巨人・渡辺会長、ドラマ「運命の人」に怒プロ野球巨人の球団会長で、読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長(85)が、沖縄返還密約をめぐり元新聞記者が逮捕された実際の事件を下敷きにしたTBS系ドラマ「運命の人」に噛みついたことが7日、明らかになった。 渡辺氏は同日発売の週刊誌に手記を寄稿。 自身がモデルとみられる人物が《たかり記者として描かれている》とつづり、《極めて名誉を傷つけられた》と憤慨している。 渡辺氏が怒りのペンをふるったのは、7日発売の「サンデー毎日」。 「私はTBS『運命の人』に怒っている!」と題し、4ページにわたって猛抗議を展開している。 原作は1971年の沖縄返還協定の裏に存在した日米間の密約に絡むスキャンダルを舞台にした作家、山崎豊子氏(87)のベストセラー小説。 ドラマでは主人公の毎朝新聞記者を本木雅弘(46)が演じ、第4話まで放映されている。 「毎朝新聞」は毎日新聞を連想させ、登場人物も首相の「佐橋慶作」は佐藤栄作氏、与党幹事長の「田淵角造」は田中角栄氏−など実在の人物と重なる点も多い。 渡辺氏らしき人物は、主人公のライバルで読日新聞政治部記者の山部一雄として登場、俳優の大森南朋(39)が演じている。 山部は、政治家と仲良くなって情報を取る手法の記者として描かれている。 料亭で田淵角造と会食し頭を下げる場面に、渡辺氏は《私は、料亭はもとより私邸であっても、田中角さんに一度もサシで御馳走になったことはない》と全否定。 《さらに許し難い》のは、山部記者が自民党の旧大平派を連想させる「小平派」のゴルフコンペに参加する場面。 ここで山部記者は、議員から大金を受け取ったことを匂わす発言をするが、渡辺氏は《下等なたかり記者として描かれている》と不満をあらわにした。 怒りは本木演じる主人公、弓成亮太記者のモデルである西山氏にも向いた。 渡辺氏は西山氏との親交を明らかにしつつ、《小生が悪玉にされていることを知りながら、一回もワビの電話すらない》。 渡辺氏はドラマで田淵から山部がカネをもらったと想像させるシーンを見て、《完全に西山君に対する感情がぶち切れた》とまで言い切った。 TBS広報部は「(渡辺氏から)何も言ってきていないので、特にコメントすることはない」と話している。 サンケイスポーツ 最終更新:2月8日(水)13時10分 巨人・渡辺会長の反論が「サンデー毎日」に掲載された所がミソ。 何故、系列の「週刊紙」では無かったのか? 上記、拙ブの抜粋 沖縄が日本に返還された時、アメリカとの密約を暴露した。
しかし取材方法に問題が有ったとして1972年に毎日新聞政治部記者・西山太吉と外務省の女性事務官が逮捕された事件。 国会では旧社会党の「横路孝弘議員」が暴露し、当時東京地検検事の「佐藤道夫」が起訴状を書いた。 2人が起訴された為に、国民の注目は「密約問題」よりも取材方法の「男女関係スキャンダル」に集まってしまった・・・。 毎日新聞が経営不振に陥るほどの影響が出たため、他社も密約そのものの追及に及び腰になり、密約事件は尻すぼみに終わった。 この結果、毎日新聞は経営危機になり創価学会機関紙「聖教新聞」の印刷所。 東京放送(TBS)は新聞社系の安定株主がいない放送局になった。 『週刊新潮』は西山氏の責任を徹底して追及。 “政府に逆らうべきではない” この「教訓」を与えようとしたマスメディア関係者も数多く存在した。 「サンデー毎日」で渡辺会長の反論を読むと、当時「西山記者」の潔白を信じていた。 外務省の女性事務官の人間性も身辺から調査していた。 『運命の人』 山崎豊子による小説。 および、それを原作とするテレビドラマ。 『文藝春秋』にて2005年1月号から2009年2月号まで約5年間連載された後、2009年に単行本として全4巻で出版された。 2010年12月から2011年2月にかけて、文春文庫版が単行本と同様全4巻で刊行された。 取材と執筆に約8年を要した長編作品である。 第63回毎日出版文化賞(毎日新聞社主催)特別賞受賞(2009年)。 何故、小説が発表された時に抗議をしなかったのだろう。 テレビドラマは見ていないので、詳細は語れないが・・・。 最初から詳しく見たい人は↓ おまけ 『密約-外務省機密漏洩事件』2010年4月10日公開 映画予告編 22年ぶりに緊急上映決定! 