スポーツ(野球以外)
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大相撲のロシア出身兄弟力士、幕内の露鵬(28)=大嶽部屋=と、十両の白露山(26)=北の湖部屋=の大麻使用疑惑で、日本相撲協会の北の湖理事長(55)=本名・小畑敏満=が理事長職を辞任することになった。 北の湖理事長は8日、東京・両国国技館で開かれた理事会で「責任を取って辞任する」と話した。 露鵬、白露山は解雇が決まった。 同日開かれた日本相撲協会の再発防止検討委員会(検討委)には伊勢ノ海生活指導部長ら相撲協会の8委員と、日本アンチ・ドーピング機構専門委員の大西祥平慶大教授ら外部委員4人が出席。 外部委員のやくみつる氏は欠席した。 検討委では、関取69人を対象に抜き打ちで実施した尿検査で露鵬と白露山に陽性反応が出た経緯が報告された。 さらに日本で唯一の世界反ドーピング機関(WADA)公認の検査機関の精密分析でも両力士に陽性反応が出たこと、検査機関の精密分析の意義が説明された。 このあと別室で待っていた露鵬、白露山を1人ずつ委員会に呼び入れた。 検討委は午前11時4分に終了。 露鵬、白露山は国技館を退館し、引き続き、緊急理事会が開かれた。 検討委に出席したNHK解説委員の山本浩委員は「露鵬、白露山には尿検査の2、3日前に何をしていたか聞いたが、2人とも混乱して覚えていないと話していた。吸引については2人とも否定した」と語った。 また、日本相撲連盟副会長の塔尾武夫委員は「両力士とも否定しているが、(精密検査の数値が)かなり大きいからね」と話した。 北の湖理事長は02年に理事長就任。 今年2月の理事長選挙で4選を果たしていた。 理事長の不祥事による任期途中の辞任は、1957年5月に、協会の相撲茶屋(現国技館サービス)の不明朗な経理問題で割腹自殺を図った出羽海理事長(元横綱・常ノ花)以来51年ぶり。 北の湖理事長は北海道出身。 現役時代、24回の優勝を飾り、70〜80年代に一時代を築いた名横綱。 85年初場所限りで引退。96年の理事選挙で初当選し、理事は現在7期目。 指導普及部長や事業部長を経て、02年に時津風理事長(元大関・豊山)に代わり、9代目理事長に就任した。 しかし、昨年の時津風部屋力士暴行死事件、朝青龍のサッカー騒動による2場所連続出場停止処分など、協会の体質を問われる事件や騒動が噴出。 今回も8月に若ノ鵬が大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕され、今月に入っては露鵬と白露山の兄弟が、日本相撲協会の抜き打ち尿検査で陽性反応が出る事態に発展。 これに対し、北の湖理事長は、あくまで両力士の言葉を信じる姿勢を崩さず、協会内で理事長の指導力や資質に疑問の声が上がっていた。 【上鵜瀬浄】 ・・・。 ん〜〜〜。 知らなかった。 武士は疑われただけで、割腹自殺を図ったと言われているが〜〜〜。 昭和の御世にも有ったんだね・・・。 さすがは「国技」 責任の取り方が日本的だった・・・。 常ノ花寛市 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E3%83%8E%E8%8A%B1%E5%AF%9B%E5%B8%82 それに比べて、今回は〜〜〜。 ダラダラしていて、やっと回答がでた。 しかも、三百代言(弁護士)まで登場して〜。 アホか。 税金から補助金が出ている「日本相撲協会」の問題で、法律以前の問題なのに・・・。 三百代言(弁護士)は金に成れば何でもやるのか〜〜〜。 |
