携帯電話を持っていないのに、運転中に通話したとして大阪府警の警察官から交通反則切符を切られたとして、吹田市の男性住職(68)が府に免許停止処分の取り消しと100万円の国家賠償を求めた訴訟の判決が10日、大阪地裁であった。 吉田徹裁判長は「携帯電話は発見されておらず、違法な処分だった」として、府に免停処分取り消しと10万円の支払いを命じた。 吉田裁判長は判決理由で、取り締まり中の警察官が男性住職の車を停止させたものの、目撃したとされる電話機の持ち方を具体的に説明できないと指摘。 「必要な調査を尽くすことなく漫然と違反を認定した」と判断した。 判決によると、男性住職は平成19年10月、大阪市北区東天満の交差点で、乗用車を運転中に携帯電話を通話したとして違反点数1点を付され、その後に累積点数で120日間の免停とされた。 最終更新:9月10日21時22分配信 産経新聞 最近、警察官の不当行為に対して「裁判所」が、少しはまともに成ってきたのかなぁ・・・。 「警察・検察・裁判所」の馴れ合い司法体制では、検察が起訴した場合の有罪率は99,9%。 |
日本の裁判
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「裁判官が日本を滅ぼす」門田隆将著 新潮社 新潮社文庫
第十五章 裁判官教育の失敗と教訓P365
「〜これまで見てきた異常としか思えない裁判官の実態やレベルを見て、多くの国民は「まさか」という感想しか出てこないのではないか。しかし、現実に日本の裁判官は、正義や真実とはかけ離れ、事実認定すらまともに出来ず、訴訟にかかわった多くの人間に失望だけをもたらしている」
元裁判官が明かす裁判の裏(画像)
http://blogs.yahoo.co.jp/w1919taka/50091581.html再審・えん罪事件全国連絡会
http://www.kyuuenkai.gr.jp/enzai/
1972年の沖縄返還を巡る日米交渉の「密約」に関する文書が情報公開請求で不開示とされたのは違法だとして、元毎日新聞記者の西山太吉さん(77)らが、国に不開示決定の取り消しなどを求めた訴訟の口頭弁論が25日、東京地裁であった。 原告側は、当時の交渉責任者だった吉野文六・元外務省アメリカ局長(91)を証人として申請。 杉原則彦裁判長は外務相の承認が得られ次第、吉野氏を証人として採用すると述べ、証人尋問の期日を12月1日に指定した。 問題の文書は米国ですでに公開されており、吉野元局長はこれまで、読売新聞などのインタビューで「密約」の存在を認めているが、国側は一貫して「密約はない」との姿勢を示している。 最終更新:8月25日20時19分配信 読売新聞 政府はアメリカの公式文章を否定している。 政府の発言が正しいとするなら「アメリカは大嘘つき」 そんな国と交わした「安全保障条約」は信頼できるのか? 北朝鮮のミサイルが、アメリカに飛んだとしても打ち落とす必要が有るのか? 米軍の「核」持ち込み問題と合わせて、この問題のキーワードは、 1974年にノーベル平和賞を受賞した「佐藤栄作首相」 平和賞を選考するノルウェーのノーベル賞委員会は、 2001年に刊行した『ノーベル賞 平和への100年』の中で、 「佐藤氏はベトナム戦争で米政策を全面的に支持し、日本は米軍の補給基地として重要な役割を果たした。後に公開された米公文書によると、佐藤氏は日本の非核政策をナンセンスだと言っていた」 「佐藤氏を選んだことはノーベル賞委員会が犯した最大の誤り」と記している。 佐藤栄作首相とは 自由党幹事長時代に「造船疑獄」が発覚し逮捕状が出た。 犬養健法相に検察指揮権の発動をさせようとしたが犬養は動かず。 吉田首相に犬養を罷免させ、新法相に指揮権を発動させようとした。 結局犬養が指揮権発動を行い、その翌日辞任した。 その後、起訴されるも国連恩赦で免訴。 造船疑獄 1954年1月に強制捜査が開始された。
