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出雲大社 60年に1度の「平成の大遷宮」
出雲国一宮で、旧社格は官幣大社。 近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社。 祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。 古来より「国中第一之霊神」として称えられ、その本殿は「天下無双之大廈」と評された。 縁結びの神様としても知られ、神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり神議が行われる(神在祭 旧暦10月11日〜17日)。 正式名称は「いずもおおやしろ」であるが、一般には「いずもたいしゃ」と読まれる。 日本神話によれば、大国主神が天津神に国譲りを行う際、その代償として、天孫が住むのと同じくらい大きな宮殿を建ててほしいと求め、造営されたのが出雲大社の始まり。 古代より杵築(きつき)大社と呼ばれていたが、明治4年に出雲大社と改称した。 延喜式神名帳には「出雲国出雲郡 杵築大社」と記載され、名神大社に列している。 名神大社(みょうじんたいしゃ) 古来より霊験が著しいとされる名神を祀る神社。 明治4年(1871年)に官幣大社に列格し、大正時代に勅祭社となった。 現在は神社本庁の別表神社となっている。 創建以来、天照大神の子の天穂日命を祖とする出雲国造家が祭祀を担ってきた。 大国主神は国譲りに応じる条件として「我が住処を、皇孫の住処の様に太く深い柱で、千木が空高くまで届く立派な宮を造っていただければ、そこに隠れておりましょう」と述べ、これに従って出雲の「多芸志(たぎし)の浜」に「天之御舎(あめのみあらか)」を造った。 『古事記』 高皇産霊尊は国譲りに応じた大己貴神に対して、「汝の住処となる「天日隅宮(あめのひすみのみや)」を、千尋もある縄を使い、柱を高く太く、板を厚く広くして造り、天穂日命をに祀らせよう」と述べた。 『日本書紀』 所造天下大神(=大国主神)の宮を奉る為、皇神らが集って宮を築いた。 『出雲国風土記』出雲郡杵築郷 神魂命が「天日栖宮(あめのひすみのみや)」を高天原の宮の尺度をもって、所造天下大神の宮として造れ」と述べた。 『出雲国風土記』楯縫郡 垂仁天皇の皇子本牟智和気(ほむちわけ)は生まれながらに唖であったが、占いによってそれは出雲の大神の祟りであることが分かり、曙立王と菟上王を連れて出雲に遣わして大神を拝ませると、本牟智和気はしゃべれるようになった。 奏上をうけた天皇は大変喜び、菟上王を再び出雲に遣わして、「神宮」を造らせた。 『古事記』 斉明天皇5年、出雲国造に命じて「神之宮」を修造させた。 『日本書紀』 伝承の内容や大社の呼び名は様々であるが、共通して言えることは、天津神(または天皇)の命によって、国津神である大国主神の宮が建てられたということ。 その創建が単なる在地の信仰によるものではなく、古代における国家的な事業として行われたものであることがうかがえる。 出雲大社の祭神は大国主大神であるが、寛文6年(1666年)毛利綱広が寄進した銅鳥居に刻まれた銘文には「素戔嗚尊者雲陽大社神也」とあり、この当時には祭神が素戔嗚尊とされていたとみられる。 本殿は東大寺大仏殿(当時の伝承によれば十五丈・45m)や平安京大極殿より巨大であったとされる。 平安時代に源為憲によって作られた「口遊」で数え歌に歌われている 『雲太、和二、京三。今案、雲太謂出雲国城築明神神殿。和二謂大和国東大寺大仏殿。京三謂大極殿、八省。』 「雲太、和二、京三=出雲太郎、大和次郎、京三郎」 出雲大社 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋 一生に1度見られるかどうかの行事が始まった。 出雲大社は日本誕生の頃で謎が多い。 だから想像も自由。 考えるだけでも面白い。 「守(しゅ)・破(は)・理(り)」と書く。 先人の伝統技を無条件で受け継ぐ「守」 先人の内容を理解した上で、違うと思われる内容を改良する「破」 そして、自分独自の新しい理論を作り上げる「理」 取りあえずは先人が何をしていたのか? 出雲大社をこの眼で確認をする事? 天津神と国津神って何だろう? 天津神とは新興勢力の渡来人か? 国津神とは「ネイティブ・ジャパン」か? 大国主神は国譲りに応じる? 戦わずに降伏をしたのか・・・? 古代史、特に「神話時代」は資料も少なく、推理をした者勝? 皆で考えれば、神話の世界が実話の世界に成るかも〜〜〜〜。 |
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まさに神秘的な行事ですね。
日本の神話は実にミステリアスで興味深く、日本人としてのアイデンティティーを強く意識します。
2008/4/22(火) 午後 6:39
aromanonnonさん。
神話時代は面白いと思います。
漠然と読んでしまえばバカバカしい話し。
実話の世界を寓話にしたと考えると・・・。
想像が限りなく広がりま〜〜〜す。
2008/4/23(水) 午前 8:03
面白いです。何と4月20は沖縄・宮古島のトライアスロン大会でアスリート達がゴールインした日でもあり、ゴールしなかった人も感動の清き1日であらっしゃいました。
出雲大社の伊佐浜海岸に来るウミヘビは宮古島から毎年5〜6月に渡ってくるそうです。繋がってるとかんがえると楽しいですね♪
2008/6/16(月) 午前 4:58 [ CLAM ]
CLAMさん。
宮古島からウミヘビが来る話は知りませんでした・・。
詳しく知りた〜〜〜い。
2008/6/17(火) 午前 0:17