どうなっちゃうの?日本の将来

県から土地の寄附を強要されている。すでに占有されて竹島状態・・・。

ぶらりと、お散歩

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銀座〜。

銀座〜。

銀座と言えば・・・。

そうで〜す。銀座と言えばココの事で〜す!

東京人の常識?戸越銀座〜!?

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戸越銀座駅

戸越銀座は関東大震災後、銀座の瓦礫をここに運び低地を埋め立てたことから名づけられた。
全国各地にある「○○銀座」の中で最も早い。

日本中に波及した「〇〇銀座」の第1号店〜!

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戸越銀座商店街

銀座にしてはチト寂しい気もするが・・・。

東京都品川区戸越および平塚にまたがる戸越銀座通りに沿った商店街。長さは約1.6kmで、直線で日本最長といわれる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E8%B6%8A%E9%8A%80%E5%BA%A7


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余りにも長いから途中に「無料のお休み処」が有るのだ〜。

左の方に見える黄色いのは「自転車用の無料空気入れ」

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金箔を張るお地蔵さ〜ん。ん?一般の商店で金箔を売ってるの?宗教ではないのか?

全身が金箔に覆われたらどうなるの?

そのままにしたら盗られちゃうかも〜・・・?

よく判らないけど、これでいいのだ〜!?







自慢しようと思って調べてみたら・・・。
天神橋筋商店街は、大阪市北区にあるアーケード商店街。 南北2.6キロメートル、600店の日本一長い商店街である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E6%A9%8B%E7%AD%8B%E5%95%86%E5%BA%97%E8%A1%97

・・・負けてる。

トホホ・・・。『ウィキペディア(Wikipedia)』さん。矛盾してない?









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吉三郎のその後

八百屋お七(1668-1683)

 お七は大火事にあって一家がお寺に避難した時に一人の若者と出会い恋をします。
 やがて家は再建され、お七の家族は家に戻りますが若者のことが忘れられません。
 もう一度火事が起きたら会えるかも知れないと思い放火をした・・・。 

その相手の男性が吉三郎。吉三郎は「お七」の気持ちを知っていたのでしょうか?

 「お七」は放火した時16歳になったばかり。
 15歳以下のものは罪一等を減じるという規定がありました。
  奉行が哀れんで「まだ15であろう?」と言ったのに対し「お七」は16であると主張したのです。

 その為に天和3年(1683)3月29日、鈴ヶ森刑場にて火あぶりの刑に処せられました。 
現代だったら「オレに会いたくて放火した〜?。そんな事、知らね〜よ〜。お寺でちょっと話した程度でホテルに行った事も無いし〜」で終わりでしょう。

 大森駅近くの蜜巌院(大森北3-5-4)には「お七地蔵」があるとか?
 お七が処刑された鈴が森から一夜で密厳院に飛んできたらしいのだが・・・。(民間伝承)

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この事実を聞かされた「吉三郎」のその後がココに書かれています。(目黒雅叙園入口)

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小さいけど読めるかな・・・。

『僧侶になり名を「西運」と改め、目黒不動と浅草の浅草寺の間、往復10里(約40k)を1万日歩いて供養したのです』

落語では・・・。
 吉三郎はお七が火あぶりになったのを悲観して川に身を投げて死に、二人が地獄で出会って手を取り合うとジューっという音が・・・。
 「お七」は火で死に「吉三郎」は水で死んだので水と火が触れてジュー。
 「お七」の七と「吉三郎」の三とで十になるから・・・?

「火のついたようにお七は逢いたがり」お七は丙午だったのか・・・?

お七の生まれは1668年で「戊申」で「丙午」はその2年前の1666年では?

話の内容も変では?
 「お七」が放火した火事が1682年(天和2年)の大火だとすると・・・。
 「吉三郎」に最初に会った前の大火はいつだったのか?
 「火事と喧嘩は江戸の華」で毎年火事は起きていた様だけど・・・。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で事件以前の大火を調べると・・・。
明暦三年(1657年) - 明暦の大火(振袖火事)
明和九年(1772年) - 明和の大火(行人坂の火事)
文化三年(1806年) - 文化の大火(芝車坂の火事)
以上を「江戸三大大火」という。

天和二年(1682年) - 天和の大火(お七火事)
元禄十一年(1698年) - 勅額火事(中堂火事)
元禄十六年(1703年) - 元禄の大火(水戸様火事)
安政二年(1855年) - 安政の大地震による大火

25年前の「明暦の大火(振袖火事)」だけ・・・。

 考えられるのは「お七」が寺に避難したのが「天和2年の火事」で「吉三郎」が忘れられず、すぐに発作的な行動に出た?
 「お七」は自ら火の見櫓に登って半鐘を叩いたという伝承も有り、火事はボヤ程度で済んだから奉行も情けをかけようとした。
 現代の風説は井原西鶴が「好色五人女」の中で脚色したのでは・・・?


八百屋お七墓「円乗寺」 文京区白山1-34-6
交通 地下鉄三田線白山徒歩3分/地下鉄南北線本駒込徒歩5分

駒込の吉祥寺には「お七」「吉三郎」の比翼塚(ひよくづか)あるとか。

八百七の時分は恋も律儀なり








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見た目と現実

いつも見ている車窓風景も横から見ると・・・。

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山手線の「恵比寿」「目黒」間で見える風景も・・・

側に行って横から見ると・・・。


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イメージが違う・・・。


風が吹いたら倒れそうだけど・・・。大丈夫?










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目黒のさんま

目黒のさんま〜!

9月10日
山手線「目黒駅前」で焼きたての「さんま」を無料で配布するというので慌てて出かけた。

「目黒駅」を降りると

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駅前からこの混雑

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さんまが美味しそうに焼けていま〜す。

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早速もらおうと列を探すと・・・。

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何処まで続いているんだ?

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ココが最後尾で〜す。

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地図で見ると・・・。赤○がさんまを焼いていた所。赤線が順番待ちの行列。赤□が最後尾。

ほとんど目黒の隣の「五反田駅」

?・・・ココから長時間並んで目黒駅まで戻るの?

・・・泣く泣く「目黒のさんま」を諦め「五反田駅」までトボトボと歩いて行きました。








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品川懸麦酒

新橋系の「呑んべ」にはお勧め〜


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「品川懸麦酒」

明治2年(1869)に設置された品川県の知事 古賀一平が、貧しい人々に職を与えることを目的に土佐藩下屋敷跡(品川区東大井3丁目)に日本初の官営のビール工場を設立したとの記録が残っていることから日本最古の「エド酵母」を使用したこだわりのビール?

土佐藩下屋敷跡に日本最初の「ビール工場」?

日本最古の「エド酵母」?・・・黒ビール?

東京都若手商人研究会、グランプリ受賞作品?

失礼だがこんな研究会を知らない・・・。

「幸せな出会いに乾杯」?

・・・してみたいなァ〜。

よく判らないけど、飲めたから良いか・・・。



飲ませてくれたのは、寿司・割烹・ふぐの「三松」さん。

「三松」のホームページは↓
http://www.go-tanda.jp/mimatsu.htm








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