プロ野球の西鉄ライオンズ(現西武)のエースとして活躍した稲尾和久さんの「プロ野球人生50周年」を祝うパーティーが23日、福岡市内のホテルで開かれた。 6月10日に古希も迎えた稲尾さんを祝福するため、ソフトバンクの王貞治監督や元横綱の武蔵丸親方ら約500人が出席。
会場には1956年から3年連続で巨人を下して日本一になった当時のチャンピオンフラッグが展示され、稲尾さんの現役時代の雄姿も映し出されて全盛期を懐かしんだ。
王監督は「野球人生で一番悔しいのが稲尾さんから1本も本塁打を打てなかったこと」と会場を沸かせ、“鉄腕”の異名を持った稲尾さんは「父と母から強い体に育ててもらったおかげ」と、感謝の言葉を述べた。(産経新聞) - 11月24日8時1分更新
1958年の日本シリーズで3連敗していた後に4連勝した時、稲尾さんは7試合中6試合に登板(うち4試合に先発)し、第3戦以降は5連投で奇跡の大逆転日本一を成し遂げたのだ〜。 第5戦目にシリーズ史上初となるサヨナラホームランを稲尾さんが打った時に言われたのが「神様、仏様、稲尾様」だど〜。
「投げる前に打者の眼を見て、打ち気に来ているか見るんです。大概は判りましたが、彼だけは何を考えているのか判りませんでした。取り合えず様子見に高めのボール球を投げたらホームランされました」 ・・・こんな内容だったかな? 長嶋さんにも出席して欲しかったけど・・・。
デビューから8年連続20勝以上。 史上唯一の3年連続30勝以上。(この記録は現在ではまず抜けない?) 1961年にはヴィクトル・スタルヒンに並ぶシーズン42勝。(現在は20勝出来ない) 同一シーズン内20連勝のプロ野球記録を達成した「鉄腕」だ〜。 監督だった三原さんは水原さんに「巨人」を追い出されたから遺恨試合だった。 1956年〜1958年に日本シリーズで「巨人」を圧倒し3連覇を成し遂げたのだ〜。 水原茂と三原脩の銅像が高松中央公園(高松市立中央球場跡)有るとか? 後に水原さんも川上さんに「巨人」を追い出され「東映フライヤーズ」(現日本ハムファイターズ)でリーグ優勝をして「阪神タイガース」を下して日本一に輝いた・・・。
現在でも同じだが、投手は先発すると翌日は上がり(お休み) 試合が終った稲尾さんに三原監督が声を掛ける。 「明日はどうするんだ?」 「上がりですから、スタンドで試合でも見てますよ」 「スタンドで?・・・勿体ないからベンチで見たらどうだ?」 「・・・はい。」 三原監督はよくアテ馬(偵察メンバー)やワンポイントリリーフなどの様々な戦術を駆使した人だから稲尾さんも納得したのかな? 翌日の西鉄ベンチ。 勝っていた試合が段々と押されて来る。 三原監督はブルペンとの電話が多くなる。 「なに〜!まだ肩が出来ていない〜!困ったな〜」 と・・・ベンチに座っている稲尾さんの顔を見る。 「何とかならんのか〜!」 と・・・又、稲尾さんの顔を見る。 稲尾さんもいたたまれず・・・ 「監督、私が行きましょうか?」 「えっ?・・・でも昨日投げたばかりだしなぁ」 「大丈夫です。行きます」 「そうか〜。行ってくれるかぁ」 稲尾さんは数十球位で肩が出来たとの事で三原監督も便利に使っていたようです。 三原監督は1960年に6年連続最下位に甘んじていた「大洋ホエールズ」(現横浜ベイスターズ)の監督に招かれ、開幕6連敗の最下位からチーム初のリーグ優勝から日本一に導いた人で「三原魔術」と言われ両リーグで日本一を達成したのは三原監督が初めてでした〜。
稲尾和久(読んで見ると面白いよ。現在の野球感が変わるかも?) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%B0%BE%E5%92%8C%E4%B9%85 |
プロ野球
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野球、ごめんね Sorry About Baseball (English subtitled)
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プロ野球の枠を超えて話題を振りまいてきたスター、日本ハムの新庄剛志選手(34)が日本一を花道にユニホームを脱ぐ。 日本ハムが44年ぶりに栄冠をつかんだ26日、札幌ドームで真っ先に胴上げされた新庄選手が惜しまれながら現役を引退した。 八回の最後の打席から涙が止まらなかった。 中日の捕手、谷繁元信選手(35)から声をかけられた。 「『お前泣くな、真っすぐ投げるから』と言ったように聞こえた。最後は三振か本塁打で終わりたいと思った。17年間の思いをフルスイングで終わりたいと思った」。 フルスイングでの3球三振。
最後まで「SHINJO」であり続けた。
九回の守りでは、何度も何度も涙をぬぐった。「七回くらいから、オレの所に飛んできたら危なかった。チャンピオンになるというより、この仲間と出来なくなるという気持ちが強くて、ボールが見えなかった」。 (読売新聞) - 10月27日1時46分更新
