どうなっちゃうの?日本の将来

県から土地の寄附を強要されている。すでに占有されて竹島状態・・・。

日本の訃報

[ リスト | 詳細 ]

訃報は聞きたくないが・・・。残念ながら人間は死ぬ事だけは確かなようです。

記事検索
検索

ギャグで約8分赤塚弔辞 タモリが明かす真相


 漫画家、赤塚不二夫さんの葬儀でタモリさんが読んだ弔辞は白紙だった。
  タモリさんが元フジテレビ・プロデューサーの横澤彪さん(70)に明かした。
 赤塚さんの葬儀は2008年8月7日に行われた。
  タモリさんの弔辞は、約8分に渡る長いものだったが、葬儀の映像などから手にした紙は白紙なのではないか、とインターネットで話題になり、朝日新聞などが「手にしていたのは白紙?」などと報じていた。
  タモリさんの所属事務所も「ご想像にお任せします」としていた。
 横澤さんによると、赤塚さんの葬儀後ほどなく、タモリさんと元仕事仲間の通夜で会った際、タモリさんに「白紙」問題の真相を質問した。タモリさんがいうには、手にした紙は白紙だった。最初は紙に書こうと思っていたが、酒を飲んで帰ったために面倒になり、「赤塚さんならギャグでいこう」と白紙で臨むことにした、という。

 タモリさんの弔辞は、「私もあなたの数多くの作品のひとつです」など思いのこもった内容だとして注目され、テレビのワイドショーや各紙が報じた。
  文字起こししたものを全文記載したスポーツ紙もあった。
 長い弔辞を白紙で読んだことがはっきりし、改めて「すごい」という声が挙がりそうだ。 

8月19日20時25分配信 J-CASTニュース




さすがだね・・・。



長い弔辞の全文は↓
赤塚不二夫氏死去
http://blogs.yahoo.co.jp/w1919taka/44467286.html












人気ブログランキング
現在のランクは?ここをクリック

赤塚不二夫氏死去

漫画家の赤塚不二夫氏死去 「おそ松くん」「天才バカボン」



イメージ 1

ありし日の赤塚不二夫さん

 「おそ松くん」「天才バカボン」などで知られる漫画家の赤塚不二夫(あかつか・ふじお、本名・藤雄=ふじお)さんが2日午後4時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。
  72歳だった。
  旧満州(現中国東北部)出身。
  自宅は東京都新宿区。
  葬儀・告別式などは未定。
 終戦で大陸から引き揚げ、奈良県で育つ。
  小学生時代に手塚治虫作品に感激し、漫画家を志した。
  中学を卒業して3年間、新潟市の看板店に勤めた後、昭和28年に上京。
  化学工場で働きながら、漫画雑誌への投稿を重ねた。
 31年、「嵐をこえて」でデビュー。
  東京都豊島区椎名町にあったアパート「トキワ荘」に転居し、石ノ森章太郎や藤子不二雄らと腕を磨いた。
  34年には“赤塚ギャグ”のはしりとなる「ナマちゃん」が好評に。
  37年には「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」が爆発的にヒット。
  続いて「天才バカボン」「もーれつア太郎」などのヒット作を連発し、“ギャグ漫画の王様”となった。
 ニャロメ、ウナギイヌ、レレレのおじさんなどのユニークなキャラクターを生み、「シェー」「ダヨーン」「これでいいのだ」などの流行語も数多く誕生させた。

 平成9年12月に自宅で吐血して入院、食道がんが判明。
  その後も急性硬膜下血腫や脳内出血で緊急手術を受け、14年以降は創作活動を休止していた。
 昭和40年に小学館漫画賞(おそ松くん)、47年に文芸春秋漫画賞(天才バカボンなど)を受賞。平成10年に紫綬褒章を受章。
  15年には東京都青梅市に「青梅赤塚不二夫会館」がオープンした。 

