大相撲の二所ノ関一門は19日、東京都内で初場所後の日本相撲協会理事選に向けた対応を話し合い、貴乃花親方(元横綱)を支持する間垣親方(元横綱2代目若乃花)ら6人の親方が一門からの離脱を求められ、事実上「破門」された。 貴乃花親方を含め一挙に7人の親方が一門を離れるのは、大相撲では極めて異例の事態。 6人は会合を途中退席。 間垣親方らによると、初めに貴乃花支持者の処遇を採決し、離脱を求める親方が過半数だったという。 間垣親方は「情けない話だが致し方ない」として受け入れる姿勢を示した。 今後新たなグループをつくるかどうかなどは未定だが、角界の大勢力である同一門が分裂に向かう可能性もある。 離脱したのはほかに音羽山(元大関貴ノ浪)、阿武松(元関脇益荒雄)、大嶽(元関脇貴闘力)、常盤山(元小結隆三杉)、二子山(元十両大竜)の各親方。 二所一門はまた、現職の二所ノ関親方(元関脇金剛)と放駒親方(元大関魁傑)の理事選への擁立を決定。 立候補を希望していた鳴戸親方(元横綱隆の里)は出馬を見送った。 ただ、ほかに以前より多い候補者を立てる方針の一門があり、貴乃花親方の当落など選挙戦の行方はいぜん不透明な情勢にある。 二所一門は、票数に応じて3候補を擁立するのが通例だったが、今回は4人が立候補を希望。 調整がつかず、8日の会合で貴乃花親方が一門を離脱して無所属で立候補する意向を表明していた。 最終更新:1月19日20時11分配信 時事通信 立候補者を支持するだけで「破門」になってしまう社会なのね・・・。 民主党の執行部を批判したオラみたい。 「脅迫」「嫌がらせ」の波状攻撃だったからね。 貴乃花親方〜、頑張ってね〜。 |
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スペイン語で「自由な戦い」という意味らしい。 簡単に言えばメキシコプロレス。 しかし、オラ達のヒーロー「力道山」がやっていた「プロレス」とはチト、ルールが違う。 「リングを空にしない」 「お客さんを飽きさせない」 ファンザービスから生まれたルールだと思う。 昔、ミル・マスカラスの「空中殺法」には魅了された。 その後、メキシコで修行した日本人から「タイガーマスク」や「藤波辰爾」等が出たけど〜。 現在は 「グレートサスケ」の「みちのくプロレス」や「闘龍門」(ドラゴンゲート)がファンの間で認知されている・・・。 参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 日本のプロスポーツ界で、プロレスがイチバン進化しているのかも知れないなぁ・・・。 |
それまで順風満帆だった石川遼に、突然ピンチが訪れた。 打ち上げの12番パー4。 石川のティショットは左の林方向に飛ぶ。OBと聞いて、打ち直した2球目も1球目と同様に左のOBゾーンに消える。 再度、ティショットを打ち直したが、これもまた左へ。 しばし、その場で固まっていた石川だが、セーフと聞いてようやくゆっくりと歩き出した。 セカンド地点に辿り着いた石川は、ギャラリーを掻き分けて林の中へ入っていく。 スタッフが示した球の場所に行くと、「OB杭が見えないので」と前後に群がるカメラマンやスタッフを制し、自らの目で1球目、そして2球目のOBを確認する。 そして数秒後、「ドンマイ、ドンマイ」と、2発のOBを振り切るようにつぶやいて、フェアウェイへと戻っていった。 その瞬間、心配そうに石川の様子を見守っていたギャラリーからも口々に「ドンマイ!!ドンマイ!!」と声が掛かる。 「あの“ドンマイ”は、これ以上ない声援で、僕も客観的にそうだなって思えました」と、石川は声援を味方にこのピンチを切り抜ける。 パー4で「9」を叩いたが、次の13番パー3のティグラウンドでは、キャディの加藤君に「やっちゃったね」と笑いかける余裕があった。 一気に5つスコアを落としたが、通算10アンダーで首位タイはキープした。 2日目に池に入れてダボを叩いた13番では、会心のショットでピンそばにつける。 14番、15番とパーで切り抜け、迎えた16番パー5。 