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エホバよ、あなたの道筋を私に知らせてください。あなたの道筋を私に教えてください。 あなたのみ言葉は私の足のともし火。私の通り道の光です。
詩篇25:4&119:105
お誕生日さんへ上の2つの言葉は、私に聖書を教えてくれたエホバの証人からいただいた聖句です。 その頃、私は苦しみの中から神がいるのかいないのかを知りたいと思って、聖書研究に臨んでいました。ですから『道筋を知らせてください。』と祈ることはふさわしいことでした。 はっ・・・!! 何で今は祈らないのかしら・・・。 今でも必要なのに。そして確かに、通り道のともし火のように、私の人生の行路を灯す光としなければならないのに。 お誕生日さんに何かを伝えようとすると、いつも自分の勉強になります。 それだけ私が未熟者ってことですかね。うんうん。 エホバのお名前は『ならせる』という意味があるのですって。 聖書には『私は自分がなるところのものとなる。』と書かれています。(出エジプト記) エホバの証人の資料では、民を導くためにあらゆるものになるということも書かれていました。 子供を育てる母親は、こどもが病気になると看護したり、毎日料理をつくったり、お洗濯やさんになったり掃除婦になったり、宿題を見てあげる家庭教師の役も演じたりするけれど、きっとエホバも人間を導くためにいろいろな方法を用いるということなのでしょうね。できないことはない、ということなのかも。 最初にこれを学んだときは精神的な暗闇の中で「ほんとかよ。」と思った私でしたが、今は素直に凄いと思う。 でも、どんなものにもなれる神がともし火のような教えで導いてくださるとしても、従うのは不完全な自分なので、いつも首尾よくいくとは限りません。 特に私は頑ななところがあるので。今でも失敗ばかりです。 こんな私を見捨てずにいてくださるのは、エホバ神が忍耐強いからなのね。 これから先、いろいろな場面で、ふさわしく祈り求めることができればいいなあ。
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2008年10月03日
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わたしはその者に明けの星を与える。 耳のある者は霊が諸会衆に述べることを聞きなさい』。 もちろん、ここで耳のある者はと言われているのは、心の耳です。
心の耳で聞くことのできる者は聞きなさいということです。 なにを聞くか。 霊が諸会衆に述べる言葉を。 それは、聖書に書いてあります。 |

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その者は鉄の杖で民を牧し、彼らは粘土の器のように打ち砕かれるであろう。それは、わたしが自分の父から受けたのと同様であり、 イエスが天の父エホバから受けた権威と同じ。
民を牧する。 |




