医療従事者ぶーのしろうと哲学・心理学

ごぶさたしておりました。書き込んで下さった方ありがとうございます。しばらくまた放置になるのでよろしくお願いします。

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自分が良い状態の時は、良いものを呼び、悪い状態の時は、悪いものを呼ぶ。

ふと、自分が「良い循環」に入っているな、とか「悪い循環」にはまっているな、と気づくことはないだろうか?

ある人(親であったり、恋人であったり)の愛がほしくてもがいている時、
すなおな感情表現ができなくて、意地悪な言い方をしたり、すねてみたり。
そして相手の反感を買い、さらに事態は、悪い方へ進展していく・・・

大事なのは、悪い循環にはまってる自分に気づき、そこから離れること、
または、すなおになること。

でも、なかなか悪い循環からしがみついて離れられない時ってありますよね。
人間のさが(性)でしょうか・・・

口論になって、言っても無駄なのはわかっていながら、または傷つくのをわかっていながら、
口論から引き下がれない。
引き下がるのは、何か(たぶんそれはプライド)がそれを許さない。
それも同じような人間のさがでしょうか・・・

でもそれを変えたいと願う気持ちがあるなら、それは可能。
意識をしっかり持っていると、何回も失敗を繰り返しながら練習しているうち、できるようになりますよ。(って、誰に話しかけてんだ、いったい!!)

以前紹介した、「幸福は最良の薬」を裏付ける研究成果の数々の中から


 この研究では、被験者に映画の 笑える場面と  緊迫した場面を見せたところ、笑いを誘う場面は血管内皮細胞(血管の内側の組織)を明らかに拡張させ、血流量が増加したことがわかった。
 

上記のことは、一見当たり前のことだ。
しかし、本当に我々はわかっているのだろうか?
簡単に考えると、我々が緊縛した画面を見ると、血管内皮細胞を収縮させ、血流量が減少するということだ。

つまり我々は、常に犯罪のニュースや紛争ニュースを(もちろん北朝鮮や隣国とのいさかいのニュースも)見たり聞いたりしているだけで、血流量を減少させ、知らず知らずのうちに、自らの健康に害を及ぼしているということだ。

健康に害を及ぼしているだけではない。思考が、悪い方へ傾くのはもちろん、知らず知らずのうちに相手に対して暴力的になったり、被害者意識が強くなったりするだろう。

ということで、映画やニュースなど、もしかするとヤフー掲示板など、見るものは選んだ方がよさそうです。

(久しぶりにブッタとシッタカブッタを見て、こんなことが思い浮かびました。)

白状します。
実は私も学生のころはバリバリに血液型信者でした。

でもあまりにも日本全国、この信仰にだまされていやしないか?

質問1
「分析してどうするの?」
質問2
「分析して悩みは解決された?」

たぶん何も解決されていない。自分を納得させるのに使うだけ。特に理不尽な思いをした時に。

相手にレッテルを貼ることで、自分の都合のいいように解釈する。
しかも、その部分だけが拡大されて。

思い込みを助長しているだけ。

相手にレッテルを貼るってことは、自分の世界を狭くしているということ。

なんで信仰を止めたかって?
幸運なことにある変わった人との出会いで、へんてこな足かせから私は脱出した。
(余談 : 新しい考えに出会える、だから私は、変わった人が好きなのだが・・・)

ためしに「血液型何型?」と聞かれたときに、偽のいろんな型を伝えてみよう。
「あぁ、やっぱりね」ていわれるかもよ・・・

イメージ 1

以前に紹介した「ブッタとシッタカブッタ」は、こんな漫画です。とても単純な本です。
                「ブッタとシッタカブッタ2そのまんまでいいよ」小泉吉宏著

小学生でも読めますが奥深さはその人の理解度に応じて変わります。
ぶたの4コママンガで、よけいな説明がほとんどなく、実に簡単に人間の心と悩みを解き明かしている本です。

ふだん自分の心とあまり向き合う習慣がない人は、何か悩みができたときに読んでみてください。
きっとたくさんのことに気付かされるはず。

人生は、レールの上からはずれると不幸になると思い込んでいないだろうか?
実は、レールは自分の頭の中だけにあり、レールなんてない。
それにとらわれていないぶたは、ごらんのように自由に幸せに生きている。
その幸せなぶたには、レールの上で這って、必死になっているぶた達がなんと奇妙に移ることか・・・

自分のしたいことをし、人と違ったことをしている、いつまでも生き生きと若々しく生きている人たちがいる。

「負け犬」ということばがある・・・(詳しくはないがあるらしい。)
じゃ、勝ち犬って何?

