ハーブの名歌

華の昭和名歌300・華の平成名歌200

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 最近の、彼女の歌唱は、力が入り過ぎているように感じるが。そのため、大切な心が伝わってこない。2000年前後の、歌唱が一番いいと思う。「豊後水道」「二輪草」など、伸びやかで柔らかで、力みも抑えが効いていて。この曲は、華やかさは薄いが、その分リアリティーがある。私が若かったころ、こういう感じの方が、実際に周囲にいた。
(作詞 たかたかし 作曲 弦 哲也 昭和56)
1 あなたのそばで 暮らせるならば
  なにもいらない 欲しくない
  抱いてください おんなの夢を
  寒い北風 吹く道を
  愛を探して 歩いて来たの
3 あなたが胸に ともした灯り
  生きるのぞみを くれました
  ーーーーー
  あなたひとすじ つくしてゆくわ
(収集プロフィール)
川中 美幸(かわなか みゆき、1955年12月〜 )日本の演歌・歌謡曲系歌手。
来歴
大阪府吹田市出身。1973年6月、「春日はるみ」の芸名でワーナー・パイオニアより「新宿天使」でデビューするも低迷。1977年4月、「川中美幸」と改名し、テイチク・レコードより「あなたに命がけ」で再デビューした。1980年、文化放送の深夜放送「走れ歌謡曲」のパーソナリティーに局アナ以外で初めて抜擢され、現在でも歌い継がれている有名なヒット曲「ふたり酒」が生まれることになった。

ディスコグラフィ(オリコン100位内チャートイン作品)
あなたに命がけ (1977年4月25日)
作詞:石坂まさを/作曲:伊藤雪彦/編曲:馬場良
ふたり酒 (1980年3月25日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:斉藤恒夫
オリコン最高位9位。100万枚のヒット。
ふたりぐらし (1981年2月25日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:斉藤恒夫
あなたひとすじ (1981年8月25日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:斉藤恒夫
花咲港 (1982年2月25日)
作詞:吉岡治/作曲:市川昭介/編曲:斉藤恒夫
越前岬 (1982年8月5日)
作詞:吉岡治/作曲:岸本健介/編曲:斉藤恒夫
酔わせて (1982年11月21日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:斉藤恒夫
雲海酒造「そば焼酎雲海」CMソング
おれとおまえ (1983年2月1日)
作詞:西沢爽/作曲:叶弦大/編曲:斉藤恒夫
盛り場渡し舟 (1983年5月21日)
作詞:荒木とよひさ/作曲:浜圭介/編曲:斉藤恒夫
遣らずの雨 (1983年9月21日)
作詞:山上路夫/作曲:三木たかし/編曲:高田弘
ふたりの春 (1984年2月1日)
作詞:いではく/作曲:遠藤実/編曲:斉藤恒夫
忍ぶ川 (1984年8月21日)
作詞:吉岡治/作曲:市川昭介/編曲:斉藤恒夫
男じゃないか (1985年2月21日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:池多孝春
忍路海岸わかれ雪 (1985年10月21日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:池多孝春
ふたりの絆 (1986年2月21日)、5周年記念曲
作詞:鳥井実/作曲:聖川湧/編曲:池多孝春
浪花灯り (1986年8月21日)、5周年記念曲
作詞:吉岡治/作曲:岸本健介/編曲:斉藤恒夫
瀬戸の恋歌 (1987年11月5日)
作詞:星野哲郎/作曲:岡千秋/編曲:斉藤恒夫
豊後水道 (1988年3月21日)
作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/編曲:
女泣き砂日本海 (1988年11月5日)
作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/編曲:川口真
月夜だね (1989年7月7日)
作詞:たきのえいじ/作曲:叶弦大/編曲:竜崎孝路
蛸焼き人生 (1990年1月21日)
作詞:瀬戸千秋/作曲:河島英五/編曲:小谷充
ぐい呑み酒 (1990年5月21日)
作詞:石本美由起/作曲:聖川湧/編曲:前田俊明
