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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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やっぱり今日もひきこもる私(117)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多


「私は犯罪者予備軍である」

と書かせていただいたが、
そこでも述べたように、
犯罪者予備軍であることと、
じっさいに犯罪をおかすことの間には、
千里のへだたりがある、
とも思う。

しかし、そのように言うと、

「それは、あなたが
すでに犯罪をおかした人に対して
無自覚に偏見を持っているから、
そういう考え方をしてしまうのではないか」

などという批判を受けるようである。

あまりにも一般性をもつ偏見であるために、
偏見を持っている側が偏見であると自覚すらしていない、
偏見を持っているのではないか、と。

なので、今日はこの問題を考えてみる。

たしかに、人は
犯罪をおかした人を、犯罪をおかしていない人に比べて、
一段「悪く」「下に」見るという傾向はあるかもしれない。

犯罪者を、犯罪予備軍に比べて、劣位に置くのである。

しかし、「犯罪」という名のもとに
ただちに誰でも十把ひとからげにするわけでもないだろう。

たとえば、練馬ひきこもり長男殺害事件で殺人者となった
元・農水次官の父親は、
れっきとした「殺人罪」という重い犯罪をおかしたにもかかわらず、多くの人から「悪く」「下に」見られてはいない。

尊敬とまでは行かないかもしれないが、
厚い同情と共感をあつめ、
賞讃のシャワーを浴びている。

まあ、そのような事例はときどき生じるけれども、
一般に犯罪をおかした人を、
まだ犯罪をおかしていない人に比べて、
一段「悪く」「下に」見るという傾向は
たしかにあるかもしれない。

それに対して、先の批判は、
「それは偏見だろう」
という指摘なのである。

犯罪をおかした人も、
犯罪をおかしていない人も、
人間として平等であり、
その身体をかたちづくっている細胞などは
しょせん同じなのに、
なぜそこに優劣をつけようとするのか、
という主旨なのだと思う。

犯罪をおかした人も、
「生まれながらにして悪い人」などではないのだから、
色眼鏡で見るべきではない、
という意見である。

そこまでは私も、まったくそのとおりだと思う。

しかし一方では、
犯罪をおかした人が、
犯罪をおかしていない人に比べて、
一段「悪いことをした」という劣位の評価を受けることは、
ある程度までは仕方がないと思うのである。

なぜならば、まだ犯罪をおかしていない人、
すなわち犯罪者予備軍の人は、
犯罪をおかしそうになっても、
歯を食いしばって、その手前で留まっているからである。

留まっていることには、
偶然の僥倖があるかもしれない。

つまり、単にラッキーだったから
留まれているだけなのかもしれない。

だが、それでもやはり、
留まっているということから生じる忍耐を通過している。

この忍耐の報酬が、
犯罪をすでにおかしてしまった人よりも
一段「良い」とされる評価の根拠なのだと思う。

この評価を否定してしまったら、
誰もが犯罪をおかさないように我慢しているのが馬鹿馬鹿しくなって、世の中は犯罪だらけになってしまうだろう。

世の中が犯罪だらけになって、
それでうれしいという人は、
自分が被害者になる可能性を考えていない人ではないだろうか。






すると、今度は

「犯罪をおかした人が、
犯罪をおかしていない人よりも悪いことをした、
というのであれば、
同じような評価の段差が、
ひきこもりとひきこもりでない人とのあいだにも
設定されて当然なのではないか」

というツッコミを受けることが予想される。

そういった批判をする人の考えは、
おそらくこのようである。

なぜならば、ひきこもりでない人は働いている。
ひきこもりは働いていない。

働いている、ということの報酬として、
働いていない人よりも一段高い評価を受ける資格が
働いている人にはあるのではないか、
というものである。

げんに、働いている人は、
働いていないひきこもりに比べて、
そういう評価を受けている。

しかし私は、
犯罪をおかしていない人が
犯罪をおかす手前で留まっている労作から受けるべき報酬と、
働いている人が
働いているという労作によって受ける報酬は、
少し性質が違うのではないか、
と思うのである。

後者の報酬は、
すでに賃金というかたちで払われているはずである。

それに加えて人間的な評価として、
働いている人が、
働いていないひきこもりに比べて
「よいことをしている」
と高い人間的評価を授ける必要はあるのだろうか。

あるとすれば、その根拠は何か。

働いていることで
その人により高い評価を与えるかいなかは、
仕事の内容によるのではないか。

だとすれば、評価の根拠は仕事の内容であり、
「働いている」という様態そのものではない、
と私は考えるのである。

世の中で多くの仕事は、私から見て、

「そんなこと、やらない方がいい」
「そんな仕事、この世界にない方がいい」

と思うような仕事である。

やればやるほど、この世界が悪くなるような仕事である。

それでも、多くの人々は
そんな仕事でもやりたがる。

なぜならば、「金になるから」である。

金が欲しいものだから、
やればやるほど世界が悪くなる仕事をし、
げんに金をもらってこの世界を悪くしている。

それが、その人にとって
「自分はちゃんと仕事してる」
「自分は働いて稼いでる」
といえる状況である。

しかし、
そういう仕事で働いて、金を稼いだところで、
働かないでひきこもっている人に比べて、
なんら「褒められない」のではないだろうか。

この「褒められる」ということが、
私にとっては報酬の中核をなすものであるから、
「なんら褒められないことである」
ということは
「そんなものに報酬がなくていい」
ということにつながる。

報酬という概念に、私がそれだけ着目するのは、
幼いころから

「報酬なき人生」(*1)

