秋山勝彦の宅録日記

CROSSの両名(高橋・秋山)のソロ・アルバムは、中野MECANOにて発売中!(通販も出来ます)

全体表示

[ リスト ]

デイヴィッド・ボウイが逝去されました。
新しいアルバムが発売されたばかりじゃないか・・・。

約35年も前の話しもありますし 40数年前の話しもあります。
「このような事がありました」的なのは、これ位です。
デイヴィッド・ボウイの音楽については、次回に書きます。
今は、ひたすら「Station to station」を聴くばかりです。
未だ聴いた事がない方は、是非に!
最後の曲「Wild is the wind」が僕のフェバリットです。
では・・・

僕は、デイヴィッド・ボウイ(以下ボウイと略)のライヴを2回観ています。
そして 1回直接会って 少し話しもしました(ちょっと自慢)イメージ 1

最初のライヴは、ボウイ初来日の厚生年金会館です。
ボウイが「you`re not alone gimme your hands!」と手が差し延べられました。
つい手を差し出してしまった中学2年 14歳 陸上部 の俺。

2度目は、78年かな?NHKホール。
P-modelのメンバー全員と一緒に行きました。
リズム隊(ドラムは、チェスター・トンプソン)の上手さに 俺と田井中さん2人 ただただ無言。

で 直接会ったのは、・・・・・
79年かな?80年かな?P-modelのツアーで行った京都サーカス&サーカスでのライヴの時です。

サーカス&サーカスは、元クラブ(踊るクラブじゃなく お姉さんがいるクラブ)で
壁際にボックス・シートがあるライヴ・ハウス(中2階桟敷席みたいのまであった)。
P-modelのライヴ中にそのボックス・シートに外国人男性と奇麗な日本人女性が座ってました。
他のお客さん達は、後半になると立ち上がり踊っていたが その2人は、そのまま。
最後から2曲目が「Momo色トリック」で最後が「子供たち どうも」
その「Momo色トリック」の間奏で僕が客席に飛び降りたり 突っ込んだりするのが常でした。

「あの外人 日本人の可愛いネェちゃんとイチャイチャしやがって!煽ってやるぜ!」
なんて その2人の前に行くと その外国人がニコニコしている!で 拍手もしてくれた!
で 俺は、その顔を見た瞬間
「えッ!!!???どうして?なんで?ホントか?」
KOを喰らったボクサーのように舞台に戻り 平沢さんに耳打ち
「デイヴィッド・ボウイだよ 本当に」
田中さんにも言ったら 田中さん「いいよ!真面目にやれよ!」だって!

アンコールの時には、既に会場がザワザワしていましたね。
楽屋(と言っても配管などがある機械室ですが・・・)に戻り「やっぱり本物だよ!」と言っていると
週刊プレイボーイの記者「デイヴィッド・ボウイさんが挨拶したいと言ってます」
扉がコンコン 開くと本物デイヴィッド・ボウイ!「どうも〜」

京都に焼酎のコマーシャル(宝焼酎)の仕事のための来日。
週刊プレイボーイの記者とカメラマンが同行取材 奇麗な女性は通訳でした。
ボウイを囲んで写真も撮ったンだよなァ〜・・・その記者「後で送りますよ」と言っていたけど・・・。
もうサインして貰ったたし(俺は、使っていたBricksのノート 平沢さんは、ギターのバック)
握手もしたし 俺などハグされたンだわ!ハグだぜ!ハグ!!!

やっぱり・・・ちょっと寂しいですネ。


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事