世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級元王者の亀田興毅が30日、世界ボクシング評議会(WBC)タイトル戦後のリングに上がり、3度目の防衛を果たした内藤大助に「次に試合をしようや」と訴えた。 弟の大毅が昨年10月、内藤との試合で反則を繰り返した上に完敗しているだけに、「このまま引き下がれない」と話した。 「亀田ジム」設立が認可されれば、国内での試合が可能となる。 一方、この行動について、亀田興が所属していた協栄ジムの金平桂一郎会長は、「ああいうパフォーマンスが批判されてきた。あんなやり方はボクシングの興行にはない」と強い不快感を示した。 また、亀田興がWBAタイトルを防衛した同ジムの坂田健史ではなく内藤との対戦を望んだことには、「亀田興は何のためにWBAランキング1位にいるのか。坂田とやらないなら逃げているということだ」と批判した。 7月30日23時20分配信 時事通信 この試合のテレビ中継をしたTBSは「亀田兄弟」べったりの放送をしていたが〜。 大毅が完敗すると掌を返して内藤支援に廻った・・・。 亀田興毅がタイトル戦後のリングに上がって来たのは〜? 誰が見ても「ヤラセ」のパフォーマンス。 今朝の「朝ズバ」に生出演した内藤でさえ〜〜〜、 「TBSの仕込みじゃない?」 疑っていた・・・。 何故か、その場にTBSの「編成局長」とかが居て即否定したけど・・・。 なんとなく不自然・・・。 内藤もTBSの使い捨てキャラにならない事を祈るのみで〜す。 |
◇伝説のランナー 鏡野の村瀬百蔵とは 北京五輪開幕まで1カ月半。 数ある競技の中で“陸上の花”と言えば、やはりマラソンだろう。 その長距離走で意外な発見をした。 今をさかのぼること107年前の1901(明治34)年12月15日、大阪の堺大浜旧台場跡で毎日新聞の前身・大阪毎日新聞社(大毎)が、8時間かけて50マイル(80.46キロ)超を走破する「長距離健脚競走」を主催。 苫田郡鏡野町大野村の桶屋、村瀬百蔵(当時26歳)が優勝した。 10万人の観客を熱狂させたという“伝説のランナー”の消息を鏡野町に訪ねた。 【檜山佑二】 毎日新聞の社史「『毎日』の3世紀」によると、大毎主催の健脚競走には653人が出場を申し込み、健康診断で「競走に耐えうる」候補者34人を選抜、さらに抽選で出場者25人を決定したとあり、レースの過酷さが伝わってくる。 村瀬百蔵は160センチ、62キロながら、肺活量は4600CCあったという。 □「孫悟空もかくや」■ 当日の新聞記事によると、「今や、競走開始の8時は近づきぬ……」に始まり、競走は午後から佳境に入り、兵庫の小西と岡山の村瀬が集団を抜け出して優勝は2人の争いに。小西は約7時間後に50マイルを踏破、村瀬が1分遅れて続く。 2人はその後も「余裕なお綽々(しゃくしゃく)としてますます速度を加えて競走を持続……」というから、まさに“鉄人”である。 最後の20分間で「満身の死力を尽くし約半周を先き立ちたる小西を追い抜かんと」村瀬がスパート。 「孫悟空が風を起こし、雲を飛ばして猪八戒を追いまくる光景もかくやとばかり思わしめる……」ような勢いで小西を抜き去って優勝した。「満場の喝さいは天地を揺るがすばかり」であった−−とある。 百蔵は8時間で56マイル(94・8キロ)を完走。 父親譲りの健脚家で「何時間歩いても疲れることがなく、岡山〜津山間25里(100キロ)を1日足らずで往復」し、競走には素足にわらじで臨んだという。 ■本名は「藤田百太郎」□ 村瀬は鏡野町大野村出身。 村は1952年に合併して鏡野町となったが、見当をつけて「村瀬姓」を探したところ、「それは村瀬ではなく、藤田のはずだ」と聞き、百蔵の甥(おい)にあたるという同町瀬戸在住の藤田睦夫さん(77)に話を聞くことができた。 睦夫さんによると、村瀬百蔵の本名は藤田百太郎(明治8年生まれ)。 村瀬の名については「廃藩置県の前、このあたりの戸長が村瀬だったので、(藤田家の遠縁で地元出身の小説家の)片岡鉄平が、ええころ加減に書いたのがそのまま呼び名になったようだ」と言うが、詳細はわからない。 百太郎の父は広島県出身の徳次郎といい、明治5年に大野村に来て桶屋を営む藤田家の養子に入った。 4男1女があり、百太郎は長男。 睦夫さんは四男・房三郎の長男で、百太郎は伯父にあたる。 □大酒飲み■ 睦夫さんは伯父をこう振り返る。 「父の話では、百太郎は人力車の車夫で津山線終点の津山口から、できたばかりの恩原湖や鳥取県倉吉まで客を乗せて走った。