あんたの春 (1991年3月21日)、10周年記念曲
作詞:もず唱平/作曲:浜圭介/編曲:前田俊明
炎情歌 (1991年4月1日)、10周年記念曲
作詞:石本美由起/作曲:弦哲也/編曲:桜庭伸幸
夢追い女 (1992年2月21日)
作詞:石本美由起/作曲:聖川湧/編曲:前田俊明
月の砂漠 (1993年2月21日)
作詞:湯川れい子/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
昔のように港町 (1993年10月21日)
作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/編曲:馬飼野俊一
北山しぐれ (1995年1月21日)
作詞:水木かおる/作曲:岸本健介/編曲:前田俊明
ちょうちんの花 (1996年1月21日)、15周年記念曲
作詞:阿久悠/作曲:円広志/編曲:桜庭伸幸
恋歌ふたたび (1996年6月21日)、15周年記念曲
作詞:阿久悠/作曲:藤竜之介/編曲:若草恵
麗人麗歌 (1997年1月22日)
作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/編曲:若草恵
二輪草 (1998年1月1日)
作詞:水木かおる/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
出荷枚数100万枚のヒット。
君影草 〜すずらん〜 (1999年4月21日)
作詞:水木かおる/作曲:弦哲也/編曲:南郷達也
なにわの女 (2000年1月21日)
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:南郷達也
出張物語 (2000年9月1日)
作詞:吉幾三/作曲:吉幾三/編曲:京建輔
吉幾三とのデュエットソング
春ふたり (2001年2月15日)、25周年記念曲
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
大河の流れ (2001年9月26日)、25周年記念曲
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
宵待しぐれ (2002年3月13日)
作詞:もず唱平/作曲:聖川湧/編曲:南郷達也
貴船の宿 (2002年8月21日)
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
おんなの一生 〜汗の花〜 (2003年5月8日)
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
おもろい女 (2004年2月25日)
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
母日和 (2004年5月26日)
作詞:阿久悠/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
うすゆき草 (2005年1月1日)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
歌ひとすじ (2006年1月1日)、30周年記念曲、30周年記念盤として初回限定3万枚ゴールドディスク仕様
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
灯籠流し (2006年7月1日)、30周年記念曲
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
金沢の雨 (2006年11月20日)、30周年記念曲
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
夫婦ちゃんりん (2007年11月19日)
作詞:かず翼/作曲:弦哲也/編曲:南郷達也
木曽川しぐれ (2008年8月27日)
作詞:水木れいじ/作曲:弦哲也/編曲:南郷達也
艶冶な気分 (2009年4月16日)
作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:若草恵
ふたり花 (2010年3月31日)DVD付(2010年5月26)
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
ふたり花 (2010年10月16日)
