人類の進化 約4万年前にロシア南部で未知の人類が暮らしていた可能性の高いことが、独マックスプランク研究所などの分析で分かった。 発見された地名からデニソワ人と命名された。約104万年前に現生人類やネアンデルタール人と共通の祖先から枝分かれし、独自に進化したらしい。 25日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。 研究チームは、ロシア南部のアルタイ山脈にあるデニソワ洞穴で見つかった指の骨片を分析した。 細胞内の小器官「ミトコンドリア」からDNAを取り出し、塩基配列を特定、現生人類やネアンデルタール人、チンパンジーなどと比較した。 その結果、骨片は約104万年前に現生人類やネアンデルタール人と共通の祖先から枝分かれした新しい人類のものと結論づけた。 また、骨片が出土した地層の年代が4万8000〜3万年前だったことから、4万年前まで存在していたことも判明した。 人類の起源はアフリカと考えられている。 約190万年前、猿人から進化した原人がアジアへ移動。 原人は、約47万年前にネアンデルタール人の祖先と現生人類の祖先にそれぞれ進化したとされている。 チームは「未知の人類はユーラシア大陸で、他の人類の祖先と近接して共存していたようだ」としている。 【元村有希子】
最終更新 3月25日 23時12分毎日新聞 ・・・・・。 こうして見ると、 「トキ」や「パンダ」と同じ様に人類が絶滅への道を歩んで居ると考えても不思議はない。 人類は約50万年位で枝分かれをしているし〜、 そろそろ枝分かれして、新しい種が出て来てもおかしくない時期に来ている。 エイズや新型インフルに感染しない人がいるとか。 もしかしたら、すでに種は分かれているのに気が付いていないだけかも〜。 旧石器から新石器へ、時代の切り替えは突然だったらしいから・・・。 そうなると、片方の種は絶滅するのか・・・。 |
日本の歴史
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戦後の朝鮮人が行った悪事・朝鮮進駐軍 「朝鮮進駐軍」の項目がWikipediaから削除されました。 戦後史が「隠蔽」「改竄」される歴史的な事かも〜。 |
【ニューヨーク=吉形祐司】 第2次世界大戦中の1942年4月、フィリピン・ルソン島のバターン半島を攻略した日本軍が、米軍やフィリピン軍の捕虜を炎天下で100キロ歩かせて多数の死者を出したとされる「バターン死の行進」の写真について、配信元のAP通信は、数週間後の遺体埋葬の写真だったとして65年ぶりに写真説明を訂正した。 写真は米軍が日本軍から押収し、45年に「『バターン死の行進』で同僚の捕虜に運ばれる死傷者」との写真説明で配信された。 歴史的な1枚として繰り返し使用されてきたが、ニューメキシコ州に住む生存者の元米兵が昨年8月、地元紙に掲載された写真を見て間違いを指摘。 AP通信が国立公文書館の資料などと照合した結果、捕虜収容所で撮影された写真だとわかった。 AP通信は、写真説明を「『バターン死の行進』後に捕虜収容所で行われた埋葬の模様」と訂正した。 通信社が、歴史的な写真について訂正を出すのは異例だという。 最終更新:3月21日16時7分配信 読売新聞 フィリピン・バターン死の行進 写真を捏造された為に、B・C級戦犯として「死刑」にされた人達は多い。 「南京大虐殺」もそうだ・・・。 証拠として提出された写真は当時全て否定された。 日本刀で「百人切り」は出来ないのに、無知な人達は信じてしまう。 裁判所も「切れない」事実を認めても、報道は正しかったと訳の判らぬ判断。 A級戦犯に指定された人達を日本では「法務死」と呼ぶ事に戦後の国会で可決されたのに、 いつの間にか消えてしまった・・・。 Wikipediaから戦後の日本で暴れまわった「朝鮮進駐軍」の項目が削除され、 歴史が抹殺されようとしている。 「サリン事件」を知らない世代が、麻原彰晃を崇拝し始めていると聞くが、 生き証人が居なくなったら、日本はどうなってしまうんだろうか・・・。 |
