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「キコエル様のお側にいるだけで、普通の人間である我々にも、ほかの人の心の声が聞こえるようになるのです。」 茶髪の女性が言った。 田中は、どこかでそんな話を聞いたことがあったのを思い出し、不思議とも思わずにうなずいてみせる。 「これは外から聞こえる実音を遮断するための耳栓です。」 女性は田中の耳に、小さな綿の塊を装着した。 それで外側からの音が聞こえなくなり、ミエルキコエル様の能力の一部を感じ取りやすくなるということらしいと、漠然と了解した田中は、自分の耳を覗く若い女性の息遣いに気をとられている。 女性に牽引される牛のように、田中と田中の友人二人は噂の霊能者の部屋へと立った。 ミエルキコエル様はごくごく普通の中年男性の場合もあれば、若い女性の場合もある。集団ストーカーが用意した人物、それがミエルキコエル様なのだ。 (なんだ、普通のオジンじゃねえか。) 「なんだ、普通のオジンじゃねえか、と思いましたね。」 田中は驚いたが、(マグレカモ。シラをきってやろう。)と、思い直した。 「マグレカモ。シラをきってやろう、と思いましたね。いいですよ。あなたの考えはすべて読めますから、どんなことでも考えて御覧なさい。」 '(今のもマグレだろう。誰でも同じ反応をするに違いない。じゃあ、今日の昼食のメニューは誰かに見られていたかも知れないから、そうだ、夕食になにを食べるか考えてみるか。」 「夕食のメニューを考えるのですね。昼食は誰かに見られていたかもしれないから。誰でも同じ反応をすると思って、マグレだという考えから離れることができないのですか。」 田中はますます驚いたが、自分のほうから「では今はなにを考えたかわかりますか?」などと言っては面白がり、彼らの思う壺にはまってゆく。 田中の耳に装着した耳栓は、綿でくるまれた小型スピーカーと脳から流れる電流をパソコンに送るマイクロチップ。パソコンで言語化された田中の思考を音声化して、キコエル様の内耳に装着したスピーカーに送る。 それで偽者のエスパーの出来上がり。 田中の耳に『so-kaのクズどもが、集団ストーカーなんて卑怯な真似はやめてよね。』と、苦々しくののしる女の声が聞こえた。 顔色を変える田中。 「驚くのも無理はありません。その声は、あなたの入信しているso-kaを批判しているブッテキの声です。」と、キコエル様が眉根を曇らせる。 「私が懲らしめてやります。」と田中は胸を張った。 田中は耳栓を返した後、ふと呟いた。 「あれ?・・・何か聞こえる・・・『この馬鹿、本当に信じていやがる。機械に弱いやつは騙しやすいから楽勝楽勝・・・それにしても臭いな、コイツ。2度と会いたくないもんだ。』・・・って・・・あんたの心の声か。騙すとはどういう意味だ。機械に弱いやつは騙されやすいから楽勝楽勝って、キコエルというのはウソなのか。」 田中はキコエル様に詰め寄った。 「キコエル様になにするんですかっ。(このゴキブリが・・・。)」 「ゴキブリだって? ヒドイな、あんた。綺麗な顔をしているのに。俺のことをそんなふうに思っていたのか。」 驚いた目で田中を見る若い女性の目に嫌悪感が走る。 (私の心を読んだ。コイツ、本物のテレパスなの?) 「違う、おれはテレパスなんかじゃない。何かの間違いだ。というか、キコエル様の威力がまだ俺に残っているんだろう。それとも本当に、キコエル様は偽者なのか。騙したのか。」 田中の形相に女性は悲鳴を上げ、田中は友人たちに取り押さえられた。 田中は座敷牢で耳を塞いでもがき苦しんでいた。いくら痛み止めを飲んでも効かない。それどころか、今では町中の人の禍々しい声が渦巻く轟音のように聞こえるのだ。 とうとう田中は狂い始めた。 「俺が本物のキコエル様だ。あはははは・・・・。」 屋敷の内で、ばたばたと倒れてゆく人たち。
「禍々しい声が・・・キコエル〜。」と叫びながら。 |
★怖い短編小説
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