映画『密約-外務省機密漏洩事件』予告編。 銀座シネパトス、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー! 原作:澤地久枝 監督:千野皓司 配給:アニープラネット 外務省の女性の立場から描かれている。 残念ながら、最後の方は消されて尻切れトンボ。 1 http://youtu.be/-M74ldFAfmk 2 http://youtu.be/Po3oJSVew0w 3 http://youtu.be/4iGHLKCtwM8 4 http://youtu.be/yF9f5RnjrF0 5 http://youtu.be/yjPwxAQJsJA 6 http://youtu.be/9c3fWNtLn1c 「佐藤道夫」氏が死去した時の拙ブ「政府は虚偽発言をしても良い」↓ http://blogs.yahoo.co.jp/w1919taka/50577228.html 2009/最終更新:7月16日12時41分配信 産経新聞 政府の説明責任については “虚偽の発言を繰り返しても誰一人責任を問われることは無い” という事実上の免責を許してしまった。 「佐藤道夫氏」はテレビ朝日の『スーパーモーニング』に出演し「言論の弾圧といっている世の中のインテリ、知識層、あるいはマスコミ関係者なんかにもね、ちょっと痛い目にあわせてやれ」という思いから、起訴状の文言を考えたと述べた。 「政府は虚偽発言をしても良い」事を正当化した人だと思う。 現政権は当時の自民党の悪い所だけを拡大して実行している。 元毎日新聞記者の敗訴確定「日米密約」には触れぬまま 2008/最終更新:9月2日16時59分配信 産経新聞 山崎豊子氏や司馬遼太郎氏の小説がいかに素晴らしくても「史実」とは微妙に違う。 佐藤栄作 総裁公選のすぐ後に当選者が病気退陣することとなり、惜敗していた次点の候補者がその後継者に選ばれるという過程は、奇しくも兄・岸信介の総理総裁の就任の仕方と同じとなった。 田中角栄はのちにこれについて、「たいていの代議士は、努力さえすれば大臣にはなることができる。だが、総理・総裁は、努力してもなれるものではない。やはり運命だ」と語っている。 また、1967年(昭和42年)12月11日、衆議院予算委員会の答弁に際し、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」のいわゆる非核三原則を表明した。 その一方で、1964年(昭和39年)10月16日に中国が初の核実験を成功させたことに危機感を覚え、直後の1965年(昭和40年)1月12日よりアメリカのホワイトハウスで行われた日米首脳会談において、当時のリンドン・ジョンソン大統領に対し、日本の核武装を否定した上で、日本が核攻撃を受けた場合には日米安保条約に基づいて核兵器で報復する、いわゆる「核の傘」の確約を求め、ジョンソンも「保障する」と応じたことが公開された外交文書から明らかとなっている。 また、翌13日のロバート・マクナマラ国防長官との会談では、「戦争になれば、アメリカが直ちに核による報復を行うことを期待している」と要請し、その場合は核兵器を搭載した洋上の米艦船を使用できないかと打診し、マクナマラも「何ら技術的な問題はない」と答えている。 就任翌年の1965年8月19日に那覇空港で「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」との声明を発し、沖縄返還に執念を燃やした。 1965年1月のジョンソン会談に向けて沖縄の勉強を始めたときには「沖縄の人は日本語を話すのか、それとも英語なのか」と側近に尋ねて呆れられたとの逸話も残るが、結果的に在任中に返還を実現させた。 4選直後の党大会において浜田幸一が「昨日まで我々は佐藤政権を支持してきた、しかし今日からは違う」と発言したことが語り草になっている。 ,
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週間読売ってありましたか?
2012/2/12(日) 午前 6:31 [ njw*k7*1 ]
大変失礼をしました。
読売ウイークリーに戻って。
2008年12月1日に発売された2008年12月14日号休刊していました。
2012/2/12(日) 午前 6:44