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パンダは欲しいけど?
日本の外交
[ hak*bi*11 ]
2013/1/27(日) 午後 8:43
[ saibankansi2813 ]
2013/1/17(木) 午後 2:17
平成24年衆議院議員選挙(さいたま第5区「未来の党」公認で立候補)
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平成24年12月16日執行 衆議院小選挙区選出議員選挙公報(第5区 さいたま市西区・北区・大宮区・中央区) 埼玉県選挙管理委員会
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「未来の党」 ふじしまとしひさ 藤島利久
「共産党は300小選挙区に候補者を乱立させ、多くの国民が望む脱原発票の結集を妨げ、多くの脱原発票の死に票を生む、自民党、原子力ムラの側面支援をしている。」
と、記載していながら!
「●・・・・・・品格のある外交を展開します。」と記載する品の無さ!!!
立法府に上がると言うモノ(藤島利久)が!!!
「国民審査で最高裁に罰×を!!」
と、憲法違反を強要する酷さ!!!
[ saibankansi2813 ]
2013/1/17(木) 午後 2:17
3:35)北詰淳司:いろいろあるのは判る、あなた、それ、政治家でしょ?あんたー。
(3:39)藤島利久:違いますよ!
(3:40)北詰淳司:だって、政治家を目指しているんでよ!それにあなた正義を訴えているのでしょ。
(3:44)藤島利久:そんなこと私は目指しているて言ってませんから。
(3:47)北詰淳司:だって政治団体、選挙もしているのでしょ。そうじゃなくて、あなた正義を訴えているんでしょ。
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事実。
2007 高知市長選挙に立候補/地元小学校の廃校に反対(落選)
2010 参議院高知選挙区に立候補/高知白バイ事件の解決を訴える(落選)
2011 高知県議選立候補/日本初の「脱原発」を掲げる(落選)
中国(中華人民共和国)【シリーズ11】後編
日本の近代史
[ usa*imi*dan** ]
2012/11/30(金) 午前 7:33
[ 孤高な大詰正大こと北詰淳司 ]
2012/11/1(木) 午後 6:23
> > 先ずは全裁判の速記が出来る人を特に歓迎します。
> やりますから大高正二に対する損害賠償請求の訴状を公開してくださいな
>
http://www.a-kitazume.com「アジアシステム開発とヒラノ産業との裁判で、裁判官を罷免請求したからか!」の
http://www.a-kitazume.com/0000-00-0009-02.htm#26peijiに!
先ずは大高正二の答弁書を掲載しました。
尚 裁判は平成24年11月22日 午前11:00 633号法廷で行なわれます。
傍聴もお願いします。
刑事告訴は東京地検から一審の千葉地検で遣ってくれと成っておりますので!
千葉地検・高検等へ再度提出する事に成ります。
虚偽告訴(刑法第172条)の共同正犯(刑法第60条)・教唆(刑法第61条)・偽証罪(刑法第169条)の為
当方の無罪が確定してから3年で、上記の殆どが、時効は5年の為です。
真珠湾攻撃から70年
日本の近代史
[ 底質汚染 ]
2012/10/24(水) 午前 6:50
タナット・コーマン(タイ王国の元副首相、元外相)の発言。
「先の大戦によって、世界のいたるところで植民地支配が打破されました。そしてこれはアジアにおいては日本が勇戦してくれたお陰です。アジアで、火の中からよみがえる不死鳥のように、多くの新しい独立国が姿を現しました。誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です。」
ククリット・プラモード元首相の発言。
「日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。こんにち東南アジア諸国民が、米・英・仏・オランダと対等に話が出来るのはいったい誰のお陰であるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあった為である。日本がアメリカの真珠湾軍港を攻撃した12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」
「指切り」は「脅迫」?
日本の伝統
[ 由美 ]
2012/10/6(土) 午前 10:51
北朝鮮から直航?
日本の外交
[ 中国韓国の原発リスク ]
2012/8/5(日) 午後 8:43
朝鮮半島は資源は豊かではなく、唯一活用できる資源は水でした。日韓合邦後、朝鮮総督府は大規模な水力発電を利用して総合的な国土開発に着手しています。
日本窒素肥料の大実業家、野口遵は昭和3年鴨緑江上流を堰きとめ内地にもなかった17万KWもの巨大な発電所を作っています。
さらにその2年後には20万KWの発電所を建設しました。
発電事業が軌道に乗ると野口は朝鮮窒素株式会社を設置し、電力を利用して空中窒素から硫安(硫酸アンモニウム)を作り、内地へ移出しました。続いて白頭山、豆満江、虚川江などにも次々と15万KWを確保する水力発電を設けています。
鴨緑江流域には義州、雲峰、水豊など7箇所にダムを建設し、巨大な湖を作ることで180万キロワットの出力が可能な大発電所を計画しました。
野口は引退のとき、資産の大部分である3000万円(現在の6000
億円)文部省の科学進行のためと朝鮮人子弟の教育のために寄付しています。
これらの電力は各家庭にも供給され、発電所やダムは北朝鮮の国章となっています。


