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こんばんは〜。。。
今朝は真っ白な霜でした。寒ーい一日になりました。
今日はほまれの四十九日です。
写真立てを新調してちゅ〜るもお供えしました。
7日東京のMさんよりお花が届きました。
実は猫生全うして虹の橋を渡ったことをお伝えしました。
ほまれを迎えに行ったのは川崎市でしたが今は東京に住んでる
原発事故後助けに入ったのが4月14日。以後会津の仮設に入居するまで預かってもらったMさんには亡くなった夜に連絡していました。
Mさんからお供えが届きました(11月7日)
荼毘にした26日です。
女の子なのでお花いっぱいに飾って命をつないでくれたちゅ〜る
カリカリと飲んでた耳の薬と目薬も一緒に。 この部屋は一面ペットシートを敷いていました・・・広くなりました・・・・・
同じく26日ほまれはみんなのいるお空の虹の橋のたもとに旅たちました。もうほまれに触れることも出来なくなりました・・・・・
お骨を全部持ち帰ろうと思いましたが2013-2-22日虹の橋を渡ったしまちゃん(=^・^=)や先代犬の弁慶やおかめのお骨も一部しかありません。
ほまれだけ持ち帰ったら一緒に遊べなくなるのも可哀想なので
いっこだけ持ってかえりました。
25日お花屋さんに行く前に庭に咲いてたお花で花束を作りました。
姫ちゃんもほまれににさよなら・・・
20年ともに暮らしてきたほまれ
原発事故で家に置いて出てしまって
歩いてでも帰りたかった家、ほまれやおかめたちと一緒に死しても良いと思いながらも
避難先から居なくなるわけにもいかずに
毎日生きて!と祈りつづけたのでした。
お花屋さんからほまれにとブーケをいただきました。
姫ちゃんの好きなアンパンマンのチョコレートを・・・
お兄ちゃんもほまれとお別れを。廊下も走ってたね。小太郎とも仲良しだったね。
24日6時30分
心配そうにのぞき込む小太郎 小太郎の優しい眼差しがちょっと寂しげです。
10月24日10時18分
最期にグッと伸びをして息が止まりました。
ずっとうさぎの腕の中でした。
写真は22分です。
23日はお水も飲まなくなって
スリングの中です。
確り手を握ってくれたほまれ
2011-4-14警戒区域前助けに入った時のほまれです。
涙目になってしまっていて
それからは・・・・時々
最期の数日はお水だけになり2日間は何も口にしないままに
きれいなままにみんなのもとに旅だちました。
みなさんへのご報告が遅れましたことお詫びいたします。
生前は可愛がっていただいてありがとうございました。
尚お悔やみ等はコメント、お気持ちだけということでお願いいたします。
こうして思い出すと倉庫で生まれて残った一匹の仔猫が20年という命を生き抜いたこと
いつもいつも
悲しみは半分に喜びは倍にもしてくれていたことに気づきかされて
ほまれのいない生活になって
49日、悲しみは癒えないところもありますが
猫生を全うして逝った子なので悔いはありません。
このブログでは原発事故後に知り合った方が殆どですが
この7年9か月の月命日に、平成最後の12月11日。
うさぎの父親の名前が従一(じゅういち)
これも何かの導きと思い
小太郎とともに過ごしていきます。
これからも
小太郎ともども宜しくお願いいたしますm(__)m
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の「しま」が虹の橋を渡ったので







