碑文で〜す
ベースボールを日本に伝えたのは、アメリカ人宣教師ホレース・ウィルソンで1872年(明治5年)
この地で、初めてベースボールを教えたとされています。
ここは当時、第一番中学で1871年〜1877年まで英語と数学を教えていました。
この頃、他のスポーツも次々と日本に入って来ました。
中でも団体スポーツを知らなかった日本人には、ベースボールは画期的な事だった様です。
団体競技ではサッカー等も入っていましたが、ピッチャーとバッターの対決が武士道に似ていたからベースボールが先に普及したとも言われています。
私見ですが、当時の日本人は現在の様に走れず、サッカー向きではなかったのだと思います。
手と足が左右交互に出るのでは無く、右手と右足が同時に出たと思うからです。
俗に言う「なんば歩き」です。
武士は刀を振り下ろす時、右手と右足を前に出して振り下ろします。
そうでないと、切り損なった時に自分の足を切ってしまします。
農民が鍬で畑を耕す時も同じです。
当時の日本人は、手を振って歩いたり、走ったりしなかったのです。常に手に何かを持っていないと走り難かったのです。手ぶらだと北朝鮮等の映像に、両手を上げて走る人達の光景を見た事があると思いますが、当時の日本人はあんな格好でないと走れなかったのです。
ホームランならともかく、ピッチャーゴロで1塁まで、こんな走り方をしたら、張り倒されますね・・・
逆に両手を挙げて、奇声を発しながら走った方が1塁手が驚いて、動揺してくれるかも・・・
日本人が現在の様に手足を交互に振るようになったのは、幕末に西洋式の兵隊の訓練を受けた人達からだと言われています。
ちなみに、日本に徴兵令が出たのが翌年の明治6年ですから、これ以前の日本人の多くが「なんば歩き」をしていたと思います。
又、バットの握り方も、日本人には両手に隙間を作る持ち方が自然でしたから、教える方も大変だったと思います。
しかし、大リーグで終身打率 3割6分7厘を残した「タイ・カップ」のバットの握りは、日本人握りでした。
もしかしたら、当時、無名の日本人スラッガーが居て、アメリカ人宣教師が帰国した後、こっそり日本のバッティングスタイルを教えたのかも知れません。
・・・だったら良いですね〜。
つづく
|