作詞:池田充男/作曲:都志見隆/編曲:若草恵
弦哲也とのデュエットソング
長崎の雨 (2011年1月1日)、35周年記念曲
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
花ぼうろ〜霧氷の宿〜 (2012年1月1日)、35周年記念曲
作詞:たかたかし/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
名場面 (2012年8月22日)
作詞:阿久悠/作曲:宇崎竜童/編曲:河村栄二
松平健とのデュエットソング
うたびと (2012年7月4日)、DVD付(2012年9月19日)
作詞:池田充男/作曲:都志見隆/編曲:若草恵
めおと桜 (2013年1月1日)、DVD付(2013年1月11日)
作詞:建石一/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
めおと桜 (2013年7月17日)
作詞:建石一/作曲:弦哲也/編曲:前田俊明
ニトリアキオ(似鳥昭雄)とのデュエットソング
恋する大阪 (2013年10月16日)、DVD付(2013年10月23日)
作詞:高田ひろお/作曲:聖川湧/編曲:丸山雅仁
水谷千重子(友近)とのデュエットソング
 祇園の女 (2014年1月1日)
作詞:高田ひろお/作曲:弦哲也

 歌唱の底に、どこか土俗的な感性を感じさせる歌唱である。来歴がよくわからないが、民謡・浪曲などの伝統芸能の影響や、浅草オペラの感じもある。この曲は、哀調をおびた心地良い調べがいい。川の流れに乗って、流れていくような。この時代に、すでにこの感覚があったとは。
 (  昭和3年)
 春の名残の さみだれに 旅路の色の 果てしころ 二人の愛は かわされて 二人の愛は 結ばれるーーー
(収集プロフィール)
東 一声(あずま いっせい、1886年(明治18年)4月9日 - 1950年(昭和25年)8月17日)大正時代から昭和初期にかけて活躍した、歌手、演歌師、活動弁士。京都府出身。
経歴
無声映画時代の帝国キネマ専属のアトラクション演歌師として活躍していた。大正時代に流行した書生節『春の名残り』のメロディを取った『ラインの流れ』とジャズ小唄『酒場の桜』を1928年(昭和3年)に、名古屋のアサヒレコード(ツル印レコード)で発売してヒットし、その後も続々と映画小唄やジャズ小唄を吹き込んだ。1930年代後半に引退をして、戦後は地元の京都で音楽教室を開いていた。1950年(昭和25年)に死去。享年64。
代表曲
『酒場の桜』(昭和3年、アサヒ(ツル印))
『ラインの流れ』(昭和3年、アサヒ(ツル印))
『アラビヤの唄』(昭和3年、アサヒ(ツル印))
『青空』(昭和3年、アサヒ(ツル印))
『ジャズが鳴る』(昭和3年、アサヒ(ツル印))
『ハンドバッグモダン』(昭和3年、アサヒ(ツル印))
『百パーセント』(昭和4年、アサヒ(ツル印))
『悩ましの胸』(昭和4年、アサヒ(ツル印))
『カフヱー行進曲』(昭和5年、ヒコーキ、東八重子の歌唱で、東一声は映画説明を行っている)

 小唄勝太郎で同じ曲を聴いてみると、笑い声はなく、崩した歌い方ではなく、美しい?歌い方である。もちろん、〆治のような、磊落さ楽しさはないが。どちらが正しい、ではなく、その人のキャラや時代の流行り、などがあるのだろう。
(収集プロフィール)
吉原 〆治(よしわら しめじ、18XX〜19XX)
*oitabonodori1 より
有明とは有明行灯の略で、夜通し灯し続ける行灯のことだそうです。この唄は存じておりましたが、〆治さんの笑い声入りは初めて聴きました。  
♪有明の、油のもとは菜種なり、蝶に焦がれて逢いに来る、アーぜひともぜひとも、元を質せば深い仲、死ぬる覚悟で来たわいな、アーぜひともぜひとも  ♪今朝も羽織の綻びを、わしに縫えとは気が知れぬ、アーぜひともぜひとも、嫌な私に縫わすより、好いたあの娘に頼まんせ、アーもっとももっともウフフフフフフフ  ♪一度は気休め二度は嘘、三度のよもやにひかされて、アーぜひともぜひとも、浮気男の癖として、女房にするとはちょっとの洒落かいな、アーまったくまったくウフフフフフ 3番は、「二上り新内」でお馴染みの文句ですね。 他に、♪乱れ髪して膝枕、やつれ姿を見るにつけ、可愛やわし故この苦労、男涙がほろほろと ♪雪はちらちら小夜嵐、表の格子をとんとんと、慈悲じゃ情じゃここ開けて、今宵逢わなきや凍え死に ♪あの時別れて今日までも、音信便りの無いにつけ、私が芸者の身でなくば、草の根分けても逢いに行く  等、いろいろな文句があります。