2打目でグリーン右奥のラフまで運んだ石川は、そこから30ヤードをSWで狙うと、一直線にピンに向かって転がっていき、ピンに当たってカップイン! 「思ったところに落とせたけど、思ったよりグリーンが硬くて、下り傾斜が強かった。ピンに当たらなかったらグリーンを出てたと思うし、いくらピンに当たっても入るとは思わなかった」というミラクルイーグルで、グリーンは大歓声に包まれ、中には泣き出す人達も。 「(歓声で)耳が痛かったです」と石川は振り返った。 12番のOBにもめげず、最後までドライバーを振り続けた石川は、最終18番でも会心のショットでフェアウェイを捉えると、2打目でグリーン脇まで運んでバーディフィニッシュ。 結局、2位のスメイルに3打差をつけての今季初優勝を飾るとともに、来月行われる「全英オープン」の出場権も手に入れた。 17歳にして早くもツアー3勝をマークした石川。 「これからも優勝出来るかは全く別だけど、優勝争いを何度か出来る自信はついてきた気がします」と、力強い視線で前を見詰める。 留まるところを知らない17歳は、一体どこまで成長していくのだろう。 6月28日18時47分配信 ゴルフダイジェスト・オンライン オラに「遼君」と同じ技術が有ったとしても〜。 12番で終わっていた気がする・・・。 きっと、オラには「遼君」と同じ様な精神力が無いのだ。 16番のグリーン周りでは上位にいたら、あんなに強きで打てない。 下位にいたら「強気」の勝負だけど・・・。 オラには「遼君」程の技術力が無いから、いつもグリーンの外だけどね。 ゴルフは「精神力」「技術力」「体力」「運」が無いと勝てないスポーツだと思う。 集団スポーツの様に、自分のミスを誰も助けてくれないのだ。 全ては「自己責任」 それを考えたらミスの多い、オラにはむかないスポーツかも・・・。 |
13日の試合中に頭を強打して亡くなった人気プロレスラー、三沢光晴さん(享年46)の所属団体「プロレスリング・ノア」は、事故翌日の14日も福岡市内で予定通り興行を開催した。 社長兼看板レスラーの三沢さんの立場は、プロ野球のプレーイングマネジャー(選手兼監督)を上回る過酷な重職。とりわけ、今年3月にテレビ地上波中継を打ち切られてからは金策に頭を痛めていたという。 「不況下で苦悩する中小企業の社長さんさながら」との指摘も聞かれる。 大黒柱の三沢さんが亡くなったのは13日、広島での試合中。 ノアの一行は14日に福岡へ移動し、ボウリング場を併設する「博多スターレーン」に観客2600人(超満員=主催者発表)を集めて追悼興行を敢行した。 あの力道山の次男である百田光雄副社長(60)は「開催に踏み切った一番の理由は、三沢社長自身が満身創痍の状態でも必ずリングに上がってくる人だったから。我慢強く、泣き言や自分のけがのことを一切口にしなかった。選手全員で話し合い、その三沢社長の遺志を継ぐ意味でも、決行すべきとの結論に達した」と説明した。 「満身創痍」は決して大げさではない。 特に、三沢さんが首に“爆弾”を抱えていたのは周知の事実。 一昨年1月に途中から試合の記憶をなくすほどの激闘を演じ、試合後に直行した病院で「頚椎(けいつい)ねんざと脳しんとう」と診断されたことも。 事故が起こった当日も「肩がきつい」と漏らしていたという。 それでも看板レスラーの宿命で、おいそれと欠場するわけにはいかなかった。 プロレス界全体を見渡しても、ジャイアント馬場さん(享年61)がこの世を去り、アントニオ猪木も第一線から退いた今、三沢さんは残された数少ないスターのひとりだった。 【TV地上波打ち切られ】 社長業の心労も重なった。 1999年にジャイアント馬場さんの死去による内部抗争に伴い、全日本を脱退した三沢さんが2000年7月に旗揚げしたノア。 資本金1000万円で従業員は30人という企業だ。 日本では米国で大人気のWWEのように株式を上場している団体はなく、全日本、新日本とともに「メジャー」と呼ばれるノアでさえこのような中小企業。 他の団体は、零細企業といっていい。