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笑福亭鶴光 うぐいすだにミュージックホール 所要で「うぐいすだに」に行く事になった・・・。 電車で通過する事は何度か有ったのだが、下車するのは初めて〜。 そこで、若い頃の憧れ「うぐいすだにミュージックホール」を探す事を密かに計画していたので〜す。 山の手線「鶯谷」駅の周辺を昼食時間を利用してうろつく。 すぐに「ラブホ街」を見つける。 「モナちゃん」が出てくるかも知れないのであちこちの入り口を探していると〜、 怖いお兄さんに睨まれてしまった・・・。 逃げる様に「ラブホ街」を離れる。 すると〜。 な・な・なんと〜〜〜。 すぐそばに〜。 こんな所が有るではではないか〜。
子規と秋山の交遊を司馬遼太郎が描いたのが小説『坂の上の雲』が遂に「ドラマ化」される。
また、日本野球の発祥に貢献した人だが〜。 自身の幼名「升(のぼる)」にちなんで「野球(のぼーる)」という雅号を用いたこともあるが〜。 ベースボールを野球(やきゅう)と訳したのは中馬庚(ちゅうまん・かなえ)。 正岡子規 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%B2%A1%E5%AD%90%E8%A6%8F 入ろうと思ったら、12時〜13時まではお休み。 入り口の所に短冊に書かれた子規の句が貼ってあった。 ・・・そう言えば、街の角々にお札の様な物が貼ってあったなぁ。 中に入るのを諦めて、トボトボと歩いていると〜。 中年のおばちゃん達に呼び止められた。 「子規庵は何処ですか?」 教えてあげると、ちょっと驚いた様子。 ・・・やはり、ラブホの側に有るとは思っていなかったのだろう。 若い女性だったら信じて貰えなかったかも〜。 鶯谷周辺は、昔から文人達が多く住んでいた様ですが〜。 子供連れで探索するのは、お勧めできません・・・。 「うぐいすだにミュージックホール」はモデルになった店も無いの? 「うぐいすだに」は笑福亭鶴光がスケベな街にしただけ? |
ぶらりと、お散歩
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私もこの曲にだまされたひとりです。
元々ミュージックホールは在りません。昔聴いた話では、語呂が良かったので付けたそうです。
2009/2/4(水) 午前 9:41
bash'sさん。
「鶯谷」は閑静な文人の街だったようですね。
笑福亭鶴光の歌以来、雰囲気が変わって来た・・・。
2009/2/5(木) 午前 1:36
鶯谷ってラブホテルを除くと何も無い様な処だと思っていました。
仕事で上野へ行き歩道橋で線路を越えて鶯谷駅へ行くと、
路地に●●人らしい立ちんぼが数人いました。
よせば善いのに仕事仲間とわざわざ顔を観に行きましたが、
お金を払ってでも逃げ出したい位の年齢で、日本人なら年金を貰える位の年齢でした(笑)
2009/2/5(木) 午前 11:52 [ - ]
鶴光さんの「うぐいすだにミュージックホール」って、可朝さんの「嘆きのボイン」や寛平ちゃんの「開けチューリップ」 とおなじ路線のコミックソングでしたね。
あの頃の関西芸人は今よりアナーキーでシュールな芸風の人が多かった気がします。
2009/2/5(木) 午後 6:15
マリアーノさん。
若い頃、映画にもなったホームレスの老嬢「ヨコハマメリー」さんを伊勢崎町にわざわざ見に行った事があります。
白塗りの厚化粧にドレス姿で、総入れ歯だとかの噂がありました。
2度ほど、見かけましたが1995年の初冬に姿を消したそうです。
映画はまだ見ていませんので、機会があればゆっくり見たいと思っています・・・。
2009/2/6(金) 午前 3:25
アローマさん。
当時の関西芸人には迫力を感じましたね。
フォーク集会で騒然としていた新宿の西口で「笑福亭鶴瓶」がアフロヘアーで街角ライブの修行をしていたのを思い出しました・・・。
2009/2/6(金) 午前 3:41