*nack500 より
菜の花に戯れる蝶、もとより深い仲の菜種油に灯をともす有明行灯、灯に入れば蝶は身を焦がし、死ぬる覚悟。激しい戀の路でしょうか。細部に演者毎、流行った時期毎に小異があるようです。はい、最近は〆治師匠のウフフフフがないと寂しいですし、ありますと相好を崩して思わず笑ってしまいます。〆治師匠の面目躍如ですね。
この盤のレーベルはかなり古いものです。下の方に篆書で「最新式写声機平円盤」と書いてあります。「蓄音機」という言葉ができる前のものとおもいます。そのころは「写声機」と言っていたのですね。
*古音盤発掘会 より
〆治師のレコードは、すべて旧吹込だと思っていたのだが、昭和に入ってからのレコードを見つけてしまった。
恐らく70歳近い頃の録音である。
初期の電気録音であるからしてあまり良い音では入っていないが、持ち前の美声(宝集家金之助もそうだが、年を取っても美声を保っている人間が希にいる)と、時折張り上げた大きな声によって音が破れている箇所がある事、それからお約束の笑い声【この盤では"ウフフフフフ"ではなく"ンハハハハハ"と笑っている】が入っている事から、あの〆治で間違いないと思われる。(※太陽レコードに吹込んでいる〆治は別人)
10年以上のブランクがあってからの吹込み、しかもトンボ印ニッポンレコード、実に興味深い。
吉原〆治(旧・〆壽)は、明治・大正時代のレコード文化黎明期に於いて、吉原で鍛えられた美声・声量共に格別に依って、吹き込みには重宝された。
*ふろあのブログ より
明治の出張録音盤時代から大正の中ごろまで、小唄・端唄の世界で絶大な人気を誇ったのが、東京・吉原の芸妓、吉原〆治だった。
明治38年頃のアメリカ・コロムビア時代は「〆壽」、レコードが国産化になった同42年の日米蓄音器商会時代以降は「〆治」とレーベルに表記されている。写真は日本蓄音器商会(日米蓄音器商会の後進)の「東京〆治レコード」の『ドンドン節』。〆治の顔写真が入っている。吹込み曲はざっと100曲。「猫じゃ猫じゃ」「かっぽれ」「ドンドン節」「推量節」「米山甚句」「茄子と南瓜」「磯節」「芝で生れて神田で育ち」等々・・・明治時代に流行した小唄・端唄のレコードが多い。アメリカ・コロムビア時代には、『大津絵』『詩入サノサ』などの俗曲のほか、『忠勇武談』のような福島安正中佐の単騎シベリア横断をテーマとした時事物もある。
艶っぽい声ではなく、愛嬌で聴かせる唄い手だ。
*無音の音声 より
御詠歌は 西国三十三ヶ所巡りのさいに お遍路さんたちが それを唱えて巡ったものである そのルーツは 聲明にあり 更には そうちんおう の梵唄 更に更に さーまう゛ぇーだ と しゃぶだびどや へと 辿る事が出来る あじあ の聲技法の根の一つから生まれている 聲技である。 新藤謙氏は 歌謡曲を うめき型 と 嘆き型 に分け うめき型には新内や浪花節 嘆き型には御詠歌や子守り歌 の遺伝子が継承されていると分析している。
私の祖母もよく御詠歌を歌っていた その節は今でも耳の奥に残っている。 山村豊子の御詠歌は素朴なもので素晴らしい いわゆる 俗曲のプロがやるものは 格式ばり タマ抜けなものが多いが これは 山村豊子のは生きた御詠歌に近い。 御詠歌の遺伝子は今でも残っているとは思うが少なくなっている事は事実・・・。
*ニッポニカより・俗曲
日本音楽の分類用語。1870年代(明治初期)の新造語で、時代によって定義は変わる。(1)明治時代 宮廷や寺社で行われた雅楽に対し、庶民の音楽を総括する用語であった。すなわち、義太夫(ぎだゆう)、端唄(はうた)、常磐津(ときわず)などの三味線音楽や箏曲(そうきょく)、あるいは各種の大道芸やはやり歌などの総称。しかし家元制度の確立や音楽観の変化により、俗曲の範囲はしだいに狭まっていく。人気のあった歌い手は、菖蒲(あやめ)和佐之助、立花家橘之助(きつのすけ)、徳永里朝(とくながりちょう)、西国坊明学(さいこくぼうめいがく)など寄席(よせ)の出演者である。(2)大正から昭和前期 はやり歌を中心とする巷間(こうかん)の音楽。寄席の音曲(おんぎょく)や花柳界から派生した歌、さらに俚謡(りよう)(いまの民謡)などのレコード歌謡を含む。名をあげた歌い手は、天中軒雲月(うんげつ)、豊年斎梅坊主(うめぼうず)、吉原〆治(しめじ)、山村豊子、志賀廼家淡海(しがのやたんかい)、柳家雪江ら。