かつてのプロレス人気に陰りが見える中、三沢さんはこの不況下で苦しむ一般の中小企業の社長同様、金策に必死だったという。 今年3月、日本テレビがノアの地上波中継を打ち切った。 現在はCS放送の「日テレG+」と「サムライ」が中継しているが、「放映権料が年間1億5000万円とも2億円ともいわれた地上波に比べると、CS放送のそれは微々たるものでケタ違い。三沢社長は大幅な収入減に頭を抱え、体調が悪いとも漏らしていた」(プロレス関係者)といわれる。 日テレ関係者が、その経緯をこう説明する。 「ウチは昨年9月の中間連結決算で赤字に転落してから、『費用対効果』を旗印に思い切った経費節減を断行しています。巨人戦のナイター中継を減らし、メジャーリーグの放送権からは手を引きました。ノアの地上波打ち切りも同じ流れの中にある」。 100年に一度という不況が、日テレの財政を圧迫。間接的に中小企業のノアを資金難に陥らせたという構図だ。 【死因は頸髄離断】 くしくもこの日、ノアの会場と同じ福岡市内にあるヤフードームで、巨人がソフトバンクと戦っていた。 球界きってのプロレスファンとして知られる原監督は試合前、「組織をまとめる上で、自分のことだけを考えてはいられないという意味で(社長と監督には)相通ずるものがある。断腸の思いで天国へ行かれたのだと思う。何度も面識があったわけではないが、同世代の男として尊敬する人物」と三沢さんの死を悼んだ。 広島中央署の調べによると、死因は頭部を強打したことによる「頸髄(けいずい)離断」と判明。 事故直後に心肺停止状態に陥り、蘇生処置のかいなく、帰らぬ人となった。 満身創痍ながら看板レスラーとして“強行出場”してきたことや会社経営の心労が命を縮めた可能性もある。 サラリーマン諸氏、特に中小企業の社長さんには、何とも身につまされる話ではある。 ■プロレス界の現状 かつての「新日本」と「全日本」時代から一変。 1999年ジャイアント馬場死去による内部抗争で、三沢が全日本から脱退し「ノア」を立ち上げ。 新日本を解雇された橋本真也(故人)が「ZERO−ONE」を結成し、メジャー4団体時代となる。 また、米国で人気の「WWE」が日本でも受け、その影響を受けたエンターテインメント志向が強い「ハッスル」などが興行されている。 そのほか、「みちのく」「大阪」など大小40団体以上が活動している。 ■三沢さんの死亡事故 ノア広島大会(13日、広島県立総合体育館グリーンアリーナ)のメーンイベント、GHCタッグ選手権に潮崎豪とのタッグで出場。第17代王者・斎藤彰俊、バイソン・スミス組に挑戦した。 開始から25分過ぎ、斎藤の打撃を受けた三沢さんは、さらに急角度のバックドロップを浴び、頭部をマットに強打。 そのまま意識を失った。 専属トレーナーが心臓マッサージを繰り返し、医師が、自動体外式除細動器(AED)で蘇生を試みた。すぐに救急車で、広島大学病院(広島市内)に搬送されたが、午後10時10分、死亡が確認された。 最終更新:6月15日16時57分配信 夕刊フジ 見ると聞くとじゃ、大違い・・・。 リング上に「蛍光灯」を置いて血だらけのファイトをする「大日本プロレス」 試合が無い日は「引越屋」をしているとか・・・。 華麗な技や空中殺法の「闘竜門」(ドラゴンゲート) 女性ファンとの交流会を開いているという。 ギャラが安いのか、他の団体に移籍する人達が多いのは残念。 県会議員になった「サスケ」で有名な「みちのくプロレス」 その名の通り「じっちゃん、ばっちゃん」の楽しみになっていた。 観客の数を見ると、経営は大変だろうなと思っていた・・・。 そんな中で、 「プロレスリング・ノア」は業界の大手で、経営は楽だと思っていたが・・・。 「大阪プロレス」(大阪市中央区)の常設試合会場「大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナ」で14日に行われた興行中、レフェリーの田辺哲夫さん(46)(名古屋市北区)がリングを降りた直後に倒れ、15日に死亡したことがわかった。 大阪府警南署が死因を調べている。 