昭和の歴史B級研究所

都会の片隅に残る廃線跡や分校、懐かしい昭和の時代をもう一度訪ねてみませんか。

全体表示

[ リスト ]

 
 房総半島の山間部、大多喜町に残る廃校、旧老川小学校 会所分校を訪ねました。
市原から車で外房方面に1時間半ほど走ると、紅葉と渓谷美で有名な養老渓谷に着きます。今回はここから粟又の滝に向かって山間の道を進みます。その粟又の滝入口を通り過ぎさらに、勝浦方面に20分ほど走ると、小さな集落が見えてきました。
 
イメージ 1
 
集落の先を右に曲がり、数百メートル進むと、森林の中に赤い屋根の小さな校舎と校庭が見えてきます。
会所分校は、明治22年に設置された老川小学校の分校として、昭和22年に開校した山の分校です。戦後、地域の学び舎として、多くの子どもたちを育んできましたが、児童数の減少で、平成13年3月に廃校となりました。
 
イメージ 2
 
廃校後は地域の方の運営で、蕎麦と農産物の店に転用されていました。廊下や教室内の掲示物などが、当時の姿で残されています。
 
イメージ 3
 
木造平屋の校舎には、三つの教室がありました。低・中・高学年の3クラス、それぞれが複式学級として一人の担任が教えていたようです。貼られた「学習のまとめ」などの掲示物から当時の学習の様子が分かりますね。
 
イメージ 4
 
  自然や郷土の学習も行われていたようです。小動物や昆虫など、豊かな自然に恵まれている分校です。
 
イメージ 5
 
 当時の時間割もそのまま掲示されていました。土曜日にも授業があった時代ですね。
 「つ」の印は何でしょうか?考えても分かりませんでした。
 
イメージ 6
 
 休日には地域の方が運営する蕎麦屋さん「樅の木庵」が営業中、教室内での食事が可能でした。
 
イメージ 7
 
イメージ 8
 
最後の在籍児童は11名。廃校後は車の送迎で本校へ通学することになったようです。子どもたちが去って10年、多くの廃校が解体されていく中で、地域の方々の努力により、分校が保存されているのは嬉しいですね。豊かな森林地域の中に残されている旧会所分校、新緑の美しい頃にもういちど訪れたい場所です。
 

この記事に

閉じる コメント(2)

顔アイコン

こんにちわ。本校の老川小学校も平成25年3月末にて閉校しました。残念です。

2014/2/8(土) 午後 5:42 [ ata*a*nek*n ] 返信する

顔アイコン

ata・・さん
こんにちは。ご訪問&コメント有難うございます。
本校の老川小は、木造で温もりのある校舎で知られていましたね。
児童減少での閉校はとても残念ですが、思い出の校舎は分校と共にいつまでも残されていくと良いですね・・・

2014/2/8(土) 午後 7:55 息吹GTI 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事