(3)昭和中期 ラジオの黄金時代であった1949年(昭和24)から5年間、ラジオ番組「俗曲の時間」は、端唄、うた沢、小唄、寄席の音曲などを取り上げたので、これら三味線小歌曲が俗曲だと誤解された。柳家三亀松(みきまつ)や西川たつが人気を集めたし、浅井丸留子(まるこ)は独特の曲を残した。(4)現代 定義があいまいであるばかりか、「俗曲」ということばすら一般的でなくなったが、次の6種を含んだ概念とみてよい。括弧内に代表的な曲を示すと、大道芸(深川、奴(やっこ)さん、かっぽれ)、門付(かどづけ)芸(法界節)、端唄以外のはやり歌(江戸から明治にかけて流行した大津絵、都々逸(どどいつ)、さのさ、東雲節(しののめぶし))、寄席の音曲(木更津甚句(きさらづじんく)、縁かいな、たぬき)、花柳界の歌(せつほんかいな、浅い川)、そのほか(角力(すもう)甚句、益田太郎冠者(ますだたろうかじゃ)の作品)。なお、「俗曲」の同意語に「俗謡」がある。これは民謡などの座敷唄化したものとみなして差し支えない。[倉田喜弘]

 8曲ばかり、聴いてみた。この時代の芸人のことはよく知らないが、山村の俗曲は、すぐに上手い歌い手だと感じた。命があれば、現在の歌謡曲も、見事に歌いこなしただろう。節回しは、現在の内海桂子の歌唱に、近い物を感じた。声は、内海よりもやや高音で、自由闊達だが。
(民謡 関の五本松)
(1)♪アー、関の五本松、ハどっこいしょ、一本切りゃ四本(しほん)、あとは切られぬ夫婦(みょうと)松、しょこほい、しょこいちりきやの、まつほい♪
(2)♪アー、表(おもて=思て)来たかや、ハどっこいしょ、裏から来たか、私ゃ裏から思て(おもて=表)来た、しょこほい、しょこいちりきやの、まつほい♪
(4)♪アー、花は色々、ハどっこいしょ、五色(ごしき)に咲けど、主(ぬし)に見返る花はない、しょこほい、しょこいちりきやの、まつほい♪
(収集プロフィール)
山村 豊子(やまむら とよこ、18XX〜19XX)
純日本的な俗曲や「流行唄 はやりうた」で大正末期から昭和最初期の人気大衆歌手。
*「なつめろダイアリー」より
昭和最初期の山村豊子さんキャッチフレーズが「日本一名声」、俗曲歌手では当時日本一の知名度だったようです。民謡『関の五本松』は山村さんの代表曲のひとつ。
(1)♪アー、関の五本松、ハどっこいしょ、一本切りゃ四本(しほん)、あとは切られぬ夫婦(みょうと)松、しょこほい、しょこいちりきやの、まつほい♪
(3)♪アー、帰ろ帰ろと、ハどっこいしょ、口には云えど、酔うたふりして膝枕 、しょこほい、しょこいちりきやの、まつほい♪
(5)♪アー、毎度毎度の御贔屓を受けて、オリエントレコードで御礼申す、しょこほい、しょこいちりきやの、まつほい♪
この歌唱はニッポノホン(のちの日本コロムビア)大阪支社「オリエント」旧式録音発売。
*曲
大津絵
かっぽれ
詠歌
地蔵和讃
どんどん節
串本節
オヤオヤ節

 演歌師のイメージがあったが、箏曲家が本業という。現在の耳で聴くと、演歌師に特有の特異な声、に近いが。時代の雰囲気が、ダイレクトに伝わってくる、歌唱である。
 ゴールド眼鏡の ハイカラは 都の西の目白台 女子大学の女学生片手にバイロン・ゲーテの詩 口に唱える自然主義ーーー 
(収集プロフィール)
斉藤 松声(さいとう しょうせい、明治40年 8月1日〜平成3年 3月21日 (1991年))
茨城県生まれの、箏曲家(山田流・肩書松声会家元)
学歴東京盲学校師範部〔昭和2年〕卒,東京盲学校研究科〔昭和3年〕修了。
経歴
緑内障の治療をしながら6歳から箏曲修業。大正13年から東京盲学校で石井松清、初代萩岡松韻に箏曲、千布豊勢に三味線を学んだ。同年松声会を創立。昭和2年盲学校卒業、翌年研究科修了。5〜56年母校音楽科で後進指導、演奏、作曲を続けた。歌曲作品に「野辺の春」「滝」「水のゆくえ」「大海原」「日本の庭」「平和のひびき」「四季の声」、器楽曲に「蟻舞曲」「さざ波」などがある。
所属団体・松声会,日本三曲協会,山田流箏曲協会
受賞・勲五等瑞宝章
*薔薇の歌 〜齋藤松聲〜
作詞 神長瞭月  曲  リパブリック賛歌
*なるほど節   
*ハイカラ節(神長瞭月 作詞・作曲)
ウグイスレコード 690
ピアノ 松澤蛙聲 ヴァイオリン 宮島郁芳
一番原曲に近いレコードと思われます
演歌師によって口伝えにて、歌い次がれたもので、歌詞の追加・地方バージョン多数存在し­ています、この当時は大学はなく、高女といっていました(東大は1高でした)


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