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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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当事者活動を考える(30)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多


本ブログの読者の皆さまはよくご存じであるように、
私はときどき「ひきこもり親子 公開対論」という
イベントを開催させていただいている。

そこでどんなことが話されたか、
ぜひ文字化して記事として発表してほしい、
という声をよくいただくのだが、
登壇して発言してくださったご本人の諒解をとるのが難しく、
いままで実施できていなかった。

しかし前回、ひきこもりのお父さんとして登壇してくださった
カズさん(仮名)が、
一部、本人が特定される情報を削除することで
公開することに同意してくださった。

ありがたいことである。

そこで、それを連載していこうと思う。



ぼそっと池井多 それでは、
今日の「お父さま」に登壇していただきましょう。
カズさんです。

(会場拍手)

ようこそいらっしゃいました。
私も、当事者としてのカズさんは
詳しく知らないんですけども、
その概略を教えていただけますか?

カズ (……個人情報により中略……)
私は50代に入ったばかりで、息子は2人おり、
上の長男が20代で、今は社会人になっておりますが、
彼がひきこもりになったのは、
高校受験を間近に控えた中学3年生の秋ごろでした。

突然、学校に行けなくなりまして、
高校受験には何とか行ったんですけれども、
ほとんど失敗しました。

唯一、滑り止めの高校に受かり、
そこに通い始めたんですけれども、
一学期でまた学校に行けなくなり、
そのまま中退してひきこもりの状態になりました。

なので、高校の一時期を除いて、
中学3年生から高校3年間の4年弱ぐらい、
自宅でガチなひきこもりでした。

何とかその後、高卒認定試験を受けて大学に入り、
社会人になりました。
その経緯は、また後ほどお話しますが、概略はそんな所です。

ぼそっと ありがとうございます。
今は長男との軋轢とか、対話の不在とかはないのですか?

カズ 表面上はないですけども、
ひきこもっていた当時のことを
腹を割って話せているかと言うと、
やはりまだ腫れ物に触るような所があり、
話せておりません。

ぼそっと ひきこもっていた当時は、
やはり親子の対話は不在だったんですか?

カズ そうですね。
中学3年生の秋口に学校へ行けなくなった時、
私は単身赴任で関西にいたんですけれども、
家内から状況を聞いて、

「そのうち学校に行くだろう。
色んなプレッシャーで、疲れて休んでるんじゃないか」

と軽く考えていたんです。

でも、年末になっても、
一向に学校に行く気配がなくて。

さすがに、高校受験がもうすぐに迫ってきてましたので、
焦りが出てきまして、
ある日、息子がかぶっている布団を無理やりひっぺがして、

「いつまでこんな所で休んでるんだ!
もう高校受験をする気が無いなら、
出て行ってしまえ!」

と言いました。

そうしたら息子はパジャマのまんま、
ほんとうに寒空の中を出て行ってしまって、
警察に捜索を頼んで、
ようやく近くの公園で見つかりました。

それが本人のトラウマになってしまい、
その後も対話どころか、
視線も合わせられない状態でした。

ぼそっと 警察に連れ戻された時、
お父さまとして息子さんにはどういう言葉をかけてあげました?

カズ 言葉はかけられないですね。
自分が「ひどい言葉を言ってしまった」という
罪の意識があって、
全くかける言葉がなかったです。

ぼそっと その息子さんは今は社会人で、
すでにひきこもりではなくなっているという事ですけれど、
多分、今日この会場にいらしている親御さんの最大の関心事は、
どうやってひきこもりから抜けたか、
ということだと思います。
その点に関しては、いかがですか?







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