政界・財界・官僚の被疑者多数が逮捕され、当時の吉田茂内閣が倒れる発端となった事件の一つ。 佐藤栄作は後に政治資金規正法違反で在宅起訴されたが、国連加盟恩赦で免訴となった。 犬養は『文藝春秋』1960年5月号に、 「指揮権発動により法務・検察幹部を軒並み引責辞任させ、意中の男を検事総長に据えようという某政治家と検察幹部の思惑があった」とする手記を寄せている。 1964年(昭和39年)7月、佐藤は池田勇人の三選阻止を掲げ自民党総裁選挙に出馬した。 現金が飛び交い激しい抗争であったが、池田が過半数をわずかに超え辛勝した。 佐藤は「暫しの冷や飯食い」を覚悟したというが 同年11月、池田の病気退陣に伴い、実力者会談を経て自民党の後継総裁に指名され、内閣総理大臣に就任した。 田中角栄が「たいていの代議士は、努力さえすれば大臣にはなることができる。だが、総理・総裁は、努力してもなれるものではない。やはり運命だ」 自民党内での佐藤の政敵が相次いで世を去った。 池田勇人(1965年8月没)大野伴睦(1964年5月没)、河野一郎(1965年7月没) 政敵、河野一郎の葬儀の帰途、車内で夫人や側近に「これで悪いやつは全部死んだ」と発言。 当選回数による年功序列や政治家の世襲といったその後の自民党を特徴づけるシステムが確立。 佐藤派の大番頭だった田中角栄が分派して田中派を結成(1972年5月) この田中派に、 細川護煕、石井一、渡部恒三、小沢一郎等がいた。 俳優の佐藤B作は、自らの芸名を佐藤栄作にちなんで決めた。 (佐藤えいさく=AさくからBさくと名づける) 昭和40年1月にニクソン会談に向けて沖縄の勉強を始めたとき 「沖縄の人は日本語を話すのか、それとも英語なのか」と側近に尋ねて呆れられた。 参考出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 佐藤栄作語録が30日の投票結果を「暗示」している様で皮肉だ・・・。 |
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昨日、NHKスペシャル「気骨の判決」を見た。 き‐こつ【気骨】 自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しない強い意気。 き‐ぼね【気骨】 心づかい。気苦労。心配。 気骨(きぼね)が折・れる あれこれ気を使って精神的に疲れる。気疲れする。 ◆ 「気骨」を「きこつ」と読むと、「信念を守りぬく強い意気」の意となる。 したがって、「きこつがおれる」と読むのは誤り。 大辞泉 どこかの首相みたいに読み違えると、全然意味が違っちゃう〜〜〜。 内容は 昭和17年4月30日に行われた「衆議院の総選挙」 立候補者は1079人で普通選挙が始まって以来もっとも多かった。 大政翼賛会の推薦する候補者が466人、残る613人は非推薦。 非推薦の政治家には「片山哲」「鳩山一郎」「芦田均」「三木武夫」という4人の戦後の首相が含まれ「尾崎行雄」「中野正剛」「赤尾敏」「笹川良一」「一松定吉」「西尾末広」「犬養健」などがいた。 政府に反発し議会を活性化しかねない人間が排除され、推薦候補には国庫(臨時軍事費)から1人あたり5000円の選挙費用が支給された。 投票率は83%で、前回より10%増。 推薦候補の当選率は8割。 非推薦候補も85人が当選した。 非推薦候補者は政府によって妨害を受けた。 鹿児島2区から立候補して落選した冨吉栄二は東京の弁護士を代理人に立てて大審院に対して選挙無効の裁判を起こした。 だいしん‐いん【大審院】 明治憲法下で、最高の位置にあった司法裁判所。明治8年(1875)設置。昭和22年(1947)廃止。現在の最高裁判所と異なり、司法行政権などはもたなかった。 大辞泉 事件を担当したのは大審院の第3民事部。 部長は当時57歳だった吉田久判事。 東条英機首相は、首相官邸で全国の裁判官を前に恫喝する大演説をしている。 「戦争勝利なくて司法権の独立もあり得ない。戦争遂行上に大きな支障を与えるようなことがあれば、緊急措置を講じざるを得ない」 大審院長も同じような考えであった。 冨吉栄二が演説会を開こうとした日の光景。 子息冨吉遼の思い出。 ・・・父親の演説会に出向いた時。ずらーっと人がいました。彼らは、冨吉の演説を聞きに来たのではないのです。聴衆を演説会場に入らせないために、立っていたのですよ。彼らの一部は、赤地に白のラインが引かれた腕章をつけている。 中央には白い縁取りのついた二重桜が染め抜かれ、花びらの中に「翼協」の文字が記されていた。 演説が行なわれる会場を取り囲んでいたのである。 翼壮青年団、壮年団、婦人会、あらゆる人たちが立っているんです。もちろん警察もいました。 その人たちが会場に近付く人たちに「きょうはここは立ち入り禁止だよ」 「冨吉の演説は聞いちゃだめだよ」と追い返すんです。 だからせっかく来た人たちも帰っていくわけです。帰るしかないのですよ。 無理をして冨吉の話を聞くと「非国民」ですからね。 本当に、この人たちは何をやっているのだろうと、子供心にあきれたものです。 吉田判事は「わたしは死んでもいい」という覚悟を決め、遺書まで書いていたと言う。 昭和20年3月1日、吉田久裁判長は、選挙無効の判決を下した。 選挙無効にする条文は、極めて形式的条項しかなかったが、その趣旨に照らして無効とした。 当時の「気骨」と言えば、東条英機を「上等兵」と呼んだ「石原莞爾」の方が上だと思う。 石原にとって、東条は5歳年上で「陸大」の3期先輩だった。 石原は「満州」を6ヶ月で攻略し、ラストエンペラーを招いて「満州国」を建国しました。 (万里の長城の外、満州は満人の土地。漢人の「蒋介石」は了承していたと言われています) 「王道楽土」「五族協和」で黄色人種の合衆国を作り、10年国力を蓄えて「アメリカ」との最終戦争を考えていました。 ところが、東条はすぐに万里の長城を越えて中国全土に戦線を拡大してしまったのです。 反対した石原は左遷させられ、予備役(首)になり、憲兵の監視が付きました。 |
職務質問を受けた際、警察官に暴行したとして、公務執行妨害罪に問われた岐阜市の無職男性(72)の控訴審判決が7日、名古屋高裁であった。 下山保男裁判長は「警察官の証言は虚偽の可能性がある」として、罰金30万円とした一審岐阜地裁判決を破棄し、無罪を言い渡した。 下山裁判長は「警察官は男性と言い合いになり、男性にけがを負わせた。対応は適切と言えず、自分が先に暴行を受けたと虚偽の証言をしているとも考えられる」と指摘した。 起訴状によると、男性は昨年8月27日午前10時ごろ、自宅付近の路上で、同乗していた孫らにチャイルドシートを着用させずに車を運転したとして、岐阜県警岐阜北署の巡査長から職務質問を受けた。 その際、巡査長と言い合いになり、胸部を両手で突くなどして、職務を妨害したとされる。 最終更新:7月7日21時11分配信 時事通信 画期的な判決かもしれない・・。 恐らく事件は目撃者も無く、当事者だけ・・・。 そんな時アホな裁判官は、常に警察官が正しいとしてきた・・・。 「警察・検察・裁判所」の馴れ合い司法体制では、検察が起訴した場合の有罪率は99,9%。 今年の4月14日にも「最高裁」で画期的な判決が出た。 被害者の供述以外に客観的証拠が乏しい痴漢事件で〜。 アベックで「警察・検察・裁判所」の馴れ合い体制を利用した事件は多い。 女性が被害者で男性が目撃者になり、痴漢事件をでっち上げるのだ。 狙いを付けられた人はたまらない。 当然「否認」すると警察が自白を強要する。 「犯行を認めれば、軽い罰金で済む」と迫るのだ。 本当の警察が詐欺師の味方をするのだから堪らない。 ほとんどの人は、ココで認めた方が得だと思ってしまう。 否認すると認めるまで「拘留」される。 会社員だったら「無断欠勤」でアウト。 噂は広まってしまうから、人生が終わったも同然なのだ。 尚も認めずにいると、当然検察に廻され「起訴」される。 裁判を経験した事の無い人は 「裁判所は正義を認めてくれる」等と誤った自信を持っているが、大きな間違い。 やっていない事を立証するのは大変なのだ〜。 被告人が、膨大な時間と費用を掛けて無実を立証しても裁判官は見向きもしない。 判決は、最初から決まっているのだ〜。 「反省の態度が見えない」として有罪。 このお決まりコースに変化が出てきたのか・・・。 日本の司法制度が本当に変わろうとしているのだろうか・・・。 |