トンネルも舗装もない人形峠の山道を通しで越えていた」ほどの健脚ぶりだったという。 現在、百太郎に関するものは何も残っていないが、その生き様は破天荒だ。 「“朝1升、昼1升、夜1升”の計3升を毎日飲む大酒飲み。優勝した時は大評判で、遠くは神戸市の歯医者が、『優勝したら金の入れ歯を入れてやる』と言うて歯を入れてくれたほどだった」 ■“鉄人伝説”の系譜□ 「荷馬車5台分の優勝賞品を処分すれば、当時は田地が1町5反歩ほど買えた。兄弟は『土地を買うて家を建てえ』と言うたが、聞かずに飲んでしもうた。揚げ句に借銭を作り、朝鮮半島に夜逃げした。朝鮮で80いくつで死んだそうだが、墓だけはこちらに建てた」 波乱万丈の生涯と言えそうだが、あるいは“鉄人”のDNAは縁者に引き継がれているかもしれない。 睦夫さんは、「百太郎の長男一家が終戦後、鏡野に引き揚げてきたが、その中にはいなかった。長女の嫁ぎ先ではいろいろ大会に出たようだ」と話してくれた。 それでは、と長女・いとさんの孫、比翼明正さん(74)=鏡野町瀬戸=に聞くと、「親父がマラソン、叔父が短距離走、わしが49年前に東京で行われた『勤労青年の集い・青年祭』の走り高跳びに、岡山県代表で出場したくらいかな」とか。 直系の子孫は見つからなかったが、百太郎の血統を引く才能が、いずれ陸上界にすい星のように現れるのでは、とひそかに期待している。 6月25日20時59分配信 毎日新聞 8時間で56マイル(94・8キロ)を完走。 10万人の観客を熱狂させた? 走り抜いた人は、勿論凄いけど〜。 それを見ていた人の方が凄いと思う。 しかも〜、10万人も・・・。 大リーグでは、決着が付くまで試合を続けるが〜〜〜。 最長試合時間
メジャーリーグでは、 ホワイトソックス 7 vs 6 ブリュワーズ(延長25回) 8時間6分 (1984.5.8〜5.9) だけど〜、 アメリカンリーグは午前1時を過ぎて、新しいイニングに入らないので一時停止し、翌日試合の続きが行われた。 日本のプロ野球では、 最長試合時間の記録は、1992年9月11日の阪神対ヤクルトの6時間26分 (試合終了は翌日午前0時26分)。延長15回3-3の引き分け。 延長戦が12回までに制限されてからは、 2007年6月14日の北海道日本ハム対横浜の5時間53分 (試合終了は23時53分、延長12回の6-6で引き分け)が最長記録。 試合は札幌ドームで行われたナイターであったが、試合途中で「終電がなくなります」という趣旨のアナウンスが流れた。 9回の試合では 2007年7月11日のソフトバンク−楽天13回戦(北九州)の5時間6分。 軟式野球では、 1983年9月20日天皇賜杯第38回全国軟式野球大会(茨城県)決勝戦、田中病院(宮崎県)‐ライト工業(東京都)で延長45回。試合時間は8時間19分。 高校硬式野球全国大会 1933年8月19日の夏の甲子園準決勝戦の中京商対明石中の延長25回。 試合時間は4時間55分。 8時間かけて50マイル(80.46キロ)超を走破する「長距離健脚競走」 簡単に言えば8時間で何キロ走れるかを競った競走でしょ? 最初から8時間かかるのは判っていて、ずっと見てたの? 最後に向けて観客が集まって来たのだと思うけど・・・。 ・・・結果として、10万人の観客が熱狂して見たとしても凄い記録だと思うな〜。 |
第2回東京マラソンは17日、東京都庁から東京ビッグサイトまでの42.195キロで行われ、北京五輪代表選考会を兼ねた男子はビクトル・ロスリン(スイス)が2時間7分23秒で初優勝した。2度目のマラソンとなった26歳の藤原新(JR東日本)が2時間8分40秒で日本人選手最高の2位に入る健闘を見せ、同五輪代表候補に名乗りを上げた。 アテネ五輪6位の諏訪利成(日清食品)は4位、入船敏(カネボウ)は5位。連覇を狙ったケニア出身のダニエル・ジェンガ(ヤクルト)は13位に終わった。2月17日12時1分配信 時事通信 藤原新選手は途中、足に痙攣を起こしながら2位?
