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VOSOT ぼそっとプロジェクト
ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

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支援者だった私(10)片隅の彼<5>」からのつづき・・・
by 鈴木良太

八月の終わりに、私と同じように
自助グループのスタッフをやる人同士の顔合わせがあり、
それから実際に自助グループが立ち上がる十月までの間に、
財団の本部の一室で、
二週間に一回ほどの割合でミーティングが持たれた。

スタッフは私を含めて五人で、
年齢は二十代後半から四十代まで区々だった。
私を含めて三人が男性で、二人が女性だった。

全員ひきこもりや不登校の経験者らしい。
が、詳しいことはよく分からなかった。

ミーティングはいつも野間さんが議事役になって進められた。
スタッフの元ひきこもりの人たちは
ミーティングの際には、
自助グループの進行の仕方や内容に関しては
細かいところまで論うが、
それ以外の時には殆ど口を利こうとしなかった。

気を遣って、ミーティングの前後にあれこれ話し掛けても、
却って困惑したような顔をされるばかりであった。
特に女性二人はまともに私の顔を見ようともしない。

二人の男性からは高慢な印象を受けた。
あるいは、
一生懸命高慢になろうと努めているように思えた。

そして、その高慢さがどこか痛々しく感じられもした。

なるほど、これがひきこもりらしくするということか
とも思い掛けたが、
どうもよく分からない。

そう言えば、
伯母は「ひきこもりらしくする」ことの条件の一つに、
自信なさそうに振る舞うことを挙げていた。

意外と彼らはそうやって高慢さを装うことで、
本当は自信のない自分を
少しでも大きく見せようとしているのかも知れないと思った。

それで私はミーティングの際には、
彼らのプライドを傷付けないように
なるべく黙っているようにした。








一応「サポーター」という肩書も付けられていたので、
伯母の勧めで「後学のため」
南国若者支援センターにも見学に行った。

センターの事務所は
JR大塚駅の駅から歩いて十分ぐらいのところにある
古いマンションの一室で、
毎日少ない時で二、三人、
多い時には、七、八人の青年たちが顔を出しているのだそうだ。

前にも書いたと思うが、
午後一時から六時までそのマンションの一室を
会員の青年たちのために開放して、
「居場所」というのをやっていた。

その居場所の世話人は、
「チーフ・サポーター」という肩書の付いた宮内君という人で、
伯母が言うには、
その宮内君は都内のある私大を卒業し、
社会福祉士の国家資格を取得し、
現在は更なるスキルアップを目指して、
同じ大学の院に進学しているのだそうだ。

年齢は二十三歳で、
院を卒業した暁には、
より本格的に不登校やひきこもりなど、
傷付いた若者たちの支援に携わりたい
と考えているらしかった。

そうした彼のプロフィールを聞いただけで、
何も知らない私は実際に顔を会わせる前から、
その宮内君のことを随分と頼もしく思ったものだった。

私が伯母に伴われて初めてセンターの事務所を訪ねたのは、
まだまだ残暑の厳しい九月の中頃のことだった。

事務所は玄関から見て、
ダイニングルームを挟んで、
右手が洋室で、左側が和室になっていた。

洋室の方にはパソコンや麻雀の一式などがあるから、
参加者の人数がそれほど多くない時は、
別に取り決めはないが、
自然と洋室の方に人が集まることが多いそうだ。

伯母と一緒に初めてセンターの事務所を訪ねた時は、
午後四時を回った頃だった。

伯母はマンションの階段を上がると、
些か乱暴に事務所のドアを開けた。
伯母の肩越しに、
右手の洋室に七、八人の若者たちの姿が見えた。

背の高い青年がパソコンの前の椅子に座り、
その青年を中心に、皆で何か話をしている様子だった。

玄関で靴を脱ぎながら、伯母が彼らに向かって
「お疲れ様、今日も暑いわね」
と言うと、
右手の洋室にいた青年たちが、一度にこちらを振り返って、
笑みを浮かべて会釈をした。
パソコンの前に座っていた背の高い青年が立ち上がって、
玄関まで伯母を出迎えた。

「お久し振りです、美登里先生。
あれ? 今日はどうしたんですか、突然?」
と彼は親しげな笑みを伯母に向けた。
同時に彼は初対面の私にもどこか遠慮しながらも、
人懐こそうな笑みを向け、軽く頭を下げた。

その一方で、伯母が玄関のドアを開けたその瞬間から、
私の目の端に、
左手の和室で一人居心地悪そうに本を読んでいた青年の姿が
飛び込んできてもいた。

彼は伯母の存在に気付くと、
まるで突如サーチライトを浴びせられた脱獄囚のような顔をし、
慌てて本を投げ出し、
それまで崩していた足を正座に組み替えた。

その姿は、あるいはまた、
まるで奉公人が仕事をサボっている時に、
予期せず主人の帰りに鉢合わせ、
小さく畏まって雷を落とされるのを待っているかのようだった。

その瞬間、私の脳裏に、
なるほど、これが現役の本物のひきこもりなのだな、
という考えが閃いた。

伯母の言うように、
その青年は確かに神経過敏なぐらいに人の視線を気にし、
見るからに自分に自信がなさそうだった。

獅子舞のような魁偉な容貌をしているが、
そこにいること自体を申し訳なく思っているような
不思議なオーラを身体全体から発していた。

どうせ「勉強」しにきたのなら、
見るからに挙動不審な
いかにも「ひきこもりらしい」この青年と
一つ膝を交えて話をしてみたいと思ったが、
伯母も玄関まで出迎えてくれた青年も、
彼に構う様子はなかった。

