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学校で習う前から、自然と耳に入って覚えている歌。いまでも多くの日本人が、そのパターンを踏襲しているだろう。伝統行事を、童謡にしてみた、といっていいのだろうか。生まれる14年も前のことだから、判らない。河村氏の童謡を、はじめ私は、自然発生的なものに依拠している、と思っていた。けれど、精査してみると、まったく違って、精緻な音楽理論に基づいていることに気づいた。このため、ほかの多くの有名な童謡と異なって、適度な明るさと楽しさがあるのだろう。 |
無題
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裕次郎の声は、男の声として、深くとても魅力的な、稀な例だろう。その声で、哀愁に迫り、悲恋を歌い上げ、またムーディーを醸し、やさぐれたアウトロー的な情景も歌い上げた。正統的な意味でいったら、とても美声とは言えないのだが。戦前の価値観が終戦によって、広大な社会学的な化学変化を起こして、多様で幅広い魅力を、正当化したのだろうか。この曲の主人公は、マドロスなのだろうか、それともこの港町で何かの仕事をしている人なのだろうか?その辺はよく判らないが、ともかく思う人が、何処かに去ってしまい、痛切に再会を望んでいる。その光景が、裕次郎のハスキーで魅力的な声によって、洒落た深い物語になっている。 |
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ザ・キングトーンズといえば何と言っても、1968年の「グッド・ナイト・ベイビー」だけれど。3年後に出た、この曲のファンも多い。特に、 不幸色した ランプゆれて、のフレーズが印象的。私も、はじめこの曲は、外国曲の翻案(リメーク)だとばかり思っていた。すべて日本人のオリジナル、というので驚いた。それほど高水準なレベルの曲、ということだろう。描かれている物語よりも、曲自体の、救いの無い暗さが、歌の世界を深めている。 |
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デンバーの歌唱には、野太さと土着的な味わいがあり、オリビアの歌唱には、素直でスマートな明るさがある。聴き比べると、この曲への思いが深まるようだ。日本語の歌詞は、素朴な移行する感覚が、郷愁と鬩ぎあうような。また、青空と、広大な大地が見えてくるようなポジティブな志向がいい。 |

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この曲の前後7、8年が、フォークのピークだったろうか。たくさんの名曲が生まれた。また演歌・歌謡曲も盛んで、こちらも多くの名曲が生まれていた。まあ、音楽全般にとってよき時代だったのかも知れない。その中で、面白い登場の仕方で、このグループは出て来た。この時代の歌手(グループ等を含む。ジャンルを問わず。)のほぼすべては、芸能プロとマスメディアの意向によって、イメージや路線を作られ、手厚いサポートを受けたり、意に背けば反対にズタズタにされた。成功したフォークの歌手たちは、これらからすこし逃れているように私たちには見えて(振る舞って)いたが、デビュー後2、3年の内に、ほとんどが業界のルールに捕縛されていった。ザ・フォーク・クルセダーズは、そのなかで稀な、業界の手の出し憎い存在だった。これは初め、各人がこの業界に、あまり執着をもっていなかったことが、大きな理由ではないだろうか。 |