8月2日21時22分配信 産経新聞





「おそ松くん」から「天才バカボン」まで大変、楽しませて戴きました〜。
いつの間にか〜、
主人公より脇役の方が個性が有り面白くなってしまう。

良く考えたら〜、
主人公が登場しなかった方が多かった様な・・・。


だけど〜、
長期に渡って楽しかった〜。

オラのような少年が立派に成人出来たのも赤塚先生のお蔭だったと思いま〜す。

有難う御座いました〜。



謹んで、ご冥福をお祈りいたします・・・。


追伸

弔辞

 タモリは、手にしていた紙を何度も見ながら弔辞を読んでいたが、紙は白紙で、すべてアドリブだった可能性がある。
  7日夜放送のテレビ朝日「報道ステーション」では、弔辞の様子をVTRで伝え、映像から「手にした紙には何も書かれていないようにも見える」と指摘。
  インターネット上の掲示板でも話題となり「白紙なんだよね。すごいよタモさん」「あの長い弔辞を白紙で読んでるとかすげぇな」「読み上げるふり。ささげるギャグなのかな」などといった書き込みが相次いだ。
◆タモリ弔辞全文◆

 8月2日にあなたの訃報に接しました。
6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。
 われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。
あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。
10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。
 何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。
その時のことは今でもはっきり覚えています。
赤塚不二夫が来た。
あれが赤塚不二夫だ。
私を見ている。
この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。
自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。
 それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。
お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。
他のこともいろいろとあなたに学びました。
あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。 そして仕事に生かしております。
 赤塚先生は本当に優しい方です。
シャイな方です。
麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。
あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。
その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。
そのためにだまされたことも数々あります。
金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。
しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。
 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。
あなたは生活すべてがギャグでした。
たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。
あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
 あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。
それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。
この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。
すなわち、「これでいいのだ」と。
 今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。
軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。
どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。 最後になったのが京都五山の送り火です。
あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
 あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。
そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。
あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。
 私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。
それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。
あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。
しかし、今、お礼を言わさせていただきます。
赤塚先生、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
私もあなたの数多くの作品の1つです。
合掌。

 平成20年8月7日、森田一義

8月8日7時2分配信 スポーツニッポン









人気ブログランキング
現在のランクは?ここをクリック

石田文樹氏が死去

取手二高の優勝投手、石田文樹氏が死去 PLのKKコンビと激闘


イメージ 1

昭和59年の第66回全国高校野球選手権大会決勝・対PL学園戦で力投する取手ニ高・石田文樹投手(昭和59年8月21日)

 昭和59年、夏の甲子園で優勝した茨城・取手二高のエースで、元横浜投手の石田文樹(いしだ・ふみき)氏が15日、直腸がんのため死去した。
  41歳。
  通夜は17日午後7時、葬儀・告別式は18日午前10時、横浜市港北区菊名7の10の8、新横浜奉斎殿で。喪主は妻、寿美江(すみえ)さん。
 石田氏は取手二高のエースとして決勝で桑田、清原を擁する大阪・PL学園と対戦。
  延長の末に下し、同校と木内幸男監督に初の全国優勝をもたらした。
  その後、日本石油を経てドラフト5位で平成元年、大洋(現横浜)入り。
  通算1勝0敗。
  平成6年に引退後は打撃投手を務めていた。
  現役の途中から登録名を大也(ともや)に変更した。

