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金日成の秘書に「金玉」と言う人が居るらしいけど・・・。 日清戦争以前の韓国状況が簡単に判りやすく説明されている。 朝鮮半島での維新は潰されてしまった。 福沢諭吉は悔しかったんだろうね・・・。 『脱亜論』日本の不幸は中国と朝鮮半島だ。 この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、 同じ古典を共有しているが、もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。 情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。 この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。 (中略) もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。 「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。 日本は、大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。 ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。 この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。 悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。 私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。 (明治18年(1885年)3月16日) 「従軍慰安婦」の命名者で捏造の発端となった本を書いた人 (恐らく、捏造が発覚した後に韓国の放送局に出演した時のものだと思う) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%B8%85%E6%B2%BB_(%E6%96%87%E7%AD%86%E5%AE%B6) 吉田 清治は福岡県(山口県とも)出身の元日本陸軍軍人であり作家。強制連行犠牲者遺骨祭祀送還協会の元会長。清治は筆名で、本名は吉田雄兎。 1947年、下関市議会議員選挙に日本共産党から立候補。 129票を獲得したが落選したという経歴を持つ。 1977年、『朝鮮人慰安婦と日本人』を新人物往来社から出版。 その中で、第二次世界大戦中に日本軍人が朝鮮の女性を強制連行し慰安婦にしたなどと証言。 1982年には第一次樺太朝鮮人裁判で朝鮮人の奴隷狩りを証言。 1983年、いわゆる従軍慰安婦問題の発端となった『私の戦争犯罪』を上梓した。 その後も朝日新聞・しんぶん赤旗などで自身の「戦争犯罪」の告白を展開。韓国にも赴き、講演と謝罪を繰り返した。このような告白、謝罪を行ったのは吉田のみであった為、当時、吉田は「勇気ある唯一人の告白者」とされていた。1989年8月14日、韓国済州島の地元紙『済州新聞』が取材結果をもとに「『私の戦争犯罪』は捏造」と報じた。 1992年3月には秦郁彦が、吉田の「慰安婦狩りを行った」という証言について済州島で現地調査を行ったが明確な裏付けは取れなかった。 当時を知る島民は「この島で人間狩りが起こったら大騒ぎになって誰でも知っているはずだが、そんな話は聞いたことすらない」との証言をした。 同書は韓国語訳され現地の『済州新聞』で住民の証言をもとに論評がなされているが、 「あり得ないこと」 「(このような作り話の本は)道徳性の欠如した本で、軽薄な金儲け主義的」と一蹴されている。 秦は、同記事の執筆者である許栄善と面談の折、 許から「何が目的でこんな作り話を書くんでしょうか」と聞かれ答えに窮したという。 秦は『正論』に調査結果を公表『昭和史の謎を追う』(文藝春秋1993年3月)に掲載し、菊池寛賞を受賞した。 韓国済州島の地元紙『済州新聞』が「捏造」と報じたのに・・・。
ちなみにA級戦犯と言う言葉だけど「東京裁判」の後、 日本人は「A級戦犯」の言葉は使わず「法務死」と言う事に国会で全会一致で決議されている。 事実を知っているお年寄りが亡くなってしまえばどうなる? 捏造を知っている我々も居なくなればどうなる? 捏造された資料だけが残る。 その資料を元にほとぼりが醒めた頃に「工作員」は、不死鳥の様に叫び出す。 その時、真実を知らない子供達や孫達は反論するのは大変。 感情論に訴えるから、鵜呑みにしてしまうだろう。 今でも、同調する人達が居るのだから・・・・。 おまけ 2009年8月24日、テレビ朝日『報道ステーション』にて閔妃の暗殺事件についての特集が組まれた。 この特集は、韓国のチョン・スウン監督が、2005年に制作したドキュメンタリー『110年ぶりの追跡 明成皇后殺害事件』を基に作られた。その内容は↓ 閔妃暗殺事件:114年目の氷解? http://www.youtube.com/v/L7HSfIApqpQ http://www.youtube.com/v/yJc56QWIIzw http://www.youtube.com/v/hknOXmjl8ic 上記の抜粋 李氏朝鮮というのは、清の属国であり「清王が皇帝」
その属国の朝鮮王は、皇帝と名乗るなんてことはできなかった。 高宗は、属国の“王”で、閔妃も“皇后”ではない。単に“王妃” 閔妃の殺害は、日清戦争終結、下関条約の年。 この時代、和服にたすき掛けで日本刀をぶら下げて、などという動きにくい服装で宮廷に殴り込みなど、誰が考えても不自然。 しかも報道は、閔妃殺害ではなく、明成皇后殺害事件と報じた。 なんだか明成皇后などと聞くと、立派な王妃のイメージがあるけれど、この“明成皇后”という名前は、閔妃の死後に贈られた“諡名(おくりな)”である。 いってみれば、戒名みたいなもので、もちろんその名を使ってはいけないということにはならないけれど、普通常識で考えても、亡くなった過去の人について、わざわざ戒名呼ぶ人はいない。 確かに「日清戦争」の後に韓国は清の属国を離れた。 (中国が朝鮮半島は中国の領土だと主張する理由がこの辺に有るらしい) ちなみに井沢元彦氏は、李氏朝鮮は中国の属国になる為に、国民の姓を1文字名に変えた。 バカな国民に識字率を高める為に「ハングル」を与えたと言っていた。 以下は出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋 明成皇后を題材とした角田房子の小説「閔妃暗殺―朝鮮王朝末期の国母」および韓国放送公社(KBS)のドラマ「明成皇后」などにより、一部史実とは異なったことが一般では信じられている部分もある。 2001年出版の韓国人金辰明著「皇太子拉致事件」でも暗殺事件が取り上げられている。 ここでは残虐非道な日本人が妃を「死姦」したと記述し、小説家角田房子(参考文献)から示された石塚英蔵報告書を根拠とする実話であるとしているが、詳細な資料検討の結果、フィクションであることが判明している。 2003年、従来は彼女のものとされていた肖像写真について、朝鮮王宮の女官を写したものではないかとする論説が発表され、彼女を名誉誹謗したとして罰金刑(罪名『死者に対する名誉毀損』)がソウル高等裁判所から作家金完燮に下されたりしたことは話題になった。 2005年9月2日、韓国人ジャーナリストの金完燮がその著作の中で歴史上の人物である閔妃のことを「朝鮮を滅ぼした亡国の元凶であり、西太后と肩を並べる人物」などと評論したことに対して、ソウル中央地裁から名誉毀損であるとして閔妃遺族らへそれぞれ1000万ウォンを支払うよう命じられる。 これでは歴史研究家は育たない。 議論にすらならない恐ろしい国家と言わざるを得ない。 ,
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