前を確認すると、
どうやら先方は若い女性記者のようである。

平成初期の生まれらしいキラキラネームであることから、
それと察せられる。

すると、ひきこもりのくせして女性には目がない私は、
ゲンキンなことに、たちまち態度を豹変させ、
メールの文面のあちこちに書きなぐった
攻撃的な言辞を一つ一つ消していき、
できるだけ優しい表現に変えていった。

もちろん、
もしかしたら、これで対面インタビューということになり、
会ってお茶して、
……いや、いっしょに日本酒なんぞ呑みにいくことになってもいいように、頭のなかで妄想をふくらませたのである。


○○○誌 編集部 平成キラナさま

このたびはご取材のお申し込み、まことにありがとうございます。

私がひきこもりから抜け出したきっかけは何か、
とのご質問内容ですが、
じつは私はまだひきこもりから抜け出していないので、
ご参考になるお答えはいたしかねます。

また、「ひきこもりから脱しよう」とも
あまり思っていないので、
そういう未来志向形に質問を変えていただいても、
同じくご満足のいただける答えはできないものと思われます。

しかしながら、
「無理をしてひきこもりから脱する必要があるのか」
という視点から御誌の特集を組まれる、
というのであれば、
お力になれるかと存じます。

ひきこもりを続けながらも、
精神的に豊かな生活を送ることは、
心の持ちようとやり方によっては、いくらでも可能です。

「こうすればひきこもりを脱しなくても幸福になれる」

という特集に変えてみるよう、
上司である編集長にかけあってみてはいかがでしょうか。

「ひきこもりから抜け出せ、抜け出せ」と
社会から圧力をかけると、
ひきこもっている本人としては圧迫されて、
かえって荒れてくるものだと思います。

その結果、ひきこもりがまた暴発するようなことも起こらないとは言えないでしょう。

今回のような事件の再発を防ぐための特集であれば、
なおさらひきこもりたちを追い詰めるようなテーマのご企画ではないほうがよろしいのでは、というのが、
今もひきこもりを続けている一人の当事者として
私が申し上げられることではないかと存じます。

ぼそっと池井多



・・・「やっぱり今日もひきこもる私(117)」へつづく

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    最初は堅めの文章なのに、後半になると急に話の流れが変わって少し笑ってしまいました。
    普段のぼそっとさんの記事は新聞のコラムのような出来なので、時々こういった生々しい表現が出てくると、新鮮な気持ちになります。

    もしかしたら、優秀なメディアならぼそっとさんのこういった特徴を知って、あえて女性記者を担当させてきそうな気もしますね。

    [ むかき ]

    2019/6/7(金) 午後 0:46

    返信する
  • むかきさま コメントをどうもありがとうございます。

    「生々しい」部分も「堅い」部分も、両方とも私の一部でございます。

    女性記者、大歓迎ですね。

    チームぼそっと

    2019/6/7(金) 午後 1:40

    返信する

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