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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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支援者だった私(8)片隅の彼<3>」からのつづき・・・
by 鈴木良太

私はもちろん、最初伯父のこの申し出を断った。
そんなこと私にできる筈がない。
興味もなかったし、やりたくもなかった。

第一、確かに最近私はひきこもり気味とは言え、
その条件に当て嵌まらないのではないか。

だが、伯父は取り合わなかった。
「別にいいよ、そんなことは」
と伯父は言った。
「取り敢えず、人ひとり出せばいいんだから」

相変わらず無茶を言う人だった。
だが、この人に頼みごとをされると断れなくなる。
昔世話になったというのもあるのだが、
それ以上に伯父は間違いなく
そういう天分のようなものを持っていた。

抗弁する間もなく
一方的に打ち合わせの日取りを決められてしまった。
それには伯母が立ち会うらしい。

が、電話を切って冷静になると、
改めて伯父のこの申し出を受けるのが嫌になった。
伯父には直接言い難かったので、
次の日、伯父の経営する塾に電話をした。
取り次いだ人に
今回の件に関してはお断りする
との伝言を頼んだ。

この件は、私の中ではこれで終わりになる筈だった。
が、それから、
すぐに今度は伯母から電話が掛かってきた。

伯母と話をするのも高校生の時以来だった。
伯母にも伯父に劣らず昔世話になった。
久し振りに伯母の声を耳にして、
一瞬懐かしさも感じた。

が、それも束の間、伯母はすぐに声を高くし、
私が伯父の頼みを断ったことを詰った。

彼女にしてみれば、
私が伯父の申し出を断ったのが、
まったく信じられないというような口振りであった。

やがて伯母は、実は伯父が
今年の春から椎間板ヘルニアをこじらせ、
最近では一人で歩くこともままならない
と、なぜか声を潜めて言った。

そして、伯母は改めて私に
伯父の頼みを聞くように迫った。

言葉尻にこの伯母にしては珍しく
哀願するような響きも含まれていた。

正直この伯母に泣き付かれると私も弱かった。
それでも、尚返事を渋っていると、
「昔散々世話になったでしょ!」
と電話越しに伯母がますます声を高くして言った。

瞬時に私は黙り込んだ。
確かに昔この伯父夫婦には世話にはなったのだ。







私の家は父も祖父も曾祖父まで教職に奉じていた教員一家で、
口にこそ出さないものの、
子供の頃から私にも同じ轍を踏ませようとするような雰囲気が
間違いなく存在していた。

私自身「教師の子」というのを
割と早い時期から自覚していて、
学校でも地域でも「いい子」でいるのが当たり前で、
「いい子」でいなければならないように思っていた。

特に大人たちの前では幼いながらに、
いつも自分から襟を正し、自分が何を思い、
どう感じるのか、ということよりも
周りの人間からどう見られているのか、
そればかりを考えていた気がする。

だが、その反動からか、
私は中学二年の夏休みの終わりに突然家出をして、
この伯父の家に転がり込む。
家出の直接の原因は
今でも特に思い当たることはない。
強いて挙げれば、その頃、軽い不眠に悩まされ、
毎日がしんどくなっていたことぐらいだ。

が、伯父の家に駆け込んだのは、
明らかに両親への当て付けだった。

と言うのも、
この伯父は一族の鼻摘み者だったからだ。

伯父は教員一家の長男として生まれ、
子供の頃から利発で優秀で、
周りの誰からも将来を嘱望されていたにも拘らず、
大学生の時、学生運動に走り、非合法活動をし、
警察に追われた挙げ句、逮捕され、服役までし、
一家の看板に泥を塗った。

釈放後、暫くして伯父はその運動から離れたらしいが、
その後は、西東京の外れに古い一軒家を借り、
そこで私塾のようなことをやっていた。

暴走族や校内暴力や家庭内暴力など
問題行動を起こす少年たちを引き取り、
彼らと一緒に生活していた。
伯父はやがて資金繰りのために学習塾の経営を始め、
それなりの成功を収めていたらしいが、
父も母も、祖父も祖母も、
私の肉親でこの伯父のことをよく言う人はいなかった。

伯父夫婦には子供もいなかったから、
私の家族とも付き合いは余りなく、
数年に一度、何かの用事で顔を合わす程度だった。

私自身もこの伯父に関しては、
実際よりも肉親が交わす噂の印象の方が先立ち、
怖い人という思いが強かった。

家出をして、そういう人の下へ駆け込んだのだから、
やはり何かしら両親へ反発する気持ちがあったのだろう。

もっとも、だからと言って、
私がこの伯父を信頼していた訳でも、
何かを期待していたつもりもなかった。

伯父の家に転がり込んだ後も、それから数日間、
私は誰に何を聞かれても、
貝のように押し黙ったまま、
一言も口を利こうとしなかった。

伯父は最初から私に家出の理由を聞こうとも、
家に帰るよう説得もしなかったが、
私は少しでも隙を見せれば、
力尽くでも追い出されるのだと思っていた。







程なくして父と母が私を迎えにきた。

その日の朝、
玄関から母のヒステリックな声が聞こえたので
それが分かった。

すぐにも父の怒鳴り声がそれに加わった。
二人の声は玄関まで迎えに出た伯父夫婦を素通りし、
奥の部屋にこもった私に直接向けられていた。
私がここにいるのを知っているのは、
伯父と伯母しかいない。
私は売り渡されたのだと思った。

だが、私がこれ以上事を荒立てないようにと、
帰り支度まで始めていたのに、
いつまで経っても、
父と母は一向に部屋に上がってこなかった。

意外なことに玄関では押し問答が続いていた。
父は厳格だが、
普段理由もなく声を荒げたり、
乱暴な言葉を使ったりする人ではない。

それがこの時、父は最初から喧嘩腰で、
伯父とその背後に身を潜めた私に向かって、
辛辣な言葉を並べ立てていた。

それだけで私は身が縮むような思いでいたが、
伯父はそれを物ともせず、
子供を諭すような口調で父の言葉に抗弁していた。

部屋の戸に張り付くようにして、
耳を澄ませていた私は次第に胸が熱くなるのを感じた。
伯父は父の言葉に抗弁するだけではなく、
父や母に、
私の側に立って理非を論じてくれていたのである。

父とは対照的に、
伯父が最後まで静かな語り口調を変えなかったのも、
私には意外なことだった。

伯父にはもっと猛々しいイメージがあった。
祖父や祖母、父からはこの伯父に関しては、
過去の悪行ばかりを伝えられていたからだ。

父と伯父、この二人による言葉の鍔迫り合いは、
やがて伯父の方に軍配が上がった。
趨勢が決してしまうと、
そもそもこの勝負には
始めから父には勝ち目がなかったような気さえした。

実は父もそれを分かっていたから、
最初からあんな大声を出していたのかも知れない。

後になって、私は
父がこの伯父に対して愛憎交錯する
複雑な感情を持っていたことを知ることになる。

父にも多分伯父のように、
一家の呪縛から離れて、
別の生き方をしたいと思っていた一時期があったのだ。

怒声を発しながらも、
本当は父も私の気持ちの一端を掴んでいたのかも知れない。
そうでなければたった一度きりの口論に破れたぐらいで、
父が伯父の言葉を受け容れる筈も、
私を許す訳もなかった。





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