を歩むように母親に育てられてきたことから来ていると思う。








したがって、元の論点に立ち返ると、
やはり私はいう。

自分は犯罪者予備軍である。

しかし、じっさいに犯罪をおかしてしまうことと
犯罪者予備軍であることの間には、
千里のへだたりがある。

べつに犯罪をおかした人が、
人間として本来的に悪くできているなどとは
まったくみじんも思わないけれども、
犯罪者と犯罪者予備軍は、
安直に同じではありえない。





  • 顔アイコン

    (引きこもりダイアローグ1)引きこもりは犯罪者予備軍?との誤解解消を含んだ論争が舞い上がりましたね。事の発端は、池袋の引きこもりによる無差別殺害事件や、引きこもり息子を懲罰殺害したある偉い父親の姿が報道された事でした。これと時期がちょうど重なる頃、こちらvosotさんのブログにも「塞翁先生、さっさと死んで下さい」と手を合わせながら祈るような文がみられましたね。ではこれを書いた人物が果たして犯罪者予備軍かというと、そうではない気もする。ブログ上の引きこもりっぽいイメージはあるけど、むしろそこには手を合わせながら祈ることで、自己犯罪化への予防を心掛けようとする意図が汲み取れます。ただ一人で引きこもりながら他者への殺意を抱き続けるのではなく、ブログの場に出て憎しみや殺意を表明しながらも、それを自分で解消しようとする意図的な言語化の作業が見受けられるように思えます。

    [ - ]

    2019/7/9(火) 午後 10:43

    返信する
  • 顔アイコン

    (引きこもりダイアローグ2)「犯罪をおかした人が、犯罪をおかしていない人に比べて、一段劣位の評価を受けることは、ある程度までは仕方がないと思う」というvosotさんの意見に賛成です。たしかに犯罪をおかしそうになっても、歯を食いしばってでも、その手前で留まる事が大切だと思う。押上さんには、これがわからずジマイでした。以前、数人のボーダーライン・パーソナリティ障害の異性から連発して引っ掛けられて泣いてた時に「それでは、異性から騙されたその経験を活かして、あなたもお金を儲けたらどお?」とアドバイスをくれた彼でした。その瞬間もうこの人とは話しにならないなとの見切りが着いて、ZUSTから遠ざかろうと決めた時のことを思い出しました。ほんと変なアドバイスよこして、彼こそ痴漢でもってこれからお金を稼ぐつもりなのでしょうかね?これがアホバイザーの彼なのですよね。ふんッと、あきれました。

    [ - ]

    2019/7/9(火) 午後 10:46

    返信する
  • pen*****さま 2件のコメントをどうもありがとうございます。

    「塞翁先生、さっさと死んで下さい」と手を合わせながら祈るコメントは、そもそも「死」を願う対象が、不特定多数の一般市民ではなく、塞翁先生個人であることからして、無差別殺傷事件とはまったく無関係だと思います。

    そのコメントを入れた方は、塞翁療法による被害が他の方法で訴えられないので、そういう形で表現されているのだと思います。

    一方、痴漢であったために厚遇され、何事も金儲けに結びつけて生きていける押上のような上級患者は、いまごろ左うちわでふんぞり返って笑っていることでしょう。

    チームぼそっと

    2019/7/10(水) 午後 0:09

    返信する
  • 顔アイコン

    塞翁先生の後継ぎとは心理系チェーン店の後継ぎでしたか。心のブラックビジネスとは精神障害者や発達障害者をターゲットにしてお金を儲けようとする悪徳ビジネス。彼らを治療するのでなく依存させて話題やお金のネタにすり替える。トラウマ治療でも同様でした。治られては依存させられなくなり困るのです。ネタ切れになりますから。痴漢が同じ事をしようとしている。フロイトのエロス論でもって性倒錯者やLGBTを括り、彼らを自分たちに依存させて金儲けするチェーン店を広げたいのでしょう。一生ずーっと依存させ続けるか、ネタに使えなくなった途端ポイッと捨てる。酷い、悪徳です。かつて依存研究の先駆者が今や心の悪徳ビジネスの先駆者です。昔はこれ天才ビジネスマンがする事でしたけど、福祉制度もだんだん整って来るし、今後はもう通用しない世の中に変わりますよ。実はこう問題提起していく事が大切なこと。リカモリング・アホバイザー同様「患者もそれほど馬鹿ではなかった」という知恵が育つ中、今後とも騙され続けるアホはそれほど多く無いはず。まさにvosotさんの言う通りでした。彼らLGBTが同様な被害に逢わないで下さる事を心から願います。

    [ - ]

    2019/7/11(木) 午前 8:41

    返信する
  • pen*****さま コメントをどうもありがとうございます。

    塞翁療法、PIRASなどと称するマルチ商法を端的にまとめられておられますね。まさしくおっしゃるとおりです。

    塞翁療法にかかっていると、自分で物事が決められないように洗脳されますから、そこですでにリカモリング・アホバイザーに取りこまれていく素地が作られているのですね。

    塞翁は、あのようなマルチ商法を全国展開するなどと豪語しているようですが、日本国民すべてが阿坐部村の住民ほど愚かではないので、そうはいくか、と思います。

    チームぼそっと

    2019/7/12(金) 午前 8:26

    返信する
  • 2019/7/11(木) 午後 1:10の方 コメントをどうもありがとうございます。

    なるほど、そういうこともあるかもしれませんね。

    チームぼそっと

    2019/7/12(金) 午前 8:27

    返信する

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