大阪プロレスによると、田辺さんは14日午後3時過ぎ、試合後の乱闘パフォーマンスをしていたレスラーに押される形でリングを降りた後、突然倒れた。 当初はセコンドの呼びかけに答えていたが、間もなく意識を失った。 救急車で病院に搬送されたが、15日昼過ぎに死亡が確認された。 田辺さんは心臓に持病があったという。 田辺さんは「テッド・タナベ」の名前で活躍。 平日は別の会社に勤務し、興行が行われる土、日曜にレフェリーを務めていた。 大阪プロレスは1999年3月設立。15人の選手が所属している。 最終更新:6月15日22時44分配信 読売新聞 「大阪プロレス」はパチンコ台にもなっている、お笑い系の団体。 レフェリーはアルバイトだったんだね・・・。 御2人のご冥福をお祈りいたします。 |
【三重県】 津市の42歳の女性が9日、愛知県刈谷市産業振興センターで開かれるプロレス団体「DEP」の「無差別級タッグ選手権」でデビューする。 福祉施設の施設長で、40歳からプロを目指し、練習での大けがも乗り越えて晴れの大舞台に臨む。 プロのリングに上るのは、津市片田志袋町の島崎晴子さん。 「夢をあきらめない姿を見てほしい」と張り切っている。 島崎さんが小学生のころは長与千種さんやジャッキー佐藤さんらが活躍した女子プロレス全盛期。「次々と悪者を倒す姿がかっこよかった」ととりこになった。 だが、当時の入団規定の身長150センチは高校生になっても届かず、夢は封印した。 18歳で長女を出産。 周囲の支えの中で人の温かさを知り、母親と同じ福祉の道に進んだ。 プロレスへの情熱が再燃したのは7年前。 テレビで見た試合で小柄なレスラーが叫んだ。 「あきらめなければ夢はかなうんだ」。 その言葉に触発された。 「40歳を機にプロレスを始める」と決めた。 一昨年7月に名古屋の団体に入門。半年後、空中で1回転して背中で着地する「前宙受け身」の練習中、全治2カ月の大けがを負った。 「痛さと怖さ、またけがしたら施設のみんなに迷惑を掛ける…」。 不安もあったが、あきらめなかった。 特別支援学校への訪問などで福祉に取り組む活動に共感し、昨年6月からDEPに通っている。 古沢弘樹代表(38)は「体格や年齢の壁はあるが、気持ちをぶつけるのもレスラーとして必要」と判断。 デビューが決まった。 島崎さんは「応援してくれたみんなのためにも両立させたい。今後は地元で興行して、見ている人が元気の出ることをしたい」と新たな夢を描いている。 (吉田優美恵) 最終更新:11月9日11時19分配信 中日新聞 福祉施設の施設長? 40歳からプロを目指したの? 練習中、全治2カ月の大けがを負ったのに・・・。 凄いね〜。 メキシコプロレスの「ルチャリブレ」みたい〜。 確か映画にもなったと思うけど〜。 教会の牧師さんが、孤児を育てる費用を稼ぐ為にマスクマンに変身するのだ〜。 話によると、飲み屋のオヤジみたいな人も出ているとか〜。 ポッコリお腹に覆面姿。 「曙」が覆面をして出てきても、すぐに判る様に「知る人ぞ知る馴染みのヒーロー」 贔屓筋が華麗なる技に声援を送るとか〜。 「ルチャリブレ」は観客を楽しませる事を最優先に考えているようで〜。 選手が場外に出たら、タッチを行わずに控えの選手がリング上に出て闘うのだ〜。 「リング上をカラにしない」 「観客を飽きさせない」 最近では「六角形リング」を導入して、どの観客席からでも見やすくしている。 力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木時代のプロレスとは変わって来た・・・。 日本のメジャー団体でも「ジュニアヘビー級」は「ルチャリブレ」を学んだ人達が多い。 「タイガーマスク」や「藤波辰爾」が元祖か? 現在では「みちのくプロレス」「闘龍門」(ドラゴンゲート?)「大阪プロレス」等が有るけど〜。 「ハッスル」は行き過ぎてない? 日本式ルチャは「ハポネス・ルチャ」だそうです。 すいませ〜〜〜ん。 「DEP」って団体知らないけど〜。 島崎晴子さ〜ん。 福祉施設の人達が応援しているぞ〜。 ケガしない様にがんばってね〜〜〜。 |



