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2014・05・22
やっと、解熱傾向が出てきた。
1か月ほど前から自分の病気に関して当ブログにはもう書くまいと決めていたのだが、これが最後になればいい。
今回入院も、2週間の治療が終わり、1週間後に骨髄の回復が始まったら退院予定だった。ところが回復の兆しが出る前に急に悪寒とともに39.5度の高熱が出た。丁度、回復に向かう底(Hb7.5g/dl、血小板2万、成熟好中球500/ml)という状態の時の感染だったため主治医には大変心配をかけてしまった。4日間ほど高熱が続き、食事は食べれなくなった。点滴の内容、検査などから主治医が手遅れにならないよう最善の対応をしてくれたのがよくわかる。私は、いい医師(後輩)に恵まれた。
ここまで来たらあと1週間ぐらいで退院出来るかも知れない。
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病気
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昨日(0時を回ったので)夕方、主治医から退院の許可が出た。血液所見はまだ回復の兆しが出ていないが、今が底でこれ以上は下降しないだろうという判断だ。私もそう思う。
私の主治医は私の出身大学の後輩である。週3回の血液検査は必ず印刷してベッドサイドへ来てくれる。余計な話はしない。専門分野は違うけれども、かって私がそうであったように、彼にも私の顔色と検査データーで病状のすべてが解るのである。
3週間も入院していると、入院室が我が家のような錯覚に陥る。これは決していいことではない。
退院日の今日帰宅途中で、好物の豚骨スープラーメンを食べるのを楽しみにしている。
以下は、また行きたいバリ島の写真
2008/09/27 バリにて ホテルの裏で見つけたお墓?神殿? ヒンズー教。
小奇麗に清掃されており、お花でもささげたい気持ちになる。
2008/09/27 バリにて
2008/09/27 バリにて ホテルの中庭 南の国は花の色が鮮やかです。
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朝、レースのカーテンから暖かい光が差し込んでいる。朝食がすでに運ばれてきていた。昨夜遅くまで、郵便物の整理と調べもののために、就眠が午前3:00頃だった。あまり熟睡していたので、看護師さんも起こすのを遠慮したらしい。今日はいい天気だ。冬とは思えないほど暖かいのは空調暖房のせいだけではない。外の自然が春に向かって方向を切り替えているのだ。
忘れていたが、今日は選択メニュー日で、私はパン食を希望していた。
(当院では木、金の朝、昼が希望選択メニューとなる)
いつもは治療中は食欲不振になるので、粥(希望)と味噌汁、牛乳、サラダ、粥に入れる梅1〜2個(庵の梅を自分で漬けたもの)を食べている。
写真は今日配膳のパン食の朝食。
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今日、やっと4クール目の治療最終日を迎えた。昨日の血液検査で、白血球2000↓、血小板7万↓、血色素9.8g↓、総タンパク6.5g↓と低下していたが、腎機能異常なし、肝機能異常なし、電解質異常なし、であったので治療の経過は上々であったと思われる。これから骨髄機能が上向きに転じたことを確認して退院となるので、クリスマスーイヴ頃が退院日になりそうだ。
私は、自分の病気に運命的なものを感じることがある。というのは私の学位論文は妊娠マウスの胎盤組織から血液幹細胞を取り出し、致死量放射線照射マウスに移入して、脾臓にできた幹細胞のコロニーの分化を研究したものであった。昭和49年発表なので、今日治療法が確立されている骨髄移植、臍帯血輸血のさきがけとなったもの。
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