ハーブの名歌

華の昭和名歌300・華の平成名歌200

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 宇崎が率いる、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド。このグループがメジャー・デビューした当時、やはり「糞して一服」というフレーズにビックリして、困惑した。そして全体に、ぶっきら棒な、投げやりのような歌詞。私の周囲の人達の反応も、ほぼ同じだった。そして、耳に残る。このようなフレーズは、従来の歌謡曲にはないスタンスである。大衆音楽が、一歩先へ踏み出した感じを受けた。
「絶体絶命」(詞・阿木耀子 曲・宇崎竜童:1997・山口百恵への提供曲を、セルフカヴァー)
 夕暮れせまるカフェテラス その人は白いハンカチを噛む---人間模様の 絶対絶命 さあさあ さあさあ はっきり形をつけてよ はっきり形を----
(収集プロフィール)
宇崎 竜童(うざき りゅうどう、1946- )は、ミュージシャン、作曲家、俳優、映画監督。京都府京都市出身。明治大学法学部卒業。夫人は作詞家の阿木燿子。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドに始まり、竜童組やR.U.コネクションなどでの演奏活動。山口百恵の「横須賀ストーリー」に代表されるヒット・メイカーとしての作曲家活動。さらにはTV/映画で俳優として活躍するなど、華麗としか言いようのない経歴を誇る。もちろんメインは音楽なのだが、その音楽性にしても1つのスタイルに収束するようなものではなくロックンロールに歌謡曲、演歌にラテンに民謡と、実に多種多様。コワ面なルックスとは裏腹にひじょうに器用な音楽家なのだ。最近ではルーツに帰り、アコースティック弾き語りによる東海道五十三次ツアーを行い、改めて歌い手としての魅力もアピールしてみせた。
とにかく、歌謡曲がJポップと佇まいを変えても、ジャパニーズ・ミュージック・シーンの重鎮であることには変わりがない。顔と名前だけで仕事ができる大物だ。
骨太のロック/ブルース・サウンドで新録したデビュー30周年記念アルバム。キャリアを重ねても、宇崎のツッパリ・スピリットは健在で、ムンムンするような紫煙と酒と夜の街の匂いをまき散らしている。
湯川れい子、伊集院静と名手たちが描く渋い人生のひとコマや滋味豊かな言葉たちを、宇崎は陽気にコミカルに、そして常に温かなまなざしで歌いあげている。従来の日本のR&Bとは一線を画す、バーボン片手に大人が酔える甘く切ないバラード集。
最近は何やら訳わかんない人だったけれど、気の合う仲間と作り上げた本作は中年男の悲哀を適度に枯れたヴォーカルで切々と歌い上げおり、若者言葉で言うならめちゃシブってやつだ。太鼓を叩くのもいいけれど、やっぱりこの人には歌ってて欲しい。
40代の人間がロックンロールへのときめきを歌い、置き忘れてきたものを取り戻せと歌うのは、頼もしいかぎり。
人物・概要
明治大学時代は吹奏楽部に所属しトランペットを担当していた。
エドワーズ、ホットミルク(アイスミルク)、松崎しげるなどのマネージャーをしながら、グループサウンズのジュリーとバロンで作曲家としてデビュー。マネージャー時代にドサ周り営業中にステージに乱入・トランペットを吹いて肝心の商品(歌手)より目立ってしまうというエピソードもある。1973年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成。シングル『知らず知らずのうちに』でデビューするも全くヒットせず。1975年に出した「スモーキン・ブギ」がヒットし、つなぎルックと共に脚光を浴びる。そうこうしてるうちにアルバム中の『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』が人気となりシングル用に再録音してリリースしたところ大ヒット。曲中のセリフが流行語にもなった。また、この曲をもとに映画まで作られた。
1980年にバンド名を「ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド」に改名、翌年解散。
ソロ活動は解散以前から山口百恵等に作曲家として曲を提供したり映画『曽根崎心中』(1979年)、『TATOO(刺青)あり』(1982年)に主演するなどしていたが、解散後はさらにドラマ出演、映画・舞台音楽や監督など多方面に進出。
1984年には今までにない新しい音楽にチャレンジするために「竜童組」を結成。(1990年活動休止。)
1993年には元ザ・スパイダースの井上堯之と共に大人のロックバンドを目指すため、「どちらかが死ぬまで続けよう」との約束で「宇崎竜童 & RUコネクション with 井上堯之」を結成。1998年に活動休止するが、二人の約束は今でも続いている。
ラブ・ポーションのデビューの際は推薦者として名代となる。(Diana Ross Presents Jackson Fiveのような感じで、ハロプロにおけるつんく的役割)
サザンオールスターズの曲『Hey! Ryudo!』のモデルであり、『ごめんねチャーリー』の歌詞にも登場する。
過酷な作曲、演奏活動の末に難聴を患い、音楽活動を控えた時期もあった。現在は補聴器を使用しながら作曲などをこなしている。
リーゼントヘアとつなぎのイメージが強い為、いわゆる横浜銀蠅のようなヤンキーロックン・ローラーと思われがちであるが、明治大学を卒業しており、性格も至って真面目で礼儀正しく親切である。未だにこのギャップを知り驚く人がいる。(但し、例に挙げた横浜銀蠅も本当の不良出身者ではなく、大学卒業者が多い)
同様にルックスから暴走族出身やもしくはバイク好きのように思われているが、実際にバイクの免許を取得したのはこのイメージが出来上がってから随分後である。一時は数々のレースに出場したり、友人の風間深志、高橋伴明、根津甚八らとツーリングチームを結成するほどバイク熱が高まっていたが、生来の飽き性のためバイクもあっさりと興味が薄れてしまい、現在はバイクよりも自転車を使用する方が多いという。
やはりルックスから酒に強そうなイメージを持たれていることが多いが、実はまったくの下戸であり、大の甘党である。特に饅頭やケーキなどには目がない。
これもまた見た目のイメージだけで、スポーツ好きと思われる傾向があるが、実際には極度のスポーツ嫌い。
歌唱楽曲
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
知らず知らずのうちに (1973.12.01)
スモーキン’ブギ (1974.12.01)
カッコマン・ブギ/港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ (1975.04.20)
商品には手を出すな! (1975.08.05)
裏切者の旅 (1976.03.05)
涙のシークレット・ラヴ (1976.07.20)
沖縄ベイ・ブルース (1976.11.05)
サクセス (1977.03.20)
身も心も (1977.09.05)
乾いた花 (1978.05.05)
欲望の街 (1979.03.05)
提供楽曲
五木ひろし
蝉時雨
内藤やすこ
想い出ぼろぼろ
山口百恵
横須賀ストーリー
初恋草紙
夢先案内人
I CAME FROM 横須賀
イミテイション・ゴールド
乙女座宮
プレイバックPart2
絶体絶命
美・サイレント
愛の嵐
しなやかに歌って
謝肉祭
ロックンロール・ウィドウ
さよならの向う側
あなたへの子守唄

監督
魚からダイオキシン
ROCK is SEX さらば相棒

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