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写真を撮ってきました〜。日本野球発祥の碑です。
ここは、東京千代田区の神保町と江戸城一ツ橋の間にある「学士会館」の前です。
日本にベースボールが来たのは、明治5年(1872年)とされています。
日本野球の発達を知る前に、もう一度「ベースボール」とはどんなゲームなのか、原点から考えて見ましょう。
草野球では長打を放つと、ベンチから「ふたつ!」とか「みっつ!」「よっつ!」の声が飛びます。
ベンチは、ひと事ですから平気で無理な塁を指定します。
打った本人は「走る身になれ!」と心の中で叫びながら、必死で「ハアハア」走ります。
「みっつ」は3塁「よっつ」はホームか・・・ん?
「何故、ホームを4塁と言わないんだ?」等と考えながら走ったら、アウトになっちゃいますよ〜。
4塁は何故ホームなの?
バットはパドル(船をこぐオール)から来たと言われています。
ベースは、日本語で「塁」(とりで)と訳されている様に「基地」の意です。
現在、沖縄で普天間飛行場基地の名護市への移設問題が起きていますが、当時は飛行機が有りませんからベースボールのベースは「港の基地」のはずです。
つまり、攻撃側はバット(パドル)で大航海に出て、大海原の島々(ベース)を渡りながら、無事に戻ってくるゲームなのです。
すると「塁間は海」? この航海を邪魔する守備側は、サメか・・・?
守備側は航海の邪魔をする「サメ」と、考えて良いと思います。
打球でサメの注意をそらせて、次のベースに向かうのだと思います。
ベースは基地ですから、そこに居れば安全です。
しかし離れ小島から一人で、戻ってくるのは大変難しい。
そこで、次の打者がサメの気を逸らせて仲間を無事にホーム(家庭)に帰すのです。
これをホームイン(生還)といいます。良かったですね、無事に帰れて・・・。
チームメイトが大喜びしていますよ。
ベースボールは、離れ小島に取り残された仲間を無事にホーム(家庭)に返してあげるゲームだったのですね。
ですから打席に立つ時、チームメイトが離れ小島に取り残されていたら、なんとしてもホーム(家庭)に返してあげる事です。残塁は、仲間を見殺しにした事になりますよ〜。
ついに、ベースボールが日本に来ましたよ〜。
つづく
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すげ〜〜!!家庭にかえりた〜い!!見殺しはやだ〜!!
2006/4/20(木) 午後 0:52 [ ydb0396 ]
へえ〜ベースボールの歴史って意外と奥が深いんですね。守備は航海するサメとは面白い発想ですね。続きはどんな話になるのでしょうか、楽しみですね。
2006/4/20(木) 午後 4:36 [ - ]
学士会館の前ってこんなのあるんですか。あったような気もしますが。年中前を通っていたのに、今まで気にしてませんでした。
2006/4/21(金) 午前 1:41
この像は凄いですね!! 続きも早く読みたいです!!
2006/4/21(金) 午後 8:38
Home BaseはThird方向から来る走者から見れば家の形をしていますね♪
2006/4/22(土) 午後 11:45
日本の「野球」とアメリカの「ベースボール」はルールは同じですが全然、違う物だと思っています。写真のボールだと少し大きいから投げずらいですね。
2006/4/23(日) 午前 0:03 [ - ]
おひさです(^_^)/~ またまた面白い話ですね〜〜〜どっから仕入れるのか教えて欲しいです(笑)
2006/4/23(日) 午前 1:09 [ - ]