玄関まで伯母と私を出迎えてくれた青年が、
また軽く会釈をして、
私をどうぞと部屋へ招いてくれた。

彼には初対面の私に対して
多少警戒している感はあるものの、
それ以上に私への好奇心のようなものの方が強く感じられた。

私がどうも、と言い添え、会釈をして笑みを返すと、
今度彼は綺麗に並んだ前歯を全部覗かせてニッコリと笑った。

なるほどこれが宮内君か、と私は思った。
大学を出てからずっと技術畑を渡り歩いてきた理系の私に
福祉のことなど分かる筈もないが、
人が好きで、自然と自分以外の誰かに好奇心を持たなければ、
居場所の世話人などやっていられないだろう。

彼は二十三歳にしては多少老けて見えるが、
度を過ぎるというほどではない。
彼はその辺の理髪店で適当にカットしたような
飾り気のないヘアスタイルをし、
無地のティーシャツにジーンズというラフな格好で、
恐らくどこへ行っても目立つタイプではないが、
よく見るとなかなか整った顔立ちをしていて、
中学や高校時代には、本人が気付かないだけで、
クラスの中に何人か必ず女子の隠れファンがいそうな、
そういう類の青年だった。

伯母とその青年は玄関からダイニングルームを跨いで、
そのまま洋室に向かった。
二人とも和室で一人佇む青年には
やはり見向きもしようとしない。

宮内君と思われる人と、伯母の後に続きながら、
私はもう一度、目の端で和室の方を眺めたが、
彼は相変わらず、最早用済みになった人質みたいに、
正座をして小さく畏まっていた。

宮内君と思しき青年が、伯母と私に麦茶を出してくれた。
私は「ありがとうございます」と言った。
青年はまたニッコリと笑った。

伯母はソファに腰掛け、麦茶を一口飲むと、
「相変わらず暑いわね。皆、元気にしていた? 
身体おかしくしたりしていない?」
とその場にいた青年たちの顔をゆっくりと見回しながら言った。

青年たちが笑顔で応える。
伯母と彼らがどんな関係なのか私は知らない。
だが、この南国若者支援センターに会員登録している、
ひきこもりと呼ばれる彼らは
どうやら伯母に心を許しているらしい。
伯母と青年たちのそんな短いやり取りだけで
何となくそれが分かった。

伯母は塾の方が忙しくて、
最近このセンターにまったくこられなくなったことを皆に屈託なく詫び、
それから冗談を交えながら、彼らの近況を訊ね、
私のことを、自分の甥だと紹介した。

伯母が話をする中、それまで宮内君と思われる人も含めて、
皆チラチラと私の顔を盗み見したりしながらも、
目が合うと、緊張か警戒した様子で、
その目を逸らしたり、急に視線を伏せたりしていたが、
その瞬間、全員が全員興味深そうな目を私に向けてきた。
それで私は彼らが本当に伯母、あるいは、
伯父に心を許しているのだなと思った。

「十月に始まるひきこもりの
自助グループの話はもう知っているでしょ?」

と伯母は皆の顔を見回しながら言った。

「今度ここにいる何人かにも
サクラとして参加して貰うことになっている例のあれ」

伯母がそう言うと皆が笑った。

伯母は親指で私を差して、

「今度、そこでスタッフやって貰うことになったから」

と言った。
皆がどよめきのような声を上げた。
そして、また私に笑みを向ける。

私は急に照れ臭くなった。
私の身内の中では
伯父や伯母の評判は相変わらず芳しいものではない。

それがここでは、彼らの甥というだけで、
何か特別な眼差しを向けられる。
身内の評判がよくなくても、
私が伯父や伯母にある程度尊敬の念を持っているのは事実だが、
その甥というだけで、
期待や羨望を込めた眼差しを向けられると、
照れ臭くなる半面、白々と力が抜けて行くような気もした。

そんな私に構わず、
「ほら、あなたも何か言いなさいよ」
と伯母は言う。

その場にいた全員が、
やはり何かしらの期待を込めて私を見詰めてくる。
私は内心苦笑した。
さて、なにを言おうかと思案していると、
「この子、一応、最近まで働いていたのだけど、
最近はひきこもり気味だから。
昔は不登校になってうちで預かっていたこともあるけど、
本当の意味でのひきこもり歴浅くて、
まだ何も分からないから、皆で色々教えてあげて」
と伯母が言った。

その言葉にまた皆が笑う。
私はまた内心苦笑した。
やれやれと思いながら、
ゆっくりとその場にいた青年たちの顔を見渡した。
別にひきこもりといっても普通の人と変わらなく見える。

彼らを見ていると、
伯母の「ひきこもりらしくする」ということが
ますますよく分からなくなる。

ただ全員に共通しているのが、
誰もが一体、何歳ぐらいなのか、
見当が付かないことだった。

全員三十歳ぐらいにも思えるし、
高校生と言っても通用しそうな人もいた。

伯母の存在も影響しているのかも知れないが、
仕種や立ち振る舞い、また表情や顔付きと言ったものが、
普通の人に比べて幾分か幼く見える。
よくも悪くも皆子供っぽかった。
伯母に言葉一つで手玉に取られている様子からもそれが窺える。

「ほら、あなたも何か言いなさいよ」
と伯母がまた言った。
私はまたやれやれと思いながらも、簡単な自己紹介をした。

今年の三月に自分でもよく分からないが、
仕事を辞めてしまったこと、
それから、毎日DVDを見たり、小説を読んだり、
好きなことをして過ごしていること、
それから今は退職金と貯金、失業保険で食い繋いでいることなどだ。

ただ伯母の手前、
「ひきこもりらしくするため」
いつまでもこのままではいけないと思うので、
そろそろ仕事を探そうと思っている、
と心にもないこともついでに言っておいた。



・・・「支援者だった私(12)」へつづく

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