結婚すること
子どもを生むこと 
お金持ちや社会的地位がある人と結婚すること
離婚しないこと
子どもがいい高校・大学へ行くこと

いい会社へ入ること
出世すること

老後は子どもに面倒を見てもらって生活すること

確かにその価値観で幸せな人もいるかもしれない。
でもみんなが同じ価値観ではないはず。

本当の負け犬って、自分のしたいことをしていない人のことじゃない?

脱線かもしれないけど、ここでひとつ提案。
自分のことを友達に自慢してみて。
友達に自慢できないなら、紙に自分の自慢を書いてみよう。

自慢が、自分の夫、子ども、親、自分や家族の社会的地位、自分の持ち物などなどだったら要注意。
何か本当に自分自信のことで誇れることはないのか?
それなら自分と向き合えていない、他人の価値観に振り回されている可能性が高い。
「ブランド品や流行を追うのが好き」という人も、他人の価値観に振り回されている人が多いのではないか。

他人の価値観に生きるていることに気付かない。
いつ気づくのだろうか? たぶんずっと気付かない人もいる。

自分の本当の嗜好や価値観に気づかず、幸せをつかんだつもりだけど何かがむなしい・・・
それは、今まで自分というものにきちんと向き合っていなかった代償なのだから、
これからは本当の自分の価値観に生きてみて。

まわりにいる人が通常のありふれた価値観をもっているなら、自分の価値観を生きるのは、むずかしいかもしれない。
そういう場合は、レールの上を歩いていない、自分をしっかり楽しんでいる人と付き合おう。
やがて自分の見える世界がまったく違うものになり、価値観も自然と動きだすから。

プライドは捨てよう!!

自信を持とう。
でもプライドは捨てよう。
なぜなら自分のプライドを守るために、相手を攻撃してしまうという防御反応が働いてしまうからだ。

自信とプライド
この二つの言葉はしばしば混同されやすい。

プライドを辞書で調べると、
「自尊心、プライドが高い、プライドを傷つける、〜するのはプライドが許さない」

このように、プライドにはろくな言葉がない。

プライドが傷つけられたとき、カチンときた。という表現が一番適切かもしれない。
日常生活の中で他人と接していて、カチンとくることは、たまにというかしょっちゅうあるかもしれない。

人はプライドが傷つけられると、どんな反応をするのか?
だいたいは腹立たしく思い、相手を(たいがいは言葉で)攻撃しようとするのではないか。
温厚な性格の人は、くやしさを押し込んで、我慢するかもしれない。でも傷つけた人に対しての恨みのような気持ちはややしばらく消えない。

こんなふうに考えると、プライドというのは厄介だ。
自分のプライドを捨てると、争いごとの大きな原因が一つ減ることになる。

「今カチンと来た。でもちょっと待て。今自分が守ろうとしているのは自分のプライドではないか?
もしそうなら、心のままに反応するのはやめておこう。
ちっぽけな自分のプライドのことは守ろうとせずに放っておこう。」

そんなふうに自分を客観的に見て、プライドが顔を出したことを自覚できて、
待ったをかけることが体験できたなら、カチンときたときの腹立たしさも以外に
あっけなく消失することに気づく。
怒らせようとした相手も拍子抜けしてしまうときもある。

一方「自信」は、辞書で調べると前向きな言葉が続く。
「自信がある、自信を持つ、自信がつく。」
「自信過剰」というマイナスな言葉がひとつあるが、プライドを守ろうとする攻撃心と比べたら、他人に対する迷惑度はずっと低い。

自信を持とう! そしてちんけなプライドは捨てよう!

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