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ドストエフスキー雑学
ドストエフスキー愛読者の独り言です

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2011・02・13
 職場の仲間に勝福寺跡の毘沙門堂を知っているかと尋ねて見ると、地元の人でも知らないという。当地に赴任して約5年余りになりますが、球磨地方には多くの古いお寺や、史跡があちこちに点在していることを知りました。田舎道を車を走らせていると、よく小さな案内版に出くわします。
 今日はあさぎり町深田に在る勝福寺跡毘沙門堂を見て帰ってきました。人吉から水上まで通う農道(信号がなく車も少なく快適な道路)を水上へ向かって走るとあさぎり町深田という処で、この勝福寺跡の標識を見る。道路からちょっと左にはずれた処に、人知れず佇んだこの毘沙門堂は近所の人たちで小奇麗に掃除されていた。千羽鶴のお供えは誰かが願をかけたものか。
 小さなお堂ですが、中に安置されている仏像を見て圧倒された。案内板によると、堂内の毘沙門天像は養和元年(1181)に平重盛菩提のために建立されたと伝えられる。クスノキ寄木造、彫眼の巨像です。地方作ですが、よく巨像をこなした平安末期の様式を伝えています。他に二つの金剛力士像、2体の毘沙門天像,持国天像、観音菩薩像、吉祥天像が安置されている。またその西方300mの雑木林にの中に、勝福寺ゆかりの数百墓に及ぶ石塔群が在る。
 この毘沙門天像はかっては真言宗の勝福寺の本尊として崇拝されていたが、明治3年に廃寺となり、その後は勝福寺本堂はとりこわされ、仁王門を改造して毘沙門堂として現在に至っている。安置されている8体の仏像は県指定の重要文化財となっている。
 
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