7月15日17時51分配信 産経新聞




・・・つらいなぁ〜。
自分より年下の人間が先に死ぬのは・・・。

「親が死に、そして子が死に、孫が死に」

一族の間では、これが理想とされる句。
???季語が無いよな〜。
俳句じゃないのか?まぁ、良いか・・・。


昭和59年の夏の甲子園。
取手二高が優勝した時の事を、今でも覚えている・・・。

決勝で桑田真澄、清原和博のPL学園を延長10回の末、8-4で破って全国優勝。
この年は国体でも決勝でPL学園と対戦し、5-4で破って優勝している。


桑田は猛練習をして来たのに、何故負けたのだろう・・・。
取手二高は秘密の猛練習をしているに違いないと、大阪からこっそりと練習風景を見に行ったと言う。


桑田がそこで見た物とは〜〜〜。






単なる「不良の群れ」がじゃれ合いながら、練習をしている姿だった・・・。

桑田は愕然としたという。



この時の監督が新設された「常総学院」の監督になった木内幸男さん。
無名高を野球の名門校に育て挙げた。
4年前に引退をしたが、2007年に監督復帰した。


取手二高の時のサインが凄かった。
ブロックサインではないのだ。
両手で四角や丸を作って見やすい。
スクイズ・盗塁等を失敗して帰って来た選手に、叱りもせずニコニコしていた。

こりゃダメだ〜。

と、思っていたら「逆点」を繰り返しアレヨアレヨと言う間に優勝してしまった。


後に聞いた話しでは、
初戦の箕島戦を前に「勝ったら海に連れてってやる」と選手に言った。
大会期間中にも関わらず、翌日、本当に選手を須磨海水浴場へと連れていった。
翌日の練習では「海に入るだけで泳ぐなとあれほど言ったのに」と叱るっていたとか・・・。


この時のエース石田が大洋に入ったと知ったので、応援に行ったのだが・・・。


ご冥福をお祈り致します。















人気ブログランキング
現在のランクは?ここをクリック

神戸みゆきさん葬儀 しょこたん涙…


 18日に心不全のため死去した女優、神戸みゆき(本名・神戸=かんべ=美有紀)さん(享年24)の葬儀が21日、川崎市のこすもす川崎会館でしめやかに営まれた。
  親族や事務所関係者、親交の深かった歌手の中川翔子(23)ら約60人が参列し、最後の別れを惜しんだ。
 祭壇には、海を背景におさげ髪でほほえむ神戸さんの遺影が飾られ、その周りには生前撮影された二十数点ほどの写真が額に入れられ、置かれていた。
  どれも神戸さんの笑顔が印象的で参列者の涙を誘った。
  中川も友人の突然の死に放心状態といった表情で、しきりに涙をぬぐっていた。

 出棺前には神戸さんの父親が「こんなに多くの方々に見送られるなんて、本当に美有紀は幸せ者です…」と涙ながらにあいさつ。
  その後、神戸さんは、かわさき南部斎苑で荼毘に付された。
 神戸さんは、平成12年にミュージカル「美少女戦士セーラームーン」のオーディションで主役に選ばれ、芸能界入り。
  映画「バトル・ロワイアルII」、ドラマ「仮面ライダー響鬼」などで活躍した。
  昨年2月に舞台「レ・ミゼラブル」を体調不良で降板後、入退院を繰り返し、今月18日に帰らぬ人となった。

6月22日8時1分配信 サンケイスポーツ


女優の神戸みゆきさん。
本当は知らない・・・。

すいませ〜〜〜ん。


だけど「美少女戦士セーラームーン」は知っていた。


???

オタクだから、じゃな〜〜〜い!

いい年こいたオッサンが「少女マンガ」を呼んでいたのではな〜〜〜い。


偶然に見たTVですぐに「題名」を覚えたのだ。

何故に〜〜〜、覚えていたのか?





大きい声では言えないが〜、
「大変な事になった。これからの時代が大きく変わる」と思ったのだ。



閃いた時に「オラは天才か?」と思ったのだが〜〜〜。
他の人には言わなかった。
笑われるといけないから・・・。



何が変わると思ったのか?

現在の様に「オタク文化」が世界に発信されると思った訳ではない。
知っていたら大金持ちになれたかも知れないが〜。
想像も出来なかった・・・。


自分の事を躊躇無く「美少女戦士」と言っていたのに驚いたのだ。
???
『美少女仮面ポワトリン』だったか?