3万2000人のランナーが都心を駆け抜けた17日の東京マラソン(日本陸連、東京都主催、産経新聞社など共催)。 トップ選手のほかに市民ランナーや障害を持つ人、有名人が声援を受け、皇居や銀座、浅草などの名所を駆け抜けた。 今年で2回目。 フルマラソンの完走率は97.4%で、氷雨が降った昨年を1.1%上回った。 昨年、7時間の制限時間を50分オーバーして“完走”した両足義足のランナー、島袋勉さん(44)は今年も挑戦し、制限時間内でゴールした。 「義足と接するひざ下に傷があるのが気がかりだけど、順調なら7時間を切れるはず」と、最後尾からスタート。 途中、摩擦でずれた義足を何度も修正しながら6時間28分で堂々のゴール。 タレントの萩本欽一さんに「ありがとう」と声をかけられ、満面の笑みを浮かべた。 4年前にがんの手術を受けた鈴木宗男衆院議員も、2年連続の出場。 今年は妻と娘の反対を受けたが、昨年を10分上回る3時間57分でゴール。 「棄権したら、抽選に外れた人に申し訳ないからね。全力投球で一つのことをやりとげるという意味では、政治活動もマラソンも一緒」。 宮崎県の東国原英夫知事も他のランナーにもみくちゃにされながら、笑顔でゴール。 タイムは4時間42分だった。 「沿道の熱気と『宮崎ガンバレ』の温かい声援に驚いた」と話した。 また、約1万2000人が裏方のボランティアとして“参加”。 石原慎太郎都知事は「まさに東京が一つになった感じ。来年はより完全なものに近づけたい」と総括した。2月17日19時52分配信 産経新聞 色々な人が楽しみながら走れるのが良いね? 「スポーツ」って「非日常的な出来事」の意味なの? この意味が本当なら「プロスポーツ」は成り立たない? 17日開催の東京マラソンに出場予定の新党大地の鈴木宗男衆院議員(60)が、家族の猛反対により出場を断念する可能性が高いことが15日、分かった。 これまで8度もフルマラソンに出場してきた宗男氏だが、妻の典子さん(59)や長女の貴子さん(22)が体調面を懸念。 マラソンの申し込みの際は、必ず2人に許可をもらう旨の「誓約書」を取り交わしていた。 だが、今回こっそりとエントリーした宗男氏に2人が激怒。 当日は家に“監禁”してでも出場を阻む予定だという。 果たして宗男氏の命運は…。 昨年の大会で10年ぶりにフルマラソンに挑戦し、4時間7分40秒の好タイムで完走した宗男氏。 それ以降も市民マラソンに参加。 先月、還暦を迎えたばかりだが、「マイペースで走っているので体調は大丈夫です」と、2年連続の完走に自信を見せていた。 ところが、走り続ける宗男氏に対し、体調を心配する妻の典子さんや長女の貴子さんが激しく反発。 昨年8月には、宗男氏と貴子さんの間で「(2人の)許可なくして走ることは致しません」(宗男氏)とする誓約書を取り交わした。 「事務所の皆さんへ」と題した貴子さんの書面には、「(マラソン申し込みの際は)父からの恫喝やプレッシャーに怯えずに、必ず連絡をください」とも記してある。 だが、今回の東京マラソンに、2人に相談することなくエントリーしてしまった宗男氏。 「心配をかけたくないので黙っていた」と説明するが、最近になり出場を知った2人が激怒しているという。 典子さんは「(5年前に)胃がんの手術もしているし、休みも取らないで仕事をしている。体調が心配。当日は家から一歩も出さない」と強硬姿勢。 この日、留学先のカナダから一時帰国した貴子さんも「お父さん、お願いだから走らないで。約束して下さい」と懇願しているという。 宗男氏と貴子さんの仲の良さは有名だ。 05年衆院選では、貴子さんが宗男氏を懸命にサポート。 その後もテレビ番組で“共演”するなどしてきた。 「あのこわもての宗男氏も、娘さんには頭が上がらない」(関係者)とされており、貴子さんの態度次第では出場を断念せざるを得ない状況だ。 「がんで苦しんでいる人を勇気づけるためにも、ぜひ走りたい」とする宗男氏。 16日には、出場に向け丸1日かけて2人を説得するという。 「娘の判決次第。ひたすら懇願、懇願です。でも、控訴が棄却される可能性は高い」と弱気に話しているのだが…。最終更新:2月16日8時0分配信 スポーツ報知 宗男ちゃん。 良かったね〜〜〜。 正義の味方に「変身」するには命掛け〜〜〜。 外務官僚の裏話。 楽しみにしていま〜す。 |



