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トップに立つ者がなんとかしてくれると思うのは蒙昧。
巧みな指導者がいないと民は倒れる。しかし、助言者の多いところには救いがある。 箴言 11:14 指導者にもいろいろあって、しかも不完全は人間。すべてのことをわきまえているわけではない。聖書は、指導者にも多くの助言者が必要であることを教える。政治の世界でも同じよね。無能な独裁者の下では民は倒れるとか・・・。 |
迷信と蒙昧からの脱出
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犯罪行為を行わなければ滅びる心配はないという迷信。聖書は役に立たないというのは蒙昧。
「エホバの道はとがめのない者のためのとりで。滅びは有害なことを習わしにする者達のためのもの。」聖書・箴言 10:29 集団ストーカー被害者にとっては、慰めになる聖句です。神からの手紙・聖書を読んで、全部は理解できなくても、自分を守る方法を学び続け・・・(( ここで外から嘲るような高笑いが・・・よく聞こえる声。もしかすると集団ストーカーが『聖書を学んでも、何も自分を守れていないではないか。』と嘲笑っているような・・・これは妄想かしら? それとも的を得ている? ))・・・街に溢れている有害な習わしや有害なことを楽しむ人間たちとの交友を断ち切ることで、神のとりでに逃げ込んでいることになると信じています。理解が深まり、生活に適用せきるようになればなるほど、とりでも頑丈になり、奥深くに逃げ込むことができると。 マラキ書の最終章の1節には、炉のように燃える日がやってくることが記されていますが、それって、まさか温暖化のこと?・・・。 あざけりの高笑いが外から聞こえた夜。 |
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'戒めは誰に与えてもその人を良くするという迷信。'矯正は役に立つと思う蒙昧。 「あざける者に矯正を施している者は自分の身に不名誉を得ており、邪悪な者に戒めを与えている者はー自分に欠陥を。あざける者を戒めてはならない。その者があなたを憎むようにならないためである。賢い人に戒めを与えよ。そうすれば、彼はあなたを愛するであろう。聖書・箴言 9:8,9
戒めや矯正は、それを受け入れられる賢い人を見極めて与える必要があったのね。相手のことを考えて与える戒めのために、逆恨みされて憎まれたら怖い。特に、私のように神の教えを当てはめる点でレベルの低い人間は、誰かに戒めを与えるのは得意ではない。誰かを戒める前に、自分が出来ているかどうかを考えてしまうもの。と、言うか、出来ていないですから。 これが伝道なら、違うの。すべての点で完全に神の教えをマスターできるようになるまでの時間は、人間にはないのだから、不完全なままでも伝道するの。自分の考えを教えるわけではないからね。神の言葉を届ける郵便配達人と同じですものね。 聖書と聞くだけで、戒められると思い込んで逃げる人がいるけれど、聖書は確かに多くの戒めも書かれているから、読んでもいないのに察知して遠のくのは、ある意味勘が鋭い。でも、『戒めは賢い人に与えよ』と書かれているとおり、あなたが賢いなら、聖書の戒めを感謝して受けいれることができるはず。 私自身は感謝して受け入れるのは難しかったけど、今は感謝できるようになりましたよ。少しは賢くなったかな? |
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「しかし、私を得そこなう者は、自分の魂に対して暴虐を行っているのである。私を激しく憎む者はすべて死を愛する者なのである。」 箴言 8:36 ここで『私』と言っているのは、エホバ神。エホバ神への信仰と祝福を得そこなわないようにしたいですね。 今、不完全な知識のままでエホバを憎んでも、神はあなたに手を差し伸べ続けると思う。最後の日が来るまで。
だって、 エホバは慈しみと憐れみに富み、怒ることに遅く、愛ある親切の大いなる方。 (詩編145:8) だからです。決して、神を憎む者にならないでね。 |

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英雄、色を好むという蒙昧。 「女はその豊かな説得力によって彼をまどわした。滑らかな唇によって彼をたぶらかす。彼女が打ち倒して殺した者は多くを数え、彼女によって殺されてゆくすべてのものはおびただしい数に上るからである。」 箴言6:21,26 オンナのために身を滅ぼした人は多い。娼婦だろうがポン引きだろうが、どんなに口のうまい相手でもそれにたぶらかされてはいけないということね。裏があるかもしれないから、気をつけましょうね。 心も目も耳も、神の側へと開放されていくように・・・ |