年を取ると記憶が曖昧だけど〜、
?・・・と言う事は、オラは天才では無かったのか?






彼女が登場するまで、
日本人は「自分で美少女だ」と思っていても、自分では絶対に言わなかった。
言うのはお笑いの世界だけ〜〜〜。


例えば
東大を主席で卒業した人が自分で「俺は東大をトップで卒業した」と言ったら?
「鼻にかけている」「いやみな奴だ」等の批判の方が多いはず。


日本人は自分の優れている所を自分では言わないのだ。
オラみたいに〜、あくまでも、おくゆかしく・・・。


「美少女戦士セーラームーン」の大ヒットは、
明治維新や戦後の「文化大革命」に匹敵する。
日本人の生態が大きく変化した「転換期」だった。

現在の事件や世相を見ていると確信にまで成っている。


旧石器時代から新石器時代に移行した時代同様に、
根本的な常識が大きく変化しているのだ。

旧石器日本人は「後期高齢者医療保険」や「年金問題」等で、間もなく死滅して行く・・・。
この間に数十年の時を必要とするが、宇宙の時間から見れば1秒にも満たない。


こうなったら〜〜〜。
子孫には「負の遺産」を残して挙げた方のが良いのかなぁ?


だけど・・・、自分より若い人が先に死ぬのは辛いね。

ご冥福をお祈り致します。












人気ブログランキング
現在のランクは?ここをクリック

川内康範

訃報 川内康範さん88歳=作詞家・作家


イメージ 1

川内康範さん=2006年2月11日撮影

 「おふくろさん」などのヒット曲を送り出し、テレビドラマ「月光仮面」の原作も手がけた作詞家・作家の川内康範(かわうち・こうはん)さんが6日午前4時50分、青森県八戸市内の病院で死去した。
  88歳。
  葬儀は近親者だけで行う。喪主は非公表。
 北海道生まれ。
  高等小学校卒業後、さまざまな職業を経験した。
  小説家の中河与一に師事し、作家活動を開始。
  小説のほか、数々の映画、テレビドラマの原作・脚本を書いた。
  特に「月光仮面」は大ヒット。
 テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」の監修も務めた。
 作詞家としても活躍し、松尾和子・和田弘とマヒナスターズの「誰よりも君を愛す」は日本レコード大賞を受賞。
  他にも、森進一さんの「おふくろさん」「花と蝶」、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」、城卓矢の「骨まで愛して」などの詞を書いた。
 また、戦没者の遺骨収集活動などに尽力。政治家と交友があり、政治評論も行った。
  84年のグリコ・森永事件では週刊誌上で「おれが1億2000万円出すから、もう手をひけ」と犯人に呼びかけたことも。
  昨年、森さんが「おふくろさん」に勝手にセリフをつけたとして“歌唱禁止”を通告し、話題になった。

◇思いはかなわず
 歌手の森進一さんの話 訃報に驚いています。
  「おふくろさん」のことについても、私の思いの至らなかった部分もあり、直接お目にかかって気持ちをお伝えしたいと先生にお願いしてまいりましたが、かなわないことになってしまいました。
  寂しく、残念でなりません。
  心からご冥福をお祈りいたします。  

最終更新:4月8日8時42分配信 毎日新聞




「コスプレ」には違和感が有るのだけれど・・・。
良く考えたら、子供の時に「月光仮面」のコスプレをしていた。
人間には変身願望があるのかなぁ・・・?



「まんが日本昔ばなし」も子供と一緒に見ていた。
知らない話も結構有って勉強になった。


ヒット曲もさわりの部分は歌える。


森進一の「おふくろさん」は作詞家をないがしろにした結果?
普通の「作詞家」だったら「金」の為に泣き寝入り?
「月光仮面」の様に自分の信念を貫いたと思う・・・。


ご冥福をお祈りいたします。









人気ブログランキング
現在のランクは?ここをクリック

.
w19*9t*ka
w19*9t*ka
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事