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2009年07月29日
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第91回全国高校野球選手権大会(8月8日から15日間・甲子園)の地方大会は28日、13大会で行われ、西東京大会では、5月に58歳で亡くなった歌手、忌野清志郎さんの母校でもある都日野が強豪・日大三に6−7で逆転負けを喫した。 都日野は春季大会優勝の日大三に真っ向勝負を挑み、初回に幸先良く2点を先制したが、三回に2点を失い同点に追いつかれる。 2−2の五回には日大三・関谷投手の暴投と7番・鈴木のスクイズで勝ち越しに成功。 六回には二死から連打などで満塁のチャンスを作り、5番・小林の右前打で2点を追加するなど一時は6−2と4点リードし、王者相手に勝利も見えた。 しかし、六回に3点を失い1点差にされると、七回は失策も絡み2点を失い、逆に1点のリードを許してしまった。 終盤に入り日大三を再三攻め立て、ランナーを得点圏まで進めるが、先発の関谷投手に要所を締められ得点できなかった。 同校出身で5月に急逝した忌野清志郎さんの名曲「雨上がりの夜空に」を応援歌に使用し、ここまで快進撃を続けてきたが悲願の初の決勝進出はならなかった。 日大三は終盤までリードを許し、苦しい展開だったが、ここまで4試合全てで2ケタ得点し5回コールドで勝ち上がってきた打線が爆発。 六回の無死満塁の好機に8番・関谷亮太投手がセンターの頭を越える走者一掃の二塁打で1点差に迫ると、七回には相手のエラーで同点に追いつくと6番・吉沢の三遊間を抜ける適時打で逆転に成功、そのまま逃げ切った。 日大三は2005年の第87大会以来4年ぶりの甲子園出場に王手をかけた。 最終更新:7月28日18時14分配信 サンケイスポーツ 勝てると思っていたのに〜、 負けちゃった・・・。 特に、清志郎さんの母校だったから「応援」していた訳でもないのだ・・・。 昔オラの息子が野球をやっていて、東京都のベスト16に勝ち進んだ。 息子の高校も万年1回戦敗退チームだったから、画期的な出来事だった。 そんなチームが神宮第2球場で試合が有ると言うので見に行った。 その時の対戦相手が「都立日野高校」だったのだ。 息子のチームが前半はリードをして、4番の主砲を外野フライに抑えていた。 又、息子のチームがヒットで1塁に出た。 「この試合は勝てるな」と思った。 その瞬間、捕手からの1塁牽制が〜。 見事に決まりタッチアウト。 この辺りから、試合の流れが変わってしまい、負けてしまった・・・。 「都立日野高校」が清志郎さんの母校だと知ったのは、暫くたってからの事だった。 高校野球は怖い。 子供達が「ほっと」気を抜いた瞬間、流れが変わってしまう。 1点をリードした9回裏の守り。 2アウトからのピッチャーゴロ。 誰もが試合が決まったと思った瞬間、悪送球で逆転負け。 こんな試合を何度も見た事がある。 子供達の世界では野球技術を超えた何かが有る。 ちなみに、この時の4番で捕手だったのが「横川雄介」 秋の「ドラフト」で巨人8位の指名を受けた。 「都立高校」から始めてのプロ野球選手「都立の星」となった。 2005年オフに戦力外通告を受け、同年12月に育成選手として再契約されたが、 2006年に再び戦力外通告を受け現役引退。 12球団合同トライアウトを受けるもどこからも声が掛からなかった。 2007年から阪神タイガースでブルペン捕手を務めているらしい。 1塁で牽制アウトになった選手は長野の独立リーグで、現在も活躍している・・・。 |
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