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今年は、ナレーションを担当しているテレビ東京の「いい旅・夢気分」(水曜午後8時)が、裏番組の巨人戦に視聴率でやたら勝っているようですね。
ボクは大の巨人ファン。
長嶋(茂雄)さんと青春を共にした世代で、長嶋さんがプレーしている姿を心の支えに受験も頑張った。心境はやっぱり複雑です(笑)。
ご本人とお会いするチャンスは何回もあったけど、まだ実現してません。
最初は、長嶋さんが現役を引退する前の年。
当時、ボクはコロムビアレコードから歌手デビューしたんですけど、コロムビアから長嶋さんの足跡を記録したレコードを出すことになって、対面する企画があった。
もう、それはうれしくて。
後楽園球場で試合の後にお会いする約束だったんですけど、あいにく大雨で試合が中止になった。
弟の獏は、行きつけのサウナで長嶋さんとご一緒したとき、こんなことがあったそうです。球場に着いたら…。 長嶋さん、約束をすっかり忘れて帰っちゃってたんですよ(笑)。 長嶋さんがヒゲをジョリジョリ剃って、ひげそりを鏡のところに置いて出て行った。
しばらくすると、従業員の方が「いつもお忘れになるんですよ」って、取りに来たんだそうです(笑)。
今、早実の“ハンカチ王子”斎藤佑樹君が大人気ですね。
あの端正な顔立ちは巨人向き。
僕の持論では、巨人は日本人の野手をきちんと育てれば必ず強くなる。僕の母校の早稲田大に進んでくれるのもうれしいけど、大学の4年間で肩を壊したりしないか心配です。
そう信じて、これからも応援しますよ。
[産経新聞社:2006年10月05日17時25分]野球界に於ける長嶋さんは偉大だった・・・。 現役時代のプレーを見る事が出来た・・・。 感謝、感謝、感謝〜! |
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プロ野球実行委員会が2日、都内で開かれ、ビデオを使ったリプレー判定を来年のオープン戦で試行することを決めた。
本塁打をめぐる微妙な判定に対象を限定し、カメラやモニターの設備がある球場で実施する。
判定トラブルが多発した審判問題では、「評価制度」と「競争原理」の導入を軸に具体案を詰める方針も確認した。判定への助言など控え審判の活用も検討する方向で一致した。 また、オールスターゲーム辞退者の扱いを定めた野球協約第86条のうち、「顕著な傷病等」で辞退した選手を救済する「ただし書き」を削除し、理由を問わず後半戦開始から10試合は出場選手登録できないこととした。 [時事通信社:2006年10月02日 21時10分] 日本プロ野球が「神の領域」に足を踏み入れた・・・。 地球の裏側でベースボールと似た別のスポーツが出来上がっていく。 |
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【ソウル=豊浦潤一】プロ野球の巨人の主砲、李承ヨプ(イ・スンヨプ)内野手の活躍で、巨人戦を放映する韓国のケーブルテレビが高視聴率を記録している。(ヨプは火ヘンに「華」) 今季、73試合を生中継するケーブルテレビ「SBSスポーツ」の8月末現在の平均視聴率は3・17%。
6月4日の対西武戦(東京ドーム)は、5・043%。サッカー韓国代表で、イングランドの名門、マンチェスター・ユナイテッドに所属する朴智星(パク・チソン)選手らの欧州サッカーの試合に匹敵するという。
日刊紙「スポーツ韓国」のチェ・ギョンホ記者は「アナウンサーと解説者が熱狂的な巨人びいきの実況中継をしているのが人気の一因」と分析する。[読売新聞社] 日本の野球も国際的になって来たんだ・・・。 日本では視聴率が落ちているのに、スンちゃんの活躍が凄いからね。 今季限りの退団を示唆するかのような文面を球団のホームページに掲載した巨人の桑田真澄投手(38)が24日、川崎市のジャイアンツ球場で行われたイースタン・リーグの湘南戦に先発後、会見して真意を説明したうえで、現役続行への強い意欲を示した。 桑田は23日に更新したエッセーの中で、「明日、ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、おそらく最後になるだろう」などと記載した。 桑田は右足首ねんざが完治した6月以降も一軍昇格がなかったことで、「チームの戦力ではないと、自分で判断した」と言う。 さらに二軍では、日程的に再度の登板が難しいため、「最後(の登板)になるだろうと思って、ファンのみなさんに伝える義務があると思った」と文面の意図を説明した。 [読売新聞社] 中日の山本だって41歳で「ノーヒットノーラン」をやったんだから、まだまだ投げて欲しいよね。 「投げる不動産屋」と揶揄されても頑張って来たんだし、桑田対巨人を見たいから、セリーグで取らないかな? 意外と活躍すると思うけど・・・。 |




