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丘の上の高級ホテルの玄関口に、一台の車が停まった。
若くて身なりのよい男性が運転席から降りると、車の前を横切って助手席のドアを開けた。
美しい女性が降りる。
「ぼくは地下の駐車場に車を置いてくるから、レストランの予約席に先に行ってておくれ。」
「ええ、待っているわ。」
ところが、いくら待っても男性は姿を現さない。
レストランの予約席に一人ぽつんと座った彼女は、時計を見て首をかしげ、それからレストランを出て地下の駐車場に向った。
彼女が駐車場でパートナーの車を探していると、一台の車が発進して彼女の身体すれすれに通り過ぎた。
「おい、危ないところだったぞ。酷い運転だなぁ。あの女の人をもう少しで轢くところだった。」
と、助手席の初老の男が言った。
「ええっ? 何をいってるんだい? 誰もいなかったじゃないか。」
「女の人がいただろう、お前の側に。」
「目の錯覚じゃないの? 最近かすんできたって言ってたし。」
レストランのラストオーダーの時間に、二人のウエイターが小声で話した。
「毎月この日には一人でお見えになっていたあの予約席のおかしなお客さん、今夜はとうとう姿をあらわさなかったね。いつも見えない相手と会話を楽しんでいた様子だったのだけど、少し怖かった。」
「そうだね。奥さんが亡くなってからは、月命日には必ず来ていたんだけどね。この思い出のレストランで2人分の食事を並べて思い出に浸りきって・・・。でも、どうしたんだろうね。」
「あ、あったわ。」
ドアも開けずにスルリと助手席に座った彼女の目に映ったのは、運転席にうな垂れている男性の胸のあたりからお腹まで真っ赤に染める血。
「ああ、あの昔の知り合いとかにとうとうやられちゃったのね。じゅあ、あなたはもう、用済みだわ。」
女性の姿はみるみるうちに運転席の男性とそっくりに変貌した。
「この姿で、あなたの昔の知り合いとやらに取り付いてくるわね。あなたの死後の魂が復讐に現れたと思って、きっと驚くわね。私・・・じゃなかった、もうボクだった。ボクは死んだ人間に化けて、死後の魂を人間に信じさせるのが役目だからね。悪霊の世界でもかなりのやり手だから、あいつをびびらせてみせるよ。」
胸元を赤く染めた男性が、夜の街にゆらゆらと出て行った。
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