河内の樹々

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其の五  堕ちる 

そのうち店内には2組の客が入り、ママがテーブルを離れ女の子も入れ替わり、男はすっかり酔ってしまった。

「少しピッチが早いぞ」

と思いながらもグラスに手を出してしまう。時計を見ると午前0時を過ぎている。そろそろ帰ろうとするが、

ママが 「 もう少しお願い・・・・」

もう少し待っていれば、なにか良いことでもあるのかと思い、仕切りなおしにビールをぐいと飲む。他の客が帰ると言うので、男も勘定を1万円札で支払いお釣りを2枚もらった。
そして、賄いの男も、女の子もみんな帰り二人きりになるとママは

「 今日は無理を言ってごめんなさい・・・・」

「さあ飲みましょう」

グラスを持ち上げようとするが、グラスが鉛で出来たように重い。男はしまったと思った。ある期待があったのだが、今はそんな事よりグラスも何もかもが重たくなっていく。身体もソファーの中に沈みこんでいく様だ。男はすべて飲み過ぎた所為だと思った。

ママは言った。

「 私は阿波の八右衛門狸の末裔で、1年に1度だけこうしてお店を開いているのです」

八右衛門狸とは、阿波の鳴門の狸で、芝居が大好きで1年に何度か、人間に化けては中座に芝居見物に来ていたのだが、ある時、芝居があまりにも面白くて、とうとう正体がばれてしまって犬に噛み殺された。この話は男もよく聞いて知っていたのだが、あまりに深酔いし過ぎてママが冗談を言っているのだと思っていた。

「 夜も明けそうなので、私は帰らなくてはなりません、今夜は大変なご無理を言いました。有り難う御座います 」


男は急に深い眠りに・・・・・・・・・堕ちた。




生臭い息と、蒸し暑さで眼を覚ますと、1匹の犬が男の顔を舐めていた。
周りを見渡すと、ビルとビルの谷間に段ボールをひき、その中に男は寝転んでいた。回りには缶ビールの空き缶が山積みになっている。ポケットを探ると2枚の木の葉がハラリと落ちた。

男は深酔いの頭を抱え、自分の居たあたりを探し回ったが、フラワーショップもママの店も何処にも見当たらない。


その後男は、憑き物がついたように、毎日夕方になると相生橋に立っていた。

                                    おわり

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