親父の一番長い日(川崎空襲)
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親父の人生を調べて行く中で、命がけの「一番長い日」だと思い、事実を検証しながら想像してみました。
川崎の大空襲を生き延びた「親父の物語」です。
| 親父の人生(28歳) 疎開 |
| 昭和20年4月15日 |
| 現在の「京浜急行」は、明治32年1月21日、六郷橋と川崎大師の間に初めて運転された2キロの単線で、大師電気鉄道という名前でした。 |
| それでも京都、名古屋に次いで日本で3番目、東日本では最初の電車だったのです。「地理教育鐵道唱歌」として明治33年の鉄道唱歌の4番に「梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の 大師河原は程ちかし 急げや電気の道すぐに」と歌われています。 |
| 大師線は京浜急行の枝葉の盲腸のように考えられがちですが、京浜急行の発祥は大師電気鉄道なのです。発祥地の碑が川崎大師駅前にあります。 |
| ちなみに、親父が住んでいた最寄りの「東門前駅」は、昭和19年6月1日に大師線が産業道路まで(1.3km)延長したと同時に開業したのです。それまでは、遠くに行く為には大師駅まで歩かなければなりませんでしたから非常に便利になっていました。 |
| 親父は、まず家財道具を松戸の妻の実家に運んで、電車で家に帰る。次に家族全員が電車で松戸に疎開する。幸い丁稚の時に引き慣れたリヤカーが1台ある。 |
| 川崎の東門前と松戸間は直線距離で約33キロ。道のりでは40キロは越える。歩くだけなら、普通の人で10時間。親父の足なら8時間位で楽に行けるが、家具を満載したリヤカーを引いてでは、そうは行かない。 |
| 食事や休憩時間を入れたら、いったい何時間かかるのだろう?考えると中々実行できないまま、疎開の日を1日延ばしにしていたのです。 |
| 実際に歩いて見ると歩行距離、約45キロ。マラソン選手なら3時間位の距離だが、単純に歩くだけで11時間も掛かる道程です。親父は、この距離を重いリヤカーを引いて、休みも入れて12時間位で行けると踏んだのです。 |
| 妻に少しずつ家財道具を整理させ、リヤカーに積みやすくしていました。 |
| これから始まる物語は親父の話を元に「親父の人生」の分岐点と思われる部分を構成したものです。 |
| 親父の一番長い日 |
| 昭和20年4月15日は日曜日だったので、親父は疎開先の妻の実家、松戸へ家財道具を運ぶ事に決めました。 |
| 前夜。 |
| 満天の星明かりを頼りに、親父は戦闘帽に国民服姿で、布団と簡単な食器だけを残して家財道具を小さなリヤカーに積み込んでいました。 |
| 養母の「トク」が絣のモンペ姿で家の中から、ふら付く足取りで小さな荷物を運び出して来るのを、手拭を「姉さんかぶり」にした久が受け取り親父と二人でリヤカーに動かない様に積んで行きました。 |
| 久が荷台のロープ掛けの手を休めて「また空襲が、あるのかしら・・・」ポツリと話しました。 |
| 親父はロープをしっかりとリヤカーに結びつけると「昨日飛んで行ったBさんは渋谷の方をやったらしい。何時来ても可笑しくないけど、東京が本格的に狙われたのが3月10日の陸軍記念日だったから、川崎は天長節かな・・・」自信ありげに答えました。すぐに満天の星空を見上げ、「明日は晴れるぞ!」自分に強く言い聞かせるように言いました。 |
| 「頑張ってくださいね・・・。途中空襲に合わないように祈ってます」久の言葉は、か細く聞こえました。 |
| 小さなリヤカーなので、少ない家財道具も山済みになっていました。親父はリヤカーの荷物を「ポン」と叩いて家の中に入っていきました。 |
| 玄関の上がりかまちに腰をおろして地下足袋を脱いでいると「トク」と「久」が手拭で服を叩きながら入って来ました。 |
| 「貯めておいた酒を出してくれ」 |
| 久は七輪に掛けてあった鉄瓶に除隊記念と書かれた徳利に酒を入れて燗をつけ、トクは台所で自分が漬けた白菜を切りました。 |
| 黒布が掛かった薄暗い電球の四畳半から親父は襖を開けて、隣の六畳間の様子を覗うと可愛い娘が二人、軽い寝息をたてて眠っていました。 |
| 久は燗が付いた酒とお椀に盛られた白菜付けを運んできました。卓袱台はリヤカーの荷台でしたから、酒もお椀も直接畳の上。 |
| 「お前たちの猪口も、持って来い」 |
| 久が台所へ立っていきました。 |
| 「母さ〜ん。何してるんだ?こっちに来て久し振りに飲もう」 |
| トクは泣いていました。久はすぐに判ったのですが何も言いませんでした。 |
| 久が猪口を二つ持って来ると、後からトクも入って来ました。親父は二つの猪口にも酒を注ぎながら、 |
| 「松戸に行くには東京を通るから、空襲に合えば今生の別れになるかも知れない・・・」親父は酒を一気に飲み干しました。 |
| 久が勺をしながら「縁起でもない事を言わないで下さい・・・」と言うとトクが口を開きました。 |
| 「すまないね・・・。私が長く歩けないばかりに・・・」言い終わるとトクは涙を浮かべながら酒を飲み干しました。 |
| 親父は椀に盛られた白菜を口の中に放り込むと、残った酒を湯のみ茶碗に次いで一気に飲み干し、無言で六畳間に入って行きました。トクも久も黙ったまま座り続けていました。 |
| 親父は暗い六畳の部屋に眠っている娘達の寝顔を暫く見詰めて、国民服のまま娘達の間に入り二人を抱きしめる様にして眠りに付きました。 |
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