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戦後、朝鮮人、台湾人はGHQにより三国人と位置づけされ、それぞれ内地から朝鮮半島、台湾へ戻す政策がとられましたが、内地に居残った朝鮮人がいました。彼らの中から「朝鮮進駐軍」と称して横暴の限りを尽くす集団が現れました。「直江津駅リンチ殺人事件」が代表的なもので、闇米のブローカーの朝鮮人2,3人が窓を叩き割って列車に乗り込もうとしたところ、日本人乗客に阻止され、やむを得ずデッキにぶらさがって次の駅に到着したのち、進入を防いだ先ほどの日本人を鉄パイプやスコップで滅多打ちにして撲殺した事件があります。 警察の記録によるとこの当時在日朝鮮人によって起された事件は、昭和20年に182件、昭和21年に5,336件、昭和22年に5,681件となっています。 昭和26年(1951年)に人類学者の泉靖一氏が東京都民を対象に行った「異民族」に対する態度調査によると、朝鮮人はもっとも好感度の低い集団とされ、「不潔」「文化が低い」「ずるい」「経済的にためにならぬ」「日本をばかにする」「日本のためにならぬ」「日本をうらんでいる」「みにくい」「腹黒い」「無礼」といった否定のオンパレードでした。朝鮮人といえば無法者集団という印象を日本人が持っていたわけです。ところが現在はその朝鮮人が「被害者」のイメージになっています。私が子供のころも「差別があった」「”朝鮮人”と言ってはならない」と教えられました。なぜこのようなことになっているのでしょう。 首都大学東京教授の鄭大均(てい たいきん/チョン・ テギュン)氏は以下のように推察しています。 「60年代に半ばに刊行された一冊の本に触れるだけにしたい。朴慶植著『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965年)がそれである。 <中略> この本は刊行されるや、あるタイプの日本人たちには啓示を与える書となったようである。日本国の加害者性侵略者性というアイデンティティを重視するタイプの日本人がそれで、以後自分の生活地である故郷に朝鮮人強制連行の痕跡をたどろうとする活動が全国的に展開され、多くの刊行物が出版されている」 氏はそれでもこの頃は関心を寄せる人間は少人数だったといい、状況が変わったのは80年代だと述べています。 「80年代は、日韓の間に教科書問題という外交問題が生じた時期であるとともに、在日コリアンにたいする指紋押捺制度がマスメディアに取り上げられた時期であり、またソウルオリンピックの開催を機に、韓国ブームが引き起こされた時期である。80年代は、戦後の日本において、韓国や在日のテーマが大手のテレビや新聞・雑誌で話題になったはじめての機会であり、その解説者の役割を担ったのはコリア学の専門家たちであるが、その多くは被害者論的在日論を自明のものとする人々であった。在日一世の大部分は、自発的に当時の内地である日本に渡航してきた人々であり、また日本に居残ることを選択した人々である。だから、戦時期の朝鮮人に対する労務動員を『強制連行』と表現し、それを在日コリアンに結びつけて語るような議論はおかしいのだが、そのことを指摘する在日もいなかった。日本国の加害性と在日の被害性をワンセットで考える思考は、80年代の韓国ブームの置き土産として人々の心や身体に残されたのである」 どうやらメディアに乗って知識人らが金脈をつかんだようです。被害者ビジネスとでもいいましょうか。在日一世の中には戸惑った人もいたかもしれませんね。鄭氏は在日のネガティブなイメージは改善されたが、在日であるという身分を自分の人生に流用しようとするコリアンが出てくる危険性もあると指摘しています。かわいそうな被害者として特権を持てば自立できなくなるでしょう。 ウソの歴史で利権を得る輩は後を絶ちませんね。 参考文献 オークラ出版「拉致と侵略の真実」『ヤミ市を支配した朝鮮ヤクザ』野村旗守 歴史通WiLL2010.1月号「在日のヒーロー姜尚中の役どころ」鄭大均
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奈良県橿原市と御所市にまたがる観音寺本馬遺跡で、縄文時代晩期(約2800年前)のクリの木の根株25株がまとまって確認され、橿原市教委が26日発表した。 クリ林は狩猟採集で生活していたとされる縄文人が、食料確保のために植林していたことを示す重要な発見になるという。 縄文時代の人工林の存在は、三内丸山遺跡(青森県)の花粉のDNA分析などで指摘されているが、実物の根株の分布によって明らかにされるのは極めて異例という。 この遺跡から出土した根株68株を顕微鏡で分析した結果、20種の樹木が確認され、約半数が食用可能な種だった。 クリは最多の25株を占め、水路に囲まれた80メートル四方のエリアに集中していた。 クリ林は集落の住居跡から約300メートルと近く、クリだけの林が自然に存在するとは考えにくいことから、市教委は「クリを中心に利用価値の高い植物を局地的に栽培していたのではないか」と話している。 現場は既に埋め戻されており、発掘成果は27日から5月9日まで、橿原市千塚資料館で紹介される。 最終更新:2月27日8時59分配信 産経新聞 縄文時代の歴史的内容は不明な部分が多い。 この辺の時代は、ちょっとした発見で大きく変ってしまう。 資料が残っている「近代史」の方が怪しいのは「残念」 オヤジ達が生